事前チェックと報道の倫理性:現代における編集権の問題について

テック, メディア

公開日 2018/07/24 14:54,

更新日 2019/08/27 01:46

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Business Insiderの取材を受けた起業家のツイートが話題を集めている。事前チェックを受けられなかったことで、取材対象者の意図とは異なる記事が公開されてしまったことへの批判だ。

え、なにこのPV稼ぎタイトル1200万ってなんの数字?バーチャルタレントって統一して言うようにしてる俺の努力はってか挑んでるのはVTuber市場じゃなくて…意図ガン無視かよ…喋った構想ほぼカットってああもう糞だるいなあ

一生記事チェックのないメディアの取材は受けねえhttps://t.co/VZgGVPbB8n

— 加藤直人://クラスター (@c_c_kato) July 24, 2018

 

当該記事の執筆者である西山氏は、その数日前に下記のようなツイートをしている。

ずっと言おうかどうか迷ってたけど言ってしまおう。

「記事の事前チェックをさせて当然」

という考え方はマジで害悪以外の何者でもないと思う。

それを言わせるのは恥だと思うべき、メディアも、取材された側も。

そうさせることでメディアは自らの価値を損ない、「報道」の価値も損なっている。

— 西山里緒 / Rio @ビジネスインサイダー (@ld4jp) July 20, 2018

 

西山氏によるツイートは記事の公開前であるため、当該記事についての議論として投げかけていたのかは不明だが、今回の問題と大きく関係する内容だ。

記事の事前チェックはおこなわれるべきなのだろうか?報道機関として、そのラインは引き渡すべきではないのだろうか?

報道における事前チェックは望ましくない

まず大前提として、西山氏が述べるように報道機関が事前チェックを取材対象者に委ねることは望ましくない。

メディアには編集権があり、編集の独立が担保されていることは、メディアにおける最も重要なアイデンティティーである。

例えば大企業の不正を取材する時、その大企業が報道機関の広告主であった場合、経営陣から編集部に対して記事掲載について圧力がかかってしまう可能性がある。編集権はこうしたリスクを避けるために、経営と編集を分離するものであり、事前チェックによって企業の意向通りに記事が修正されてしまうことを避けたいという主張自体は、正当なものである。(ただし編集権自体はもう少し複雑な問題をはらんでいるが、ここでは触れない)

記者は万能ではない

しかしながら、そうした前提がありながらも、記者が一括りに「事前チェックは害悪」であると決めつける姿勢は望ましくない。

その理由はシンプルで、記者やメディアは万能ではないからだ。

筆者は以前、現代ビジネスで「仮想通貨580億円流出事件で露呈したメディアとテック業界の深い溝」と第する論考を公開した。

ここでも述べた通り、メディアと専門性の問題は複雑である。メディアは専門的な話題をできるかぎり簡略化しながら読者に伝える必要があるものの、そのメディアの記者自身も、ある分野におけるエキスパートとは限らない。

専門性の高い話題をわかりやすく噛み砕く作業は、予想以上に困難を極める。そこには誤解やミスリーディングも生じ得る上に、予め当該分野に対して持っている主観によって、ストーリーが捻じ曲げられる可能性もある。

そのため、取材対象の専門性が高ければ高いほど、記者が独自にその内容を噛み砕いて伝えることは不可能である。むしろ記者やメディアが、自身の限界を理解した上で、取材対象者と共に、どうすれば当該知識をわかりやすく読者に伝えていけるだろうか?ということを模索するべきである。

記者は万能ではないという前提に立った時、「事前チェックは害悪」と言い切ることは傲慢ですらある。

ニュースの峻別が肝要

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報道機関として事前チェックを委ねるべきではないという前提と、記者の万能性に委ねないという点は背反する。では、どのようにして両者を調停するべきだろうか?

ケースバイケースという結論にはなるものの、1つの試案としては(1)公益性の高いニュースと(2)解説的なニュースを分けることで、前者には事前チェックをつけずに、後者については取材対象者と確認をおこなうパターンがある。

たとえば政治家や当局、企業の汚職や不正義は公益性の高いニュースに分けられる。こうしたニュースにおいて事前チェックをつけるべきかというと、言うまでもなくNOである。

解説的なニュースには、今回のように新しいテクノロジーや専門性の高い内容についての解説がある。こうしたニュースについて、企業からの情報をそのまま報じることで、当該企業の広報誌になってしまう危険性もあるが、その危険性と事前チェックの問題を切り分けることは不可能ではない。

たとえば、ある企業のテクノロジーが社会的リスクを有している場合、記者は率直にその事実を書くべきである。そこで事前チェックを通したことによって、企業から当該部分について削除依頼がきたとしても、公益性の高い情報であれば削除依頼を無視してでも公開するべきである。

むしろ解説ニュースであるにもかかわらず、読者の誤解を誘うような記事になっていた場合は、公共性の観点に照らしても、その弊害こそが大きいと言える。

今回の記事は、報道倫理に関するジレンマが問題になっているわけではなく、記者と取材対象者のディスコミュニケーションに過ぎない。実際、取材対象者が指摘するように「1200万人突破した」というタイトルの説明は本文に見られず、取材対象者が問題視するのは当然だろう。

媒体としての立場を明らかにするべき

事前チェックをおこなうニュースとそうではないニュースを峻別することは、西山氏個人の問題ではなく、媒体としての問題だと言える。

たしかに西山氏が指摘する通り、メディアの中には企業の広報誌のようになっているものもあり、報道とは何かを考えさせられるケースも少なくない。しかしながら、その姿勢や思想が媒体によって異なることは当然であり、問題はメディアがその姿勢を明示しているか否かである。

どういった思想に基づいて事前チェックを否としているのか?という点は、メディア側が自覚的になるべきであり、少なくともそのラインについて記者が自明であることが望ましい。

率直に言ってしまえば、ニュースとはなにか?公共性の高い情報とはなにか?なにをどのように報じるべきか?という本質的な問いに向き合わないまま、一括りに「事前チェックは害悪」だと決めつけたり、媒体としての在り方を検討していないことは知的怠慢である。

取材対象者をはじめ、一人ひとりがメディアを通じて発信できる現代社会において、編集権の在り方は変化しており、媒体としての指針は一層重要になっている。

メディア側は、大企業や政府当局の不正義に目を向けがちであるが、この問いはメディア自身にも向けられている。報道の透明化やアカウンタビリティこそが、事前チェックという問題の本質だと言える。

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著者
The HEADLINE編集長。株式会社マイナースタジオを創業後、2015年に株式会社メンバーズ(東証一部)に企業売却。早稲田大学政治学研究科修士課程修了(政治学)。関心領域は、メディア論や政治思想など。Twitter : @ishiken_bot
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