Uber(Tingey Injury Law Firm, Unsplash) , Illustration by The HEADLINE

Uberのドライバーは「従業員」なのか?ギグワーカーの権利闘争をめぐる各国の現状

公開日 2021年06月25日 17:20,

更新日 2023年09月20日 12:12,

有料記事 / テクノロジー

2021年6月22日、警視庁はフードデリバリーサービスUber Eatsを運営している日本法人の元代表ら2人と法人としての同社を、入管難民法違反(不法就労助長)の疑いで東京地検に書類送検した。日本での在留期間が過ぎて不法に残留していたベトナム国籍の男女2人について、在留資格などの確認をせずに、2020年6月から8月まで東京都内においてUber Eatsの配達員として従事させ、不法就労を助長するなどした疑いだ。

Uber Eatsの配達員らでつくる労働組合ウーバーイーツユニオンの執行委員長である土屋俊明氏は、オンライン・メディアDIAMOND SIGNAL の菊池大介氏による取材に対して、2020年3月にコロナ禍の影響もあり対面で配達員の登録を行う「Uber パートナーセンター」を閉鎖して以降、名義貸しや不法就労が疑われるケースが散見されるようになったと回答している

ただ、この問題は氷山の一角にすぎない。Uber Eats、そしてライドシェアリングサービスUberの運営会社であるUber Technologies社の労務管理に対しては、ここ数年さまざまな議論が向けられており、世界各国で争議が繰り広げられてきた

同社をめぐる労働争議の中でも、特に紛糾しているのが、ドライバーの法的位置づけをめぐる問題だ。

本稿では、世界各国で起きている法廷闘争の経緯をたどりながら、「Uberのドライバーは『従業員』なのか?」という問いに対して、現時点での見取り図を提示したい。

揺れるドライバーの法的位置づけ

Uberのドライバーは「従業員」なのだろうか? それとも「個人事業主」なのだろうか? いま、この位置づけが全世界的に揺れている。世界各地でドライバーを従業員とみなし、適切な法的保護を与えようとする動きが出てきているのだ。

その背景には、ギグワークが普及するにつれ、その問題点が明らかになっている現状がある。

2010年代以降、ギグワークは21世紀に相応しいフレキシブルな働き方として注目されてきた。労働法、技術革新と労働政策を専門とする神戸大学教授の大内伸哉氏は、ギグワークを「ネットを使って仕事を受注する働き方」と定義し、その特徴として「大半が自営のため通常のアルバイトと違い労働法は適用されない」点、「隙間時間を利用して労務やスキルを他人と共有する」シェアリング経済としての側面がある点を指摘している

背景にギグワークの課題

一方で、昨今ではこうした新しいワークスタイルがはらむ危うさも指摘されるようになっている。経済産業省は、日本におけるフリーランサーをはじめとした「雇用関係によらない働き方」の課題として、不安定な収入・福利厚生の欠如・雇用主との不均衡な力関係を指摘

またヨーロッパ諸国のギグワーカーに関する調査結果をもとに作成された国際労働機関(ILO)の報告によると、欧州におけるフルタイムのギグワーカーの平均収入は、月収中央値の35.2%ほどだという。日本経済新聞の雇用エディター松井基一氏は、ギグワーカーの時間当たりの報酬は世界平均で3.4ドル(約370円)にとどまり、IT系などでは雇用者に比べて6~8割安いというデータも紹介している

問題点を暴く作品も

ギグワークの構造的な問題点を暴き出す著作や作品も現れはじめている。アメリカのデータ・アンド・ソサエティ研究所に所属するテクノロジー・エスノグラファーのアレックス・ローゼンブラット氏は、著書『Uberland ウーバーランド ―アルゴリズムはいかに働き方を変えているか―』において、「起業家精神」という言葉を隠れ蓑に「アルゴリズムの上司」に追い詰められていくギグワーカーたちの実情を明らかにした。イギリスのジャーナリストであるジェームズ・ブラッドワース氏は、自らUberドライバーに就いた体験をもとに、グローバル企業による「ギグ・エコノミー」という名の搾取を告発する『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した』を著している。

労働問題や階級問題を扱う映画を数多く製作してきたイギリスの映画監督ケン・ローチ氏は、2019年に公開した『家族を想うとき』の中で、十分な社会保障がない中で個人事業主として疲弊していくギグワーカーの悲哀を描いた。

こうした問題点を解消する手立てとして、ドライバーの従業員化を求める声が上がっている。それに対してUber Technologies社は、ドライバーの法的な位置づけをめぐり世界各国で争議を重ねている。果たして、Uberのドライバーは従業員なのだろうか? アメリカ・イギリス・フランスの事例を中心に、Uber Technologies社とドライバーの間で繰り広げられた法廷闘争の経緯と現状を書き記す。

「非従業員」に軍配も、揺れ続けるアメリカ

Uber Technologies社の本拠地であるアメリカでは、争議が紛糾しているものの、未だドライバーが従業員とは認められていない。(記事公開時点)

実は2020年まで、ドライバーを従業員として認める流れが強まっていた

2019年1月、全米で初めて、ニューヨーク市でUberをはじめとする配車サービスの運転手に最低賃金を適用する条例が施行された。続いてカリフォルニア州議会上院は2019年9月、2016年5月より提案されていた、ギグワーカーを独立した請負業者ではなく従業員として位置付ける法案「AB5」を可決

  1. 労働者が会社のコントロールから自由であること
  2. 労働者が雇用主のコアな事業以外の仕事に従事していること
  3. 労働者が同じ業界で独立したビジネスを行っていること

この「3つの条件」を満たさない労働者を「従業員」とみなすことが定められた

QUARTZ誌におけるアリソン・グリスウォルド氏の試算によると、ドライバーに従業員としての保障を付与することで、1人当たり3,625ドル、年間で総額5.8億ドルの追加コストを同社が負担する見込みだった

Uber側の反撃

しかし、当時大幅な赤字を計上しており、追加コストが経営上の命取りとなる状況だった同社は、簡単には引き下がらなかった

AB5が2020年1月に施行されたことを受けて同年5月、カリフォルニア州のザビエル・ベセラ司法長官はUberおよび競合のLyftに対して、AB5にもとづく雇用形態の見直しを求めた一時停止命令を発表。2020年8月には、この要求を認めるかたちで、Uber Technologies社とLyft運営元のLyft社に、10日の猶予付きの仮差し止め命令が下された。これに対して2社は共同で上訴をおこなうとともに、ギグワーカーを従業員と認めざるを得なくなった場合、カリフォルニア州から撤退する意志も示した

ここからUber Technologies社の猛反撃が始まる。Lyft社らシェアリングサービス運営企業数社とタッグを組み、カリフォルニア州において、AB5においてギグワーカーを対象外とする住民投票法案「Proposition(プロポジション) 22」を開始。「Proposition 22」を成功させるため、2億円規模の広告予算を投入した。米・WIRED誌のアーリアン・マーシャル氏は、「カリフォルニア史上で最も多額の資金が投じられたこのキャンペーンにより、テレビはCMで溢れ、メールの受信箱は『Proposition 22』を支持するメールでいっぱいになった」と当時の状況を描写している

Uberの勝利

結果として、同社は勝利をおさめた。2020年11月に行われたカリフォルニア州住民投票で、「Proposition 22」は賛成多数で可決。2021年1月には、カリフォルニア州の配車サービスのドライバー団体と、サービス従業員国際連合(SEIU)が「Proposition 22」をカリフォルニア州の州憲法に違反するとして提訴するも、2021年2月には棄却された。マサチューセッツ州においても、Proposition 22と同様の法案「HD2582」が存在しており、ドライバーたちによる抗議活動が展開されている

ただし、2021年1月にバイデン政権がスタートしたことで、少し風向きが変わる兆しもある。バイデン政権は、ギグワーカーの労働組合結成を後押しする形で待遇の改善につなげる方針を取っており、2021年3月には団結権や団体交渉権を保護する法案が下院を通過。また政権交代の直前の2021年1月、ギグワーカーを独立した請負業者とみなすことを容易にする規則が決定されていたが、2021年5月にバイデン政権はこれを撤回した

「従業員」で決着した英仏、続くアジア・ヨーロッパ各国

バイデン政権下での風向きの変化もあり、依然として激しい争議が繰り広げられているアメリカに対して、イギリスとフランスではドライバーを従業員とみなす形でほぼ決着がついている。

イギリス

イギリスは約5年かけて、ドライバー側の申し立てが着実に認められていった。2016年、Uberのドライバーのジェームズ・ファーラー氏とヤシーン・アスラム氏が雇用審判所へ提訴。疾病手当や不当解雇からの保護を受けられるように法を強化することで、ギグワーカーを守ることを求めた

一審では2人に有利な内容の判決が下され、Uber Technologies社は裁定への異議申し立てを複数回行ったが、どの裁判所も雇用審判所の一審判決を支持。2021年2月には、最高裁が「Uberのドライバーは個人事業主ではなく従業員として分類されるべき」と判決を下した

2021年3月には同社も、英国内で同社のライドシェアサービスを担う約7万人のドライバーを、イギリスの雇用法に基づく労働者として扱うと発表。ドライバーにイギリスで「国民生活賃金」と呼ばれる最低賃金を保障し、収入に基づいた休暇手当を2週間ごとに支払うほか、一定の条件を満たす運転手については年金制度に自動的に加入させることになった。ただし、労働者の区分は英国の雇用法に固有のもので、雇用主の指示に従って働く従業員とは異なり、税務上は自営業者として扱われ、その代わりに好きな時間に自由に働く柔軟性を維持することができるという

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✍🏻 著者
寄稿者
フリーランスの編集者・ライター。ビジネス・テクノロジーや人文・社会科学領域を中心に活動。PLANETS『遅いインターネット』にて企画・編集・運営、「横断者たち」連載中。『WIRED.jp』『CULTIBASE』『designing』などでも企画・執筆・編集。Twitter:https://twitter.com/masakik512
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