「移民に実生活で被害を被っている人=反EU」という言説の危険性

編集長より

公開日 2016/06/26 05:21,

更新日 2016/06/26 05:21

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今回のイギリスによるEU離脱にあわせて、「なぜイギリスは(今後、経済的な課題が予想されるのに)離脱派に傾いたのか?」という問いについて、様々な解釈が生まれてきています。

そんな中、「イギリスがEU離脱した理由」という記事が人気を博しているようです。

内容の骨子としては、イギリスがEU離脱を希望したのは、「EUは加盟国の間の経済格差」が大きく、EU全体で制定した「法律の少なからずに実現性がなく、各国の事情を反映していないので、ビジネスや法務にとって大きな足かせになって」おり、「EUから移民が来てしまう」ことが原因と主張されており、中でも3番目について、筆者の経験とともに説明が進められています。

ここで語られているEUからの移民がもたらした結果は、「貧乏な国からお金持ちの国に人が大量に移動しただけ」であり、「病院や学校が対応しきれなくなり」、「人が急激に増えたので、家は足りなくなり、電車やバスは大混雑するようになり」、「家の値段が上がったので、ロンドンのような大都市では普通のサラリーマンが家を買えなくなってしまいました」というものでした。

どこまでが事実なのか?

ここで注意しなければならないのは、「こういう事実がある」という話と、そのことが「因果関係の説明として十分な説得力を持っていること」は”まったく別である”ということです。

ここで語られている「ブルガリア人の知り合い」の話が、1つの事例にすぎないのか、あるいは、今回の国民投票の結果を左右するほど普遍的な自称であったのか、というのは大きな違いなのです。

この論を全体として読んだ時、「多数の貧しい移民が押し寄せて、もともとイギリスに住んでいた人の公共サービスが圧迫され、その不満が蓄積した結果、イギリスのEU離脱へとつながった」と読むことは難しくないでしょう。

しかしその因果関係は、どこまでが事実なのでしょうか?

移民と接触=反EU?

実は、移民への嫌悪やそれがもたらした社会の歪みがEU離脱を引き起こした、という因果関係を示唆する言説は、イギリスでもしばしば散見されます。

これに対して、テレグラフ紙に掲載された記事は示唆的です。

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上記はこの記事に掲載されている図ですが、左が各地域の人口に占める移民の割合で、右が反EUを掲げるイギリス独立党(UKIP)支持者の割合です。詳細な相関関係の分析をおこなったわけではないものの、移民が多い地域ではUKIP支持者が少ないことがわかります。

北部ボルトンや、スケグネスのようにUKIP支持者が多く、移民の割合が10%を越える地域もありますが、全体としては少数です。

逆に典型的なケースは、ロンドンでしょう。ここに移民が多いことは容易に想像がつきますが、実際の国民投票の結果では残留派が59.9%、離脱派が40.1%と大きく差がつきました。

このことから分かるのは、「移民によって日々の生活が圧迫されている人々の不満がEU離脱を望んだ」という因果関係を直接的に想定することの危険性です。

テレグラフ紙の記事は、移民が少ない地域の人々ほど反EUになるという因果関係を示しているわけではありませんが、「移民によって日々の生活に支障をきたす人々が、反EUへと流れた」という解釈に強い留保を与えます。

もちろん、「普段から移民と接触している・同じ地域にいることと、移民に危機感を持って反EUに投票したことは別」などの反論はあり得ますが、ここで強調されるべきは、移民によって普段の生活が脅かされる人が反EUに流れたという因果関係には慎重になる必要がある、ということです。

実際に「家の値段が上がったので、ロンドンのような大都市では普通のサラリーマンが家を買えなくなってしまいました」という事象は、移民に原因があるのでしょうか?もしロンドン近郊の人々が、移民のせいで家を買えない事態に陥っているのであれば、その地域でUKIP支持者が伸びていないのは不自然です。

例えば、ドイツ銀行のレポートでは、ロンドンにおける不動産価格上昇の原因として、金利政策や政府による政策の問題が指摘されていますが、世界中の投資家から不動産に投資が集中していることなどもあわせて、価格上昇の原因を移民流入による需要増に見るのは、適切ではないように思います。

「移民が反EUを喚起した」

すでに述べたとおり、「移民の流入が反EUを喚起した」という議論は珍しいものではありません。むしろそれが、支配的な地位を持っているからこそ、今回のEU離脱が現実のものとなった側面は少なからず存在するでしょう。

しかし、移民に関する議論が数多くのミスリーディングを孕んでいることは珍しくありませんし、そのことも併せて伝えないかぎり、正しい議論は難しくなるばかりでしょう。

例えばインディペンデント紙の記事では、移民は高齢化するイギリスの労働力にとって大きな助けになり、雇用を奪うのではなく、新たにそれを創出するという研究を紹介しています。

そこでは、「移民が財政と成長の持続可能性を助けることになり、それを恐れる必要はない」という報告書の言葉で締められています。

このように考えると、冒頭で例示した記事がネットで話題を持つ一方、そこに大きな留保があることは、より強く強調されるべきです。

実際に大手メディアの1つである朝日新聞は、「EU離脱、背景に移民問題 英国民投票、首相が辞意」と言う記事で、EU離脱と移民の関係を示唆するタイトルを出しています。

この記事は、決して「反移民の動きが反EUを喚起した」という因果関係を主張しているわけではありませんが、強い影響力を持つ大手メディアが、いくつかの留保に触れないまま、移民と離脱の動きを記してしまうことで、「移民によって日々の生活が圧迫されている人々の不満がEU離脱を望んだ」という言説を強化する危険性は十分にあります。

何が問題なのか?

なぜこうした言説が強化されることは危険なのでしょうか?

それは「移民が人々の日常生活を脅かし、イギリスはついにEUを離脱するまでになった」という既成事実が広まることで、正しい政策議論を妨げる危険性があるからです。

今回、「移民が人々の生活を脅かしているのではないか?」というメンタリティが、国民投票に何らかの大きな影響を与えたことは考えられますが、そもそも「移民が人々の生活を脅かして」という前提が正しいものであるかは議論の余地がありますし、「移民によって日々の生活に支障をきたす人々」とは誰であり、その人々が経済問題を移民に転嫁しようとしてるのではないか?という問題についても、冷静に見極める必要があります。

「多数の貧しい移民が押し寄せて、もともとイギリスに住んでいた人の公共サービスが圧迫され、その不満が蓄積した結果、イギリスのEU離脱へとつながった」という因果関係に疑義がある以上、その前提で物事が語られていくことは、新たな問題を生み出します。

例えば、住宅不足や公共サービスの質低下などといった問題の原因が、政府による政策の失敗や市場の問題にあったとしても、それが既成事実として移民のせいだと認識されるようになれば、それは排外主義を高めることになり、問題の解決を遅らせることになるでしょう。

わたしたちは、この議論や因果関係を冷静に見極める必要があります。なぜなら、日本が高齢化によって移民を含めた新たな労働力を検討せざるを得ない社会になる近い未来は、もはや自明のものとなっているからです。

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著者
株式会社マイナースタジオ代表取締役CEO。同社を創業後、2015年に株式会社メンバーズ(東証一部)に企業売却。早稲田大学政治学研究科修士課程修了(政治学)。関心領域は、メディア論や政治思想など。Twitter : @ishiken_bot
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