イスラエルから見たウクライナ問題

政治・国際関係

公開日 2014/03/22 09:26,

更新日 2014/03/22 09:26

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編集部注:本記事は翻訳家・平井和也氏の寄稿。同氏は、人文科学・社会科学分野の日英・英日翻訳をおこなっている。

本稿では、中東の戦略国家イスラエルのシンクタンクである国立安全保障研究所のズヴィ・メーゲン主席研究員(元駐ウクライナ・イスラエル大使、元駐ロシア・イスラエル大使)とオデド・エラン主席研究員(元駐EUイスラエル大使)の共著論考“Ukraine: An American-Russian Wrestling Arena”(ウクライナ:米国とロシアの闘技場)をご紹介したい。(今月5日に同研究所のサイトに掲載。)

 

米国政府が軍事力行使をしなかった前例

今回のロシアによるクリミア半島への軍事侵攻は、米国のオバマ大統領にとっておそらく就任以来最も難しい対応が求められる局面だろう。同大統領およびケリー国務長官の判断基準に従って考えた場合、今回のロシアの行動は国際的な合意と欧州における現在の秩序を明らかに侵すものであり、米国とNATOの威信に対する挑戦だ。

オバマ大統領は軍事力行使をしないという決定への批判に対して、過去の歴史上の前例を示すことで、米国の対応を正当化することができる。1956年の11月、当時のソ連軍が反共産主義クーデターを鎮圧するためにハンガリーに軍事侵攻した時、米国政府は軍事的な対応を真剣に検討するという議論は行わなかったし、NATOによる軍事介入の議論もなかった。

また、1968年8月にもチェコスロバキアの首都プラハで起こっていた「プラハの春」と呼ばれる民主化運動をソ連軍(ワルシャワ条約機構5ヶ国軍)が武力弾圧するという出来事があった。この時にも、当時の米国のジョンソン大統領は軍事力を行使せず、ブレジネフ・ソ連共産党書記長との首脳会談を中止するにとどまった。

このチェコ事件で、ソ連は「社会主義共同体の利益が脅威にさらされる場合には、個別国家の主権は制限されうる」という制限主権論を唱え、これがいわゆる「ブレジネフ・ドクトリン」だ。このブレジネフ・ドクトリンが、おそらく今回のロシアによるウクライナへの軍事介入の根拠になっているのだろう。

 

傷つけられた米国の威信

米国が過去に同じような状況で軍事力行使を避けたという事実、またソ連が自壊したという事実があるにしても、今回の事態の中で米国の威信が高まることはないだろう。米国の威信は既にプーチン大統領によって大きく傷つけられている。

ケリー国務長官は軍事的な選択肢は最後の手段だとして、代替策として6月にソチで開催予定のG8首脳会議の準備作業の中断とG8からのロシアの排除、国際社会におけるロシアの孤立化を提案した。特に経済制裁として、ビザ発給停止、資産凍結、貿易および投資に対する制裁を挙げている。ケリー国務長官は、ロシアがウクライナから軍を撤退させない限り、これらの制裁を全て科すと明言している。

このような制裁措置を発動するとしたら、米国単独で行う場合でも複雑な問題になる。入国ビザ発給の停止は表面上は直接的な行政措置に見えるが、米国在住の何千人ものロシア人ビジネスマンと留学生を対象にして制裁を実行するのは難しい。

 

米国とロシアの相補的な経済関係

米国とロシアの相補的な貿易関係は約500億ドルに達している。そのうちの3分の2がロシアの輸出であり、ロシア経済への打撃の方が米国経済への影響を上回る可能性がある。また、米国のロシアへの直接投資は推定約150億ドルであり、米国政府が対ロシア直接投資を停止するとは思えない。

さらに、資産凍結は大統領令に基づいて発動される。これは実際、過去に前例があり、大統領令13159に基づいて核濃縮に関連したロシアの在米資産に対して資産凍結措置がとられたことがある。

 

米国とロシアのこう着状態

これらの措置の影響は現在も続いているが、必ずしもはっきりとしたものではない。また、ロシアの黒海艦隊の母港があるという歴史的な背景を考えると、ロシアの行動がクリミア半島だけに限定されていることによって、米国が断固たる措置を講じることが難しくなっているという側面もある。

これはオバマ大統領にとって酌量すべき情状ではあるが、ロシアがクリミア占領に制限を設け、親ロシアのウクライナ東部まで占領を拡大しようとしていない姿は、ロシアが大国としての立場から逃れようとしているというイメージを隠せるものではないだろう。

このことはロシアと米国が関わっているイランとの交渉に影響を及ぼす可能性がある。また、米国が軍事力の行使を避けようとしていることは中東地域の勢力均衡にも影響を及ぼす可能性がある。さらに、戦略分野における様々な紛争に対する中国の見解にも影響を与えるかもしれない。米国大統領はこれら全ての側面を無視することはできない。

過去2年間、プーチン大統領は中東における二大重要案件であるイラン問題とシリア問題に関してロシアの主張を強行することに成功したとみなされている。さらに、この数週間にエジプト政府とロシア政府との間で盛り上がっている対話が挑戦的な外交の練習段階だとしても、そのこと自体が、米国が表舞台から姿を消している大国であり、米国以外の別の選択肢を模索することが可能だという感覚を表しているのだ。

 

イスラエルから見たロシア

ロシアのウクライナ侵攻は、1990年代前半まで旧ソ連の支配下にあった地域に対する支配権をかけてロシアと欧米が繰り広げている闘争の一部だ。プーチン時代に入ってから、ロシアは過去の領土を取り戻そうとしている。グルジアはその一例であり、ロシアはここ数年の間にウクライナとの抗争を続けている。

ウクライナの国土面積が広いこと、また多くのロシア系住民を抱えているという複雑な人口構成があることが、ロシアとウクライナとの間のつばぜり合いの重要なポイントだ。

 

ロシアと欧米の綱引き

欧米がウクライナのNATOおよびEUとの関係を強化することによってウクライナを自分たちの陣営に近づけようとしている一方で、ロシアはこの数週間で武力行使を通じてキエフの暫定政府に対する影響力を獲得することによって、ウクライナを支配しようとしている。既にクリミア半島で行った軍事介入をさらに超えたところで、プーチン大統領には親ロシアの東部地域を分割するという選択肢があるが、現時点ではその可能性は低い。

それは明らかに大きな代償を伴うが、ウクライナという大きな問題に対処するための外交チャンネルができた時には、その選択肢をちらつかせることはロシアに有利に働く可能性がある。そうなった場合、その政治プロセスにおいて、ロシアはウクライナと欧米の友好関係を切ろうとするだろう。

プーチン大統領は既にこれらの問題について議論することに関して欧米との間で合意を得ているため、クリミアへの軍事侵攻という手段を正当化し、軍事侵攻によって既に生じている経済的な損害を抑えることは可能だ。

しかし、プーチン大統領はウクライナとの争いにおける現在の局面をどう収拾すればいいのかというジレンマに直面するだろう。また一方で、欧米は、ウクライナ問題についてどんな代償を払えば弱腰と見られることなく、また強引なロシアの主張に道を譲ることもなく現在の局面から身を引くことができるのかというジレンマに直面することだろう。

これらの疑問に対する答えは、中東情勢に影響を及ぼす。ロシア、米国、欧州は中東における二大重要問題であるイランの非核化とパレスチナ問題の外交的解決の交渉に参加している。この二大重要問題に対してロシアが重大な損失をもたらす可能性があることを考えると、欧米はウクライナ問題についての様々な選択肢を検討するにあたって、ロシアの潜在的な影響力を考慮しなければならない。

 

シリア問題に対するロシアの影響力

ロシアはまた、米国政府がシリアにおいて軍事力の行使を検討する際に直面するジレンマをさらに悪化させるような方法で、シリア情勢に変化をもたらそうとすることもできる。

さらに、ロシアはこれまで提供を拒否してきたようなタイプの兵器を用意しながら、中東に展開する勢力や中東の国に対しても武力外交を行使することができる。実際、クリミア危機の前から中東地域の多くの国がロシアとの間で武器購入について交渉していた。

クリミア危機は国際的な合意とその保証の信頼性に対する疑問を深めており、それはイラン問題とパレスチナ問題にも関わっている。1994年12月に米国、英国、ロシアが交わしたブダペスト覚書は、ソ連崩壊時にウクライナに残された核兵器を放棄させる代わりに、ウクライナの独立と主権を守ると謳っているが、この覚書は合意の保証とそれを交わした国々の約束を履行する能力が著しく落ちていることを表す好例だ。

以上が、イスラエル国立安全保障研究所の論考のまとめとなる。

 

ブレジネフ・ドクトリンの部分的変更

なお、上記の文中でブレジネフ・ドクトリンの話が出てきたが、ロシア専門家の佐藤優氏(元外務省主任分析官)は、産経デジタルの記事の中で、ブレジネフ・ドクトリンと今回のロシアによるクリミアへの軍事介入の関係について、次のように述べている。

もはや社会主義共同体は存在しない。そこでロシアはブレジネフ・ドクトリンを一部変更し、「ロシア国家の死活的利益が脅威にさらされる場合には、近隣諸国の主権は制限されうる」という新たな制限主権論に基づいてグルジアの南オセチア自治州、アブハジア自治共和国に軍事介入し、2008年に両地域を「独立」させ、保護国にした。

今回、ロシアはこの論理に従ってクリミアを保護国化しようとしている。ロシアのこの行動は、国際秩序を著しく不安定化させる引き金となりかねないので、断じて認められない。

 

イラン問題とパレスチナ問題への影響を意識するイスラエル

今回ご紹介した論考を読むと、イスラエルがイランの核問題とパレスチナ問題を強く意識しながらウクライナ情勢を横目で見ていることがよくわかる。欧米とロシアがウクライナ問題に対してどういう対応をするかによって、中東情勢にも影響が出てくる可能性があり、イスラエルは常にそこに神経を使っている。

【参照資料】

The Institute for National Security Studies: Ukraine: An American-Russian Wrestling Arena

佐藤優氏:内戦勃発になりかねないウクライナ危機の本質

 

Photo : Twitter

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著者
平井和也 | 1973年生まれ。青山学院大学文学部英米文学科卒業。人文科学・社会科 学系の翻訳者(日英・英日)。F1好き。 Twitter:@kaz1379/ブログ:http://entrans221.blog38.fc2.com/
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