月は誰のものか? 宇宙を専門とする弁護士が回答する

公開日 2018年10月22日 19:57,

更新日 2021年10月15日 19:30,

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この写真は、おそらくこれまで撮影された国旗の中で最もよく知られたものだ。

APOLLO 11 MOON LANDING / AP PRESS

バズ・アルドリンが、月に立てられた初のアメリカ国旗を横にして立っている。これによって、世界史を知る人々にむけて警鐘が鳴らされた。1世紀も経たない以前の地球では、世界の異なる地域に国旗を立てることは、依然として自国の領土を主張する行為であった。月にあるアメリカの星条旗は、アメリカによる植民地設立を意味するのだろうか?

私が「宇宙法」と呼ばれるものを専門・啓蒙する弁護士であることを初めて聞いた人々は、大きな笑みを浮かべたり目をちらつかせながら、「月は誰のものですか?」と頻繁に聞いてくる。

新たな国家・領土を主張することはヨーロッパ諸国の慣習であったが、ヨーロッパ以外の国々でも受け継がれることになった。特にポルトガルとスペイン、オランダ、フランス、イギリスは巨大な植民地帝国を作り出した。彼らの姿勢は西洋中心主義であったが、旗をたてるという法的観念は、主権を確立するための行為となり、国民国家における法的区分として世界的に受け入れられていった。

もちろん宇宙飛行士は、国旗を掲げることの法的意味・帰結よりも重要なことを意識していたが、この問題は任務以前から意識されていた。宇宙開発競争がはじまって以来、世界における大多数の国々が、月に掲げられた星条旗が大きな政治的問題として扱われる可能性があることを米国は理解していた。合法的に月が米国の飛び地になるという示唆は、米国の宇宙計画と米国利益の双方に害を及ぼす国際紛争を引き起こす可能性があったのだ。

「多くの人々が暮らしている非ヨーロッパ諸国だが、そこは文明化されていないためヨーロッパの主権下にある」という考えは、1969年までに脱植民地化によって破棄された。しかしながら、月には住民もおらず生物自体すら存在しない。

それでもアームストロングとアルドリンは、ある小規模な式典において月全体や少なくとも大部分を米国の領土に変えるつもりはあるか?という疑問に対して「ノー」であると簡単に答えた。NASAや米国政府は、米国国旗がそうした効果を発揮することを望んでいなかった。

最初の宇宙空間条約

最も重要なことは、1967年に締結された宇宙条約において、米国とソ連、その他の宇宙開発国が協働したことである。両大国は、地球上における「植民地化」が、過去数世紀にわたり人類の莫大な苦悩と多くの武力紛争の原因となっていたことを認め、月の法的地位を決定するにあたり、過去のヨーロッパにおける植民地支配者達が犯した誤りを繰り返さないことを決めた。

少なくとも、世界大戦を引き起こすような宇宙空間における「土地奪取」のリスクを回避する必要があった。これにより月は、初めての有人月着陸から2年前には、すべての国が法的にアクセス可能な「グローバルコモンズ」となっていた。

すなわちアメリカ国旗は、主権を訴えるためではなく、アームストロングやエルドリン、そして第3の宇宙飛行士であるマイケル・コリンズの任務を可能にした米国の納税者やエンジニアを称えることであった。2人の宇宙飛行士は、「すべての人類のために平和を」というプレートを持っていた。もちろん、ニールの有名な言葉も同じ意味であり、彼の「小さな一歩」は、アメリカにとっての「大きな跳躍」ではなく、人類にとっての「大きな一歩」なのである。

さらに米国とNASAは、月の石や土壌などのサンプルを他国に共有・譲渡することや科学的分析・議論のために資源をアクセス可能にすることで、彼らの責任を果たした。冷戦の最中ではあったが、そこにはソビエト連邦の科学者も含まれていた。

宇宙に関する問題は解決されており、宇宙を専門とする弁護士は必要ないのだろうか?ネブラスカ州立大学宇宙法学科の学生に対して、月の法律に関する議論と論争を提供する必要はないのだろうか?

宇宙に関する弁護士は必要ではない?

それは早計だ。平和的任務において、全ての国が利用できる「グローバルコモンズ」としての月の法的地位は、すべての重大な抵抗・挑戦に対応することはできず、宇宙条約は詳細なケースについて定めていない。当時想定されていた非常に楽観的な仮定とは対照的に、人類は1972年より月に戻っておらず、その土地権利に関する条項は理論的なものとなっている。

数年前、月に戻るための新計画がいくつかスタートした。さらに、巨大な財政基盤を持ったプラネタリー・リソーシズ社とディープ・スペース・インダストリーズ社という2つの米国企業は、鉱物資源を採掘するために小惑星を標的としはじめている。前述の宇宙条約下では、月や他の天体、例えば小惑星は同じ枠に分類され、いずれも一国の主権国家もしくは他国の領土になることはできない。

宇宙条約の下で、国旗を掲げることやそれ以外の方法で新たな領土を獲得するという基本的な行為の禁止によって、月や他の天体にある天然資源を商業的に利用することはできなくなった。これは現在、国際社会における主要な議論の1つではあるが、明白な解決策はまだ生まれていない。概して、これには大きく2つの解釈が可能だ。

小惑星で採掘をしたいか

米国やルクセンブルグ(EUへの玄関口)などは、月や小惑星が「グローバルコモンズ」であることに同意しており、正当なライセンスと宇宙の規則に関したコンプライアンスを遵守すれば、民間企業は宇宙に向かって探索をおこない、金儲けをすることが許可されていると考えている。これは、各国の支配下にない公海についてのルールに似ているが、こちらは正式に認可された漁業に関する法律を遵守したあらゆる国の市民や企業に完全に開放されている。釣った魚は、合法的に売ることができる。

一方でロシアやブラジル、ベルギーといった国々はそれほど明示的ではないが、月や小惑星は人類全体に属していると主張している。したがって、商業による潜在的利益が、人類全体に何らかの形で帰されるべきであり、少なくとも人類全体の利益を保証するための厳密な国際制度を設けるべきだとしている。これは深海から鉱物資源を採掘するために確立された体制と似ており、これによって国際的なライセンス制度と世界共通の利益を保証するため、国際的な企業が作られた。

私の見解では、1つ目の立場が法的にも現実的にも適していると考えるが、法的な争いはまだ終わっていない。他方、月への関心はどんどん高まっており、少なくとも中国とインド、日本は真剣に計画を立てている。そのため、ネブラスカ大学リンカーン校では、これらの問題についてこれから何年間も学生に教える必要がある。国際コミュニティの責任にもとづき、2つの立場のどちらか、あるいは中間のどこかで共通合意に達することが極めて重要である。広く適用・受け入れられた法律がないままに、宇宙に関する活動が進むことは最悪のシナリオとなるだろう。植民地化の問題ではなくとも、それは結局のところ有害な結果をもたらす可能性がある。

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本記事は、下記記事の翻訳です。著者または配信元との提携・許可にもとづいて、正式なライセンスによって配信しています。

翻訳元の記事
Who owns the moon? A space lawyer answers
原著者
フランツ・フォン・デア・ダンク教授は、2004年10月にバンクーバー国際宇宙連盟(IAF)の国際宇宙研究所(IISL)の功労賞を受賞。さらに、2006年10月には宇宙法ハンドブックがバレンシアの国際宇宙科学アカデミー(IAA)の社会科学賞並びにエルサレムの国際宇宙飛行学会(IAA)の二つの社会科学賞を受賞。2008年夏には欧州宇宙財団(ESF)の欧州宇宙科学委員会(ESSC)に初の弁護士としてのメンバーとなり、2007年には宇宙探査機協会(ASE)によって設立された小惑星脅威緩和に関するパネルの中で唯一の弁護士であった。
✍🏻 翻訳者
編集長
1989年東京都生まれ。2015年、起業した会社を東証一部上場企業に売却後、2020年に本誌立ち上げ。早稲田大学政治学研究科 修士課程修了(政治学)。日テレ系『スッキリ』月曜日コメンテーターの他、Abema TV『ABEMAヒルズ』、現代ビジネス、TBS系『サンデー・ジャポン』などでもニュース解説をおこなう。関心領域は、メディアや政治思想、近代東アジア、テクノロジー時代の倫理と政治など。わかりやすいニュース解説者として好評。
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