今月15日、ニュージーランドのクライストチャーチで、銃で武装した男がモスクを襲撃して49人が死亡した。事件から十分な時間が経過していないため、断定することは危険性があるものの、白人至上主義者によるムスリムを標的としたヘイトクライムという見方が強まっている。

この事件を理解するためには、ニュージーランドの移民政策について理解する必要がある。容疑者は、ニュージーランドが移民によって脅かされている旨の主張をおこなっているが、その背景となるニュージーランドの移民政策を理解する必要がある。

  • NZの移民は増加傾向。NZで生まれた同国市民の割合は減少の一途を辿り、移民社会が進んでいる
  • 歴史的に移民が多く、リベラルな理念から、多文化共生社会が実現
  • しかし”リベラル”な現首相も移民抑制に舵を切っており、一枚岩ではない現状

富豪たちがニュージーランドに土地を買う

ピーター・ティールをはじめとしたシリコンバレーの富豪たちが、ニュージーランドの土地を買っていることをは公然の秘密だ。国外移住をおこなったビリオネアの移住先として、ニュージーランドは南半球にありながらも上位に食い込む人気を見せている。

もっともティールは例外であり、ニュージーランド国外にいながら同国の永住権を手に入れることは容易ではないが、治安がよく、自然豊かな国であり、国際紛争に巻き込まれるリスクが少ないと考えられている同国の人気は高い。

ちなみに筆者は、昨年秋にニュージーランドのクイーンズタウンを訪れたが、富豪向け住宅が多くの不動産屋で販売されていた。その美しさがヴィクトリア女王に相応しいことから名付けられた街は、富豪たちを惹きつけるのに十分だと首肯するものだ。

強い移民の存在感

富豪による永住権取得に限らず、ニュージーランドは移民の多い国として知られている。2017年は年間純移住者数が過去最高となる7万2,400人、2018年は微減したものの6万3,800人となり歴史的水準を維持している。

もともとニュージーランドは人口が少ないため変動が大きいものの、純移動率は人口1000人あたり13人となっており、アメリカやイギリスの1000人あたり3人という数字に比べても、移民の存在感が強い国である。

少し古いデータとなるが、ニュージーランド国民のうちニュージーランドで生まれたものの割合は、2013年には74.85%となっており、2006年の77.09%、2000年の80.54%から減少の一途を辿っている。

政府による最新の統計によれば、移民の中で最も多いのは中国とインド、そこに英国と隣国であるオーストラリアが続き、フィリピンを上回っている。

歴史的な移民の国

ニュージーランドに移民が多いのは、いまに始まったことではない。もともと、ニュージーランドという国の成り立ち自体、移民の歴史そのものである。

マオリなどポリネシア人の人々が住んでいた土地に、イギリスなどの白人が本格的に入植をはじめたのは、19世紀頃だった。キャプテン・クックとして有名なイギリスの探検家ジェームズ・クックが”ニュージーランドを発見”してから、白人の移住が少しずつ増えていき、マオリの土地は奪われていった。

戦後もヨーロッパ系の移民受け入れは続いていたが、1980年代以降は非ヨーロッパ系移民も受け入れはじめ、中でもアジア系の移民が増加した。

移民政策が転換した背景には詳しく立ち入らないが、

  • イギリス依存型の経済が行き詰まったことでアジアの国家として新たな道を模索する必要が生じたこと
  • 低成長を打破すべく経済技能を持った労働力が求められはじめたこと
  • マオリをはじめとする非白人の権利に目が向き始めたこと

など複数の要因がある。

2000年以降、アジア系移民に対する厳しい声が強まったり、英語力基準が厳格化されるなど、政策動向の変化はありつつも、移民の受け入れ自体は積極的に続いている。

移民政策への合意

開放的な移民政策の最も大きな要因は、経済的理由である。すでに述べたとおり、経済の行き詰まりは移民受け入れへと政策の舵を切らせ、現在にも続く流れとなっている。

もちろんニュージーランドでも、ヨーロッパなどが直面している移民にまつわる批判、すなわち移民の増加によって、住宅価格が押し上げられたり、ニュージーランド人の雇用が奪われている、などの批判が無いわけではない。しかし同国においては移民の労働力および国家への”貢献”は、概ね肯定的に評価されており、それなしには国の経済が立ち行かない事実が周知であるように見える。

リベラルな国家としてのニュージーランド

移民政策は、経済的要因によって規定される部分が大きいものの、国家の理念や政治的信念も大きく関係してくる。そのことは、少子高齢化が進んでいるにもかかわらず、移民政策を語ることがタブーなままの日本を見てもわかるだろう。

その観点から、ニュージーランドが歴史的にリベラルな理念を掲げた国家であることも注目できる。

1893年、世界で初めて女性参政権を実現させたのはニュージーランドであり、女性首相として就任後すぐに産休をとったことが話題となったジャシンダ・アーダーン首相も、リベラルな立場からマイノリティや弱者への政策を進めている。

また2013年4月17日に同性婚法にあわせてモーリス・ウィリアムソン議員がおこなった演説が世界中で話題となるなど、リベラルな理念をいち早く体現してきた経緯もある。現職以外にも、ジェニー・シップリーやヘレン・クラークなど、女性首相も多数活躍してきた。

同国の歴史は、マオリをはじめとする少数民族との関係が切り離せない。隣国オーストラリアが、アボリジニの権利を認めるまで長い時間がかかったように、ニュージーランドにおいても、マオリとイギリス王権が締結したワイタンギ条約が不公正なものであると批判されたり、マオリの自殺率が現在でも高いままであるなど、数多くの問題を抱えている。

しかしながら、こうした問題に政府は概ね積極的に向き合ってきたと言える。数多くの移民を受け入れているにもかかわらず、排外主義的な言説がすくなく、ヘイトクライムがほとんど見られないのも、こうしたニュージーランドの歴史と無関係ではないだろう。実際、アメリカにおいて2016年には6121件だったヘイトクライムが、2017年に7175件へと増加しているのとは対照的に、そもそもニュージーランドではテロによる死傷者がこの10年で出ていない。

大枠としてニュージーランドは、マイノリティとの共存や多文化主義の促進が進んでいる”進歩的な”国であると言える。

しかし一方

こうしてみると、リベラルな理念を共有し、移民の経済的意義についてもコンセンサスが取れているニュージーランドにおいて、なぜ凄惨なテロが起きたのか疑問に思うだろう。

実際、ニュージーランドが今回の事件で受けた衝撃は計り知れないはずで、その詳細な分析は時間が必要となるはずだ。しかし1つ言えることは、「ニュージーランド=開放的な移民政策」という一面的な理解では不十分、という点だ。

具体的にいえば、”リベラルな”アーダーン首相もまた、移民抑制を公約に掲げている。同首相が率いる労働党の公約を見ると

  • ニュージーランド人の労働者を優先して雇用すること
  • 大学レベル以下の移民に就労ビザを与えることの制限

などが挙げられており、移民の制限が厳格化されていることがわかる。全ての人種・国民を際限なく受け入れるのがリベラルというわけではなく、7万2,400人という過去最高の移民数は、ニュージーランド社会に少なからずインパクトを与えている。

またニュージーランド副首相を努めているニュージーランド・ファースト党について見てみると、ドナルド・トランプ米大統領が「アメリカ・ファースト」を唱えていることから違和感を感じるかもしれないが、こちらも決して白人至上主義の党ではなく、マイノリティであるマオリの地位・権利向上を掲げており、マイノリティと移民の関係も単純な理解にとどまらないことがわかる。

以上の通り、ニュージーランドは歴史的に開放的な移民政策を採ってきたが、現状は複雑である。増加の一途をたどる移民に対して、国家も抑制を余儀なくされており、その政策は単純なものではない。こうした中で起きた史上最悪のヘイトクライムが、国家の政策に影響を与える可能性は大きいはずであるが、果たしてリベラルな理念はそれを押し留めることができるのだろうか。

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石田 健

石田 健

株式会社マイナースタジオ代表取締役CEO。同社を創業後、2015年に株式会社メンバーズ(東証一部)に企業売却。早稲田大学政治学研究科修士課程修了(政治学)。関心領域は、メディア論や政治思想など。Twitter : @ishiken_bot

Translator & Editor

石田健 / 石田健