夫婦別姓をめぐる歴史と論点(1)明治初期における夫婦別姓の採用

公開日 2021/01/26 18:56,

更新日 2021/01/27 19:01

無料記事 / 社会

2020年12月15日、選択的夫婦別姓制度の導入をめぐる議論が大きく後退する旨が報じられた

政府が策定する第5次男女共同参画基本計画の最終案から、「選択的夫婦別姓(氏)」の文言が削除されるなど、言及がトーンダウンする見通しとなったためだ。朝日新聞の報道によると、自民党内の保守系議員の反発が根強かったという。

選択的夫婦別姓導入の議論は、2020年9月の菅義偉首相の就任後から活発化した。菅首相はかつて選択的夫婦別姓を推進する立場で議員活動をしており、国会でその点を指摘された際にも、「政治家として申し上げてきたことには責任がある」と発言するなど、議論に前向きな姿勢を見せてきた。

伝統的な家族観を重視する立場を堅持していた安倍晋三前首相は、選択的夫婦別姓の導入にも慎重な立場で、7年8ヶ月の長期政権下で具体的な議論は進まなかった。そのため、自民党内でも保守層の反対が強かったが、近ごろは推進派が勢いを増しつつあった。2020年10月に早稲田大学と市民団体が合同でおこなった調査でも、全国で7割以上が選択的夫婦別姓について「賛成」と回答するなど、世論の後押しもあり、選択的夫婦別姓の導入への機運が急速に熱を帯びてきていた。

しかし、今回の会合では反対派が大きく巻き返した形だ。最終案の了承後、慎重派の高市早苗議員は、基本計画について「5年間内閣を拘束するもの」だと指摘。「最高裁で違憲判決が出たら、これは有無を言わさず内閣も変えないといけない」としながらも、議論の長期化を示唆した。菅首相も、11日のインターネット動画中継サイトの番組で「なかなか難しい。党内で大激論のため、まず国民の様々な意見に耳を傾けながら対応する」と語るなどトーンダウンしている。

紛糾した議論が続く選択的夫婦別姓制度だが、そもそも日本において、夫婦別姓にまつわる議論はどのような経緯をたどってきたのだろうか?

夫婦別姓制度をめぐる歴史

日本における夫婦の姓にまつわる制度の成り立ちを見るにあたって、戸籍制度は切っても切り離せない。

保守派議員が「加えさせた」第5次男女共同参画基本計画案の改定案の記述中にも、「戸籍制度と一体となった夫婦同氏制度の歴史を踏まえ」という文言がある。これは明治以降の近代戸籍制度が、夫婦同姓の原則を持つ現行法にも影響を与えていることを示している。

しかし歴史を踏まえるのであれば、日本は慣習的に夫婦別姓であった期間のほうが長い。夫婦同姓が制度化された時期は1898年(明治31年)であり、近代以降の話だ。そして、夫婦同姓の制度化は、当時の政府が目指す身分登録システムに基づいておこなわれた経緯がある。

そのシステムとはどのようなもので、当時の明治政府はどのような意図でその実現を目指したのだろうか?

この問いに答えるため、まずは姓と戸籍にまつわる歴史、なかでも「明治民法」が制定される過程で生まれた夫婦間の姓の扱いに関する議論を概観していく。

1875年:戸籍制度の確立と苗字の強制

そもそも姓を全国民が名乗るようになったのは、1875年(明治8年)以降のことだ。

江戸時代には、武士や庄屋・名主など、特別な地位にある人物に特権として苗字(当時は「氏」や「姓」ではなく「苗字」という表現を使用していた)を名乗ることが認められ、庶民は苗字の公称を禁止されていた。

しかし明治政府は1875年、

  1. 苗字を必ず名乗ること
  2. 苗字がない場合には新たに設けること

を指示する布告を出し、全国民に苗字を強制するようになった。

苗字強制のねらい

苗字の強制に先立って、明治政府は1872年より戸籍法を施行し、日本初となる全国民を対象とした戸籍制度を用意していた。これは、施行年の干支から壬申戸籍(じんしんこせき)と呼ばれる。

その背景にあるのは、明治政府による国民統治の意図である。古くは律令の時代から庚午年籍(こうごねんじゃく)などがあったように、戸籍制度は為政者による支配の手段として用いられ、壬申戸籍も国民の現況を把握することで統治の安定化を目的としていた。

当時の明治政府は、欧米列強に肩を並べる近代国家の建設を目標としていた。そのために富国強兵に努め、維新の三大改革として、教育制度では学制、兵制では徴兵令、税制では地租改正を進めていた。これらの改革実現に向けて、明治政府は国民の名前や住所、年齢、家族構成、職業、資産などを把握する必要があった。

そして、こうしたデータにもとづき国民を統一的に管理するため、同じ戸=家に所属するものには同じ姓を名乗らせる(同戸同姓の原則)ことが求められたのである。

1876年:夫婦別姓の採用

ただし、同戸同姓の原則を基本としながらも、夫婦の姓については別姓が指示された。これは1876年(明治9年)の太政官指令によるもので、妻に対して「所生ノ氏」(生家の姓)を用いるべし」と記されている。

ここで夫婦別姓制が指示された理由は、夫婦同姓が日本の慣習”ではないから”だ。太政官が指令するにあたり参考にした法制局議案には、「今急に制度を変えて妻にも夫の姓を名乗らせるようにすると、これまでの慣習と異なり混乱を生じることになるので、生家の姓を称するのがいい」と記載されている。

すなわち法制局は、日本の慣習として妻は生家の姓を名乗ることが一般的だと認識していることが分かる。

現在の選択的夫婦別姓の議論でも、夫婦同姓を擁護する根拠として「伝統」が挙げられることが多い。しかし、明治期よりも以前には「夫婦別姓こそが伝統」と認識されていたのだ。

江戸時代からの慣習

実際、江戸時代は慣習として夫婦別姓が用いられていた。男子の家督跡取を産むという名目の元で、本妻の他に側室を置くことが一般的であった武士社会では、子を産む女性の地位にも区別を設けることが当然で、苗字はその女性の出所・血統を示すために使われていたからだ。このように、女子の氏も父系の氏を受け継ぐという慣習は、平安時代に定着したとされる。

また、武士以外の地位にある庶民が、苗字の公称を許可されて使用したり、苗字を勝手に私称して共同体内での通称として使うこともあった。社会的な活動を認められていない妻にとって、苗字は基本的に無縁のものであったが、名乗る場合は夫婦別姓、または夫との関係から「〇〇女房△△」「〇〇内儀△△」とすることが多かった

では、なぜ伝統的に夫婦別姓が用いられていた日本で、明治期以降に夫婦同姓が制度化されていったのだろうか?

― (2)に続く

この記事は、ライセンスにもとづいた非営利目的のため、あるいは社会的意義・影響力の観点から無料で提供されているコンテンツです。

良質なコンテンツを取材・編集して翻訳を届けるため、コンテンツをサポートをしてくださいませんか? みなさまのメンバーシップは、良質な記事をライセンスして届けるための重要な収益源になります。

メンバーシップについて知る
SNSでおすすめする
著者
早稲田大学政治経済学部卒業後、株式会社マイナースタジオの立ち上げに参画。関心領域は、政治思想や東南アジアの政治経済など。Twitter : @akabaneshuta
最新情報を受け取る

Twitterをフォローして、最新の記事やニュースを受け取ってください。

おすすめの記事

3月3日に知っておきたいニュース

無料記事 / 今日知っておきたいニュース

こんばんは、編集長の石田です。最近、寒暖差が激しいので寒い日は外に出たくないですね...今日は期せずして、ワクチン関連の話題が並びました。「ワクチン確保に成功しつつある英米、遅れが目立ち五輪や経済など···

Tesla超えの成長率、中国のEV市場で躍進するNIO(3)今後の行く末

有料記事 / ビジネス・経済

- (2)より続く納車台数を順調に伸ばしているNIOだが、未だ黒字化は達成できていない。また、先行するTesla社に追いつくことができるのか、大きく膨らんでいる投資家の期待に応えるだけの成長を見せるこ···

JTは、なぜ本社機能をスイスに移転?衰退する国内とスイスの立ち位置

有料記事 / 社会

2020年2月9日、日本たばこ産業株式会社(以下、JT)は日本市場を含むタバコ事業の本社機能を、スイスのジュネーブにある子会社 JTインターナショナル(以下、JTI)に一本化することを発表した。発表に···

上級国民とはなにか?格差社会の広がりとその風刺(3)

無料記事 / 社会

- (2)より続くこうした格差社会の問題は日本に限ったことではない。海外でもさまざまな格差が広がっており、各国の状況を反映した「上級国民」「一般国民」あるいは「下級国民」のような言葉が生まれ、広く使わ···

韓国、衝撃の「n番部屋」事件とは

無料記事 / 社会

今月17日、韓国で衝撃を呼んでいる「n番の部屋」事件の首謀者として1人の男性が逮捕された。すでに筆者は、本事件について下記YouTube動画を公開しているが、動画では扱えなかった事件の全貌について、現···

日本学術会議の任命拒否問題とは何であり、何が問題なのか?

無料記事 / 政治・国際関係

今月1日、日本学術会議(学術会議)の新会員について、同会議が推薦した会員候補のうち6名を菅義偉首相が任命しなかったことが、しんぶん赤旗によって報じられた。これに対して、野党から批判が集まった他、Twi···

K-POPの光と闇。世界的な成功の裏に、活動休止や極端な選択が相次ぐ理由

有料記事 / 社会問題・人権・環境

韓国の大手芸能事務所JYPエンターテインメントの女性グループNiziU(ニジュー)のミイヒが、体調不良のため休養することが発表された。同事務所のグループTWICEの日本人メンバーであるミナも、2019···

なぜ日本は核兵器禁止条約に参加しないのか?

有料記事 / 政治・国際関係

8月9日は、6日の広島市につづく長崎市への原爆投下の日である。毎年この時期になると話題になるのが、日本の核兵器に関する立場だ。6日に広島市で開かれた平和記念式典であいさつした安部首相は、「唯一の戦争被···

フェミニズムとは何か?:なぜ女性の権利ばかりが主張されるのか

無料記事 / 社会問題・人権・環境

わたしたちは、フェミニズムの時代に生きている。フェミニズムを時代性やブームのように捉えることに異論はあるかもしれないが、#MeTooムーブメントや韓国の書籍『82年生まれ、キム・ジヨン』のベストセラー···