the March for life(Maria Oswalt, Unsplash) , Illustration by The HEADLINE

なぜ全米で、中絶が争点となっているのか?テキサス州法が施行

公開日 2021年09月07日 19:28,

更新日 2023年09月20日 12:33,

有料記事 / アメリカ(北米) / 社会問題・人権

今月1日、米・最高裁はテキサス州で施行された大半の人工妊娠中絶(以下、中絶)を禁止する州法について、差し止めない決定をおこなった。これによって同州では妊娠6週目以降の中絶が禁じられ、中絶を提供・支援した人に損害賠償を請求する民事訴訟が可能となる。

一方、バイデン大統領は「憲法上の権利に対する前例のない攻撃」と非難するなど、同法をめぐって激しい議論がわき起こっている。1973年、最高裁によってロー対ウェイド判例が示されて以降、中絶の権利は全米レベルで認められてきたが、近年になりその流れは再び押し戻されている。

一体なぜ米国で、中絶の権利が認められなくなっているのだろうか?

テキサス州で起こったこと

今回のテキサス州法は、妊娠6週目以降の中絶を禁じるもので「ハートビート(心臓音)法」(*1)とも呼ばれる。一般的に、妊娠24-28週目を過ぎると中絶は認められないが、中絶反対派はこれを6週目まで引き下げようと考えている。

一方、妊娠6週目以前に妊娠に気付くケースは多くないため、実質的には大半の中絶が禁じられることとなる。また母体に危険が及ぶ以外は、レイプや近親相姦の結果による妊娠であっても、中絶は認められない。テキサス州でおこなわれる中絶の85%は妊娠6週目以降だと言われるが、実際に同州法が施行された先週時点で、中絶を求める州内の70%のケースが拒否された報じられている。

後述するが、ハートビート法や中絶に関連する州法は米国において長い間争点となっているが、今回のテキサス州法は大きな特徴があり、その点が特に注目されている。

(*1)反対派は、心拍の聞こえる胎児の生命を守る必要性を訴えて「ハートビート」という名称を好んで使うが、実際には妊娠6週間の時点での胚には発達した心臓がないため、医学的には不正確な用語と指摘される。

中絶の提供者らに100万ドルの損害賠償

それは本州法によって訴えられる対象が、中絶を提供した医療関係者や中絶を支援した人であり、中絶を求める患者ではない点だ。たとえば病院を紹介した人やサポートした家族、関係者などが訴訟される可能性がある。

加えて、米国に居住していれば中絶を受ける女性と無関係であっても、誰でも民事訴訟を起こすことが出来る。言い換えれば、中絶を望む人を密告して報償金を稼ぐことが可能となっており、実際に州内最大の中絶反対団体 Texas Right to Lifeは「whistleblowing(内部告発者)」と呼ばれるWebサイトを開設(*2)している。密告者は、中絶の提供や支援などによって訴訟を受けた人が、最低1万ドル(110万円)もの法定損害賠償の支払いを命じられた場合、その費用を受け取ることができる。

加えて、民事訴訟の対象となる医療関係者らは、この法律の合憲性を主張するために民事訴訟の被告になる必要がある。つまり、実際に妊娠6週目以降の中絶をおこなった医療関係者らが、テキサス州裁判所で損害賠償を求めて訴訟され、そこで被告有利の判決が下されると共に同州法が無効にされたことではじめて、最高裁で争われる手続きとなる。

すなわち、同州法への異議申し立てには多くのコストが必要となり、誰かが訴訟を起こすまでは同法の是非は問われない状態なのだ。これまで施行されてきた米国の中絶に関する州法と異なり、刑罰や何らかの規制に依存していないことで、テキサス州法は中絶の権利を禁じる憲法の「抜け穴」のようになっているのだ。

女性のリプロダクティブ・ヘルス・ライツへの脅威

この州法によって、テキサス州に住む女性のリプロダクティブ・ヘルス・ライツ(性と生殖に関する諸権利)は脅かされている。

近隣州であれば中絶をおこなうことが出来るものの、その場合は中絶をサポートした人が訴訟されるリスクを負う。例えば、患者を運んだ配車サービスのドライバーが訴訟対象になる可能性すらあり、これを受けてLyftUberはドライバー支援を表明している。

また人種的・経済的に苦しい立場にある患者にとっては、特に医療へのアクセスが困難になる。2014年における全米の中絶患者のうち、4分の3が低所得で、49%が貧困レベル未満にあることが分かっているが、経済的に困難な立場にある患者にとって、近隣州に移動する時間的・経済的コストは非常に高い。具体的には、黒人やラテン系など有色人種の女性にとって、不均衡なコストを生み出すことも指摘されている。

特に、本土48州の中で最も広いテキサス州において、近隣州へと移動することは容易ではない。同州内の合法的な中絶クリニックの大半あるいは全てが停止された場合、クリニックまでの平均片道運転距離は12マイル(約19km)から248マイル(399km)に増加するといわれる

こうした状況からテキサス州の女性にとって、健康で安全に生殖に関する権利へのアクセスは非常に困難となっているのだ。

(*2)ただし5日現在、同サイトはホスティングプロバイダーによって停止が予告されており、同団体は対応を迫られている。

全米の中絶禁止法

また今回の州法は、全米レベルで大きな影響を与える可能性が指摘されている。その理由を見ていくため、全米の中絶禁止法について概観した後、なぜ中絶の権利が脅かされているかを見ていこう。

そもそも今回のように中絶禁止法が議論されているのは、テキサス州に限らない。

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✍🏻 著者
編集長 / 早稲田大学招聘講師
1989年東京都生まれ。2015年、起業した会社を東証一部上場企業に売却後、2020年に本誌立ち上げ。早稲田大学政治学研究科 修士課程修了(政治学)。日テレ系『DayDay.』火曜日コメンテーターの他、『スッキリ』(月曜日)、Abema TV『ABEMAヒルズ』、現代ビジネス、TBS系『サンデー・ジャポン』などでもニュース解説。関心領域は、メディアや政治思想、近代東アジアなど。
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