学問とヒップホップの意外な関係?

政治・国際関係

公開日 2013/10/08 14:45,

更新日 2013/10/08 14:45

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編集部注:前回、都内の大学院で社会学を専攻するケチヲ氏が男子校に関する興味深い論考を寄せてくれたことを覚えているだろうか?

彼は、今回ヒップホップと学問という一見不可思議な、しかし大真面目なコラムを寄せてくれた。ヒップホップ好きも、学問好きも、あるいはどちらにも興味が無い人にも、ぜひご一読頂きたい興味深い論考だ。

近年の音楽文化を語る上で、ヒップホップは欠かせないジャンルだろう。文 化という点で考えれば、ロックが音楽だけでなくファッションやライフスタイ ルなど、実に広範な意味を持つようになったのと同じく、ヒップホップもまた そうした広範な意味を内包している。そのルーツをたどれば「黒人音楽」の歴 史を紐解くことになるし、音楽の枠を超えて「サブカルチャー/メインカルチ ャー」としてのあり方や人種・エスニシティ、ジェンダーなどの問題を考える 端緒ともなる。

それだけの深みを持つのがこのヒップホップである。今回はそ んなヒップホップについて簡単に紹介しつつ、学問との意外な類似について指 摘してみよう。

ヒップホップってどんなイメージ?

ところで、ヒップホップという言葉を聞いた時、あなたが思い浮かべるも のは何だろうか?音楽の一ジャンル、ダンス、壁の落書き、悪そうなB-Boyフ ァッション、色々あるだろう。おそらくどれも正解だし、どれもその全体を捉 えているわけではない。

ヒップホップは70年代のニューヨーク市サウス・ブロンクスのストリート で生まれたアートフォームであるとされている。このアートフォームを特徴付 けるのはアフリカ・バンバータというDJが提案した4つのエレメント:①rap music(aural)②turntablism=DJing(aural)③breaking(physical)④graffiti art(visual) である。大まかに分ければ、音楽のジャンルとしては①②、ダンスとしては ③、絵画としては④がそれぞれ当てはまる。

つまりこれらは元々ヒップホップ ・カルチャーの一要素であり、ヒップホップという名はこれら黒人による創造 的文化を総称したアートフォームであったと言えるだろう。

ヒップホップのルーツ、サウス・ブロンクスのコミュニティが持つ性質と して、ニューヨークというurbanとその中でのsuburbanな地理、そしてそこに 住むblack(アフリカン、ジャマイカン、プエルトリカン、blackではないがヒ スパニックetc.)というアメリカの文脈における人種問題と結びついた貧困と 暴力が挙げられる。ドラッグやギャングのイメージなどが好例だろう。こうし た事柄はラップをする上での主題としてしばしば選ばれる他、ラッパーたち自 身の置かれた環境としても顕在化する。彼らにとって、ラップのリリック(歌詞)は経験的な事柄が語られることも多いのだ。

世界に広がるヒップホップ

このことは、ヒップホップの「グローバル」な広がりと「グローカル」な シーン形成として結びつけて考えることが出来る。National Geographic誌が ”地球上のあらゆる国で独自のローカルなラップ・シーンが発展している”とい う点で”the world’s favorite youth culture”であり、またCNNが”global musical epidemic”と表現したことに触れるまでもなく、ヒップホップは「グローバル」であり「グローカル」なアートとなったと言えるだろう。

一例として:チャモロのラップ

その一例として、マリアナ諸島の先住民であるチャモロによるラップがある1。 16世紀前半のスペインによる統治から始まる最も長い植民地化の歴史を持 つ、グアムなどの太平洋の島々に彼らは暮らしている。チャモロの文化はスペ イン、ドイツ、日本、アメリカと続く支配の中でほとんどが失われ、近年起こ っている先住民運動の文脈にあっても、彼らの文化は「復興」ではなく「創 造・発明」されるという状況である。そんなチャモロの彼らが母国語のチャモ ロ語によるリリックでアメリカルーツのラップを行うという構図は、ある種の 反抗の一形態とも取れる。

もちろんここにはアメリカの支配的文化から表現方法を借りることへの悲哀、ともすればジョセフ・ナイが主張したような「ソフト・パワー」や「文化帝国主義」を見て取ることも出来る。しかし、チャモロ のようにエスニック集団の問題を主題化する形式をヒップホップに求めることは、アメリカで生まれたアートフォームの可能性の実践的拡大としての「グロ ーカル化」として見ることも可能ではないだろうか。

学問とヒップホップは似てる?

さて、ヒップホップはそれ自体アメリカを中心に研究の対象とされてきた が、この音楽はどこか(特に人文社会科学系の)学問(あるいはそうした学問的な態度、マナー)に似た性質を持ち合わせているように思われる。

まず、ヒップホップの音楽的側面はサンプリングという技術の進歩と深く 結びついている。ヒップホップはトラック(音)をDJがプレイし、その上で MCがラップ(歌)をするというのが基本的な編成となるが、このトラックの 原点は1970年代にクール・ハークによって発見された、アナログ盤を用いて楽 曲の特定部分をループ(リピート)させてビートを生み出すブレイクビーツに ある。

その後、DJのテクニックは様々発達していくことになるが、このように トラックというものはこれまでつくられてきた音楽を部分的に使用すること、 そしてそれを複数組み合わせて音を作るということがなされてきた。ごく簡単 に言うならば、こうした手法がサンプリングである。もちろん著作権などの問 題もあってオリジナルのトラックをつくる人もいるが、サンプリングがヒップ ホップに及ぼした影響が重要であることに変わりはない。

このサンプリング、学術的な文章を書く上での引用とよく似てはいまいか。 DJは音を切り貼りして新しいトラックを創作するが、研究者は先行研究を切り 貼りして自らの研究を既存の研究の流れに位置づける。おそらく両者とも、新 しいものを生み出すために必要な土台作りをしているという点では同じ行程と 言えるだろう。時にDJはラップの乗らない音だけの作品をつくることもある。 先人の紡いできた音を、新たにより合わせてオリジナルな音を生み出すのだ。

学問においてこれに近いのが、おそらく理論・学説史研究かもしれない。温故知新、先人の知の遺産を紐解き、その繋がりの上で知と知の連環や知の新たな 展開を見いだす。こうした文献資料の丹念な読解は、ヒップホップがそのル ーツとなる音楽の歴史や先人をリスペクトし、古いレコードをディグする(探 す)様と似ている。アフリカ・バンバータは先述のヒップホップの4要素に加 え、知識を5つ目の要素として挙げているが、こうして過去と繋がりつつ新た な地平が開かれた先に、自らの主張が現れ、あるいは乗っていくのである。

ここまでDJについて言及したので、次はMCについてである。MCはしばし ば、自らの生きてきた経験からリリックを綴りそれをラップする。リアルでな いこと=フェイクであることが時に批判の対象とされるほど、リアルな経験は 重要視される。学問において、研究者自身の経験が必ずしも明確に研究上に反 映されるわけではない。むしろそうした経験は恣意的なものとして、客観性を失わせると忌避されるような感もある。

しかし、この経験という語を調査と いう語に置き換えたならばどうだろうか。いわゆる量的調査、質的調査、あるいは史資料調査のいずれであっても、重要なのはある何らかのリアルを捉える ことであり、それを行うのは調査者である研究者自身となる。おそらくMCの 持つパーソナルな経験にせよ、調査にせよ、何らかの偏りを持つものであるこ とは否めない。ヒップホップであれば、スタイルウォーズへ開かれていること が、調査であれば、過程やデータを明示するような手続きがひとつの誠意と言 えるのかもしれない。このように個々の限界を踏まえつつ、異なる立場へと開 かれたあり方が両者には共通しているのではないか。

ここまでヒップホップについて簡単に概説しつつ、私見ではあるが学問との共通性についての考えを開陳してみた。ヒップホップと学問をめぐるこの短い 試論を読んで、学問に関心のある人はヒップホップにも、ヒップホップを嗜む人には学問にも、それぞれ目を向けてもらうきっかけになれたら光栄である。

実際聞き比べてみる

記事はここまでだが、百聞は一見にしかず。せっかくなのでヒップホップの曲 を、その元ネタと共にいくつか紹介してみたい。選曲は筆者の独断と偏見によ るものなので、趣味が合わない点などはご容赦いただきたい。

1.Nas / It Ain’t Hard To Tell

最近親子でGapの広告に出たり、今は亡きエイミー・ワインハウスと共演した りしたナズ。彼の一枚目のアルバムにしてヒップホップアルバムの傑作として 名高い”illmatic”を締めくくる一曲。この曲はマイケル・ジャクソンをサンプリ ングしている。少し聞き取りづらいかもしれないが、耳をすましてみてほしい。

2.The Notorious B.I.G. / Big Poppa

ビギーの愛称で親しまれた巨漢ラッパーのノトーリアス・B.I.G.だが、ラッパ ーとしての力量もさることながら彼を有名にしたのは1990年代のヒップホップ 東西紛争による非業の死だろう。生前唯一のアルバムReady To Dieに収録され ているこの曲は、ソウル・ファンクバンドのアイズレー・ブラザーズをサンプ リングしている。少々大ネタ使い(というかそのまま)の感は否めないが、そ れを乗りこなす力量はさすがの一言。

3.OZROSAURUS / Profile

最後は横浜のヒップホップユニット、オジロザウルスのこの曲を紹介したい。 曲名の通り、その内容はオジロザウルス(というよりMCであるMACCHO)の これまでの歩みについてなのだが、それを載せるトラックは西海岸を代表す るラッパーの一人であるアイス・キューブのGhetto Bird。ラッパーがラッパ ーのトラックを引いてくるという一例として聞いていただけたらと思う。

今回紹介したのは無数にある曲のうちのごく一部に過ぎない。もしこれを機に 興味を持ってもらえたならば、ヒップホップやその元ネタとなっている曲をた どってみてはいかがだろうか。ちょうど、参考文献表から先行研究をたどって いくのと同じである。もしかしたら、新たな発見や出会いがあるかもしれない。

  1. ex. http://youtu.be/V6MdOMyTPXY []

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著者
都内大学院に在籍中、社会学を専攻する。男性のジェンダー・アイデンティ形成に関する研究をおこなっているが、HIPHOPも愛して止まない。
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