トランプと貿易:多国間協議による貿易ガバナンスは終わるのか?

公開日 2018年08月22日 19:51,

更新日 2018年08月22日 19:51,

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ドナルド・トランプ大統領は、いくつのも政治・政策的な規範、なかでも貿易政策に関する規範を覆してきた。彼がおこなった環太平洋パートナーシップ協定からの離脱、NAFTAの「再交渉」、そして最近の中国および他国に対する制裁関税はすべて、戦後における米国の自由貿易を支持する超党派コンセンサスから大きく外れている。

中国をターゲットにした関税は、最もスキャンダラスなものだ。中国が報復するにつれ、2つのライバル間における全面的な貿易戦争リスクが噴出している。こうした問題は、両国経済にリセッション(景気後退)をもたらし、世界経済をも道連れにする。

米国の利益と国際貿易ガバナンス

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これらは、ルールに基づいたリベラルな国際秩序を米国が放棄しつつあることを示しているのだろうか?いや、そうではない。なぜなら、実際にはそのような秩序など、そもそも存在していないのだ。我々は、米国の善意によるリーダーシップのもとで、世界経済が中立的なルールによって運営されていると考えたいかもしれないが、実際には国際経済とそれを支配するルールと組織は、すべて大国、とりわけ米国の利益に資しているのだ。

米国は戦後、その政治や外交、安全保障上の利益に資するため、自由市場を維持してきた。冷戦時代、米国の貿易解放政策は、戦争で荒廃した欧州とアジアの同盟国における経済を復興させることで、経済的相互依存を通じた同盟関係を強固にしつつ、ソ連を孤立・牽制した(Gilpin 1987)。日本とドイツの経済が回復し、米国経済の競争力が低下した1970年代でさえ、米国はその地政学的利益のため自由貿易政策を維持した。これは、米国が同盟国に提供した市場へのアクセスが、米国側にほとんど提供される事がなかったにもかかわらず、である。

その結果が、米国の貿易赤字拡大だ。1980年代に米国は、その貿易条件を修復する事は、少なくとも他の優先すべき外交政策を犠牲にしなければ実現できない事を認識していた。その代わりに米国は、貿易赤字を有利に利用した。拡大する貿易赤字はドルの対外流出を増加させ、ドルは米国金融機関を通じて再投資されるか、あるいは他国の中央銀行で外貨準備として確保された (Varoufakis 2011)。こうして貿易赤字は、米国の国際的な経済力の裏付けとなった。

知的財産は、金融とあわせて米国の国際経済力を支える柱の1つである。米国に本拠を置く企業は、知的財産を所有することによって製造自体が海外に移転しているにもかかわらず、国際的な利益のもっとも巨大な取り分を得ている。国際貿易のルールは、世界貿易機関(WTO)を通じて、投資保護や知的財産権、サービス貿易に関する米国の関心をより広範に反映しているのだ。

米国に対抗する挑戦

しかし現在、国際貿易ガバナンスにおいて、米国の利益に対抗する2つの挑戦が生まれている。第一に、経済面でのライバルである中国が、米国消費市場へのアクセスを活用して工業化を急速に推進している。中国経済が成長するにつれて、米国支配に挑戦する能力も成長している。

ロバート・ギルピン(1987)は、このことが全てのグローバルな経済秩序に作用する問題であると主張している。米国や他の先進国がハイテク産業に集中することは、投資を低コストな周辺国に向かわせ、それらの成長を促すという意味で、現行システムに対する将来的な挑戦を生み出す基盤になっている。

第二に、米国のコンサルタントや銀行家、エンジニアなどが現在の国際貿易ガバナンスの恩恵を受けていることは事実であるが、彼らの中でも沿岸部の都市で働く人々は好調だが、ミシガンやペンシルバニア、オハイオ、ウィスコンシンなどの製造拠点の労働者は異なるのだ。1997年から2017年にかけて、全米の製造部門で失われた498万5000の雇用のうち、20.1%がこの4州で失われた。特にミシガン州とオハイオ州は深刻で、2017年の非農業民間部門全体の雇用も、1997年のそれより減少している(Bureau of Labor Statistics 2018)

にもかかわらず、米国経済を支える2つの柱そのものは、大きく蝕まれたようには見えない。2017年末の時点で、米ドルは国際外貨準備の63%を占めている一方、中国人民元は1.2%に過ぎず、英ポンドと豪ドルより少ない(IMF 2018)。また2016年には、世界における知的財産輸出の3分の1を米国が占めていた(Bureau of Economic Analysis 2018, World Bank 2018)。

国際貿易ガバナンスの展望

トランプ大統領は自らの責任によって、ライバルとなる経済圏の台頭と米国内における不平等な利益分配という、現代の国際貿易ガバナンスが米国に突き付けている挑戦を表出させてしまった(あるいは、少なくとも政治的に悪用した)。しかしながら、依然として現行の国際貿易ガバナンスは、他の優先事項に従事しており、同時に米国企業における主要な政治的アクターの利益に資している。

上記の挑戦に対処しながら、米国は現在の国際貿易ガバナンスによって得た力と利益を維持できるのだろうか?米国が過去30年以上にわたり熱烈に構築・維持してきた国際貿易を支配するルールや組織は、現在の目的とは合致していないようだ。

その不一致に呼応するように、米国は一国主義に基づいて行動しており、様々な工業製品における主たるライバルである中国を直接的なターゲットに据えている。彼らの主張によれば、これは米国経済を支える2つの柱のうちの1つである知的財産を「盗難」した中国の攻撃に対する報復である。このことは歴史的に前例がない事ではない。1980年代初頭、丁度米国が新たな国際貿易ガバナンスの取り組みを開始した頃、米国は貿易相手国に対する一方的な行動を増加させていた。

中国は、世界貿易機関(WTO)の枠組みにおいて関税撤廃の挑戦を推し進め、多国間主義へのコミットメントを強めている。結局のところ、国際貿易のガバナンスは中国にとって非常に有益であったという事だ。

米国の一国主義が示しているのは、国際貿易ガバナンスを支える政治的な関心事項が変化しつつあることだ。米国は、外交政策の目標と主要産業における経済的優位性、産業界の利益、そして全国民の経済的安寧という4項目の優先順位をこれまで以上に鮮明にすることを余儀なくされている。

これは環太平洋パートナーシップ協定から撤退を決めたトランプの決断に、明確に示されていた。同協定は主要な有権者間では不評であったため、離脱は大統領選におけるトランプ政策の中心に据えられた。しかし協定自体は、アジア太平洋における米国利益および、知的財産やデジタルコマース、投資保護に関する国際協議に進展をもたらした。

このジレンマはトランプが始めたものではないし、彼がいなくなっても消え去るものではない。現在の国際貿易ガバナンスに関するシステムを維持することは、米国のある部分における利益とますます相反していき、国内での政治的コンセンサスも失われていくだろう。

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翻訳元の記事
Trump and Trade: The End of Multilateral Trade Governance?
原著者
シドニー大学政治学・国際関係学の博士号候補生でありPostgraduate Teaching Fellowとして教鞭も取る。
✍🏻 翻訳者
編集長
1989年東京都生まれ。2015年、起業した会社を東証一部上場企業に売却後、2020年に本誌立ち上げ。早稲田大学政治学研究科 修士課程修了(政治学)。日テレ系『スッキリ』月曜日コメンテーターの他、Abema TV『ABEMAヒルズ』、現代ビジネス、TBS系『サンデー・ジャポン』などでもニュース解説をおこなう。関心領域は、メディアや政治思想、近代東アジア、テクノロジー時代の倫理と政治など。わかりやすいニュース解説者として好評。
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