現代の "子豚売り" 事件に、アジアが震撼。台湾・香港の1,000人以上、カンボジアで人身売買

公開日 2022年08月26日 05:45,

更新日 2022年09月15日 11:13,

有料記事 / アジア / 人権

アジア各国の英語メディアなどで、台湾・香港とカンボジアなどをめぐる人身売買事件が連日話題となっている。

これは数千人もの台湾市民が「高給な仕事」に騙されてカンボジアに渡航し、監禁・暴行を受けて、中国系犯罪組織による違法・犯罪行為を強制的に手伝わされている事件だ。借金による拘束や拷問、性的・身体的虐待、売春の強要、臓器売買など凄惨な状況が広がっており、複数の死者も出ているという。

今年1月以降、台湾からカンボジアに渡る人は計6,400人を超えており、月1,000人が渡航する異常事態が続いてきた。台湾当局なども事態の全容把握に至っていないものの、このうち少なくない数が人身売買に巻き込まれた可能性が高い。

"子豚売り" 事件

この事件は、台湾メディアなどで「賣豬仔」(子豚売り)事件とも報じられている。「賣豬仔」とは、19世紀後半に人身売買の対象となった中国労働者である苦力(クーリー)の売買・流通を指す用語だ。苦力は、マカオや香港などからアジア、北南米、オーストラリアなど世界各地に向けて、劣悪な環境のなかで輸送された。


19世紀に撮影された苦力(Through China with a camera

彼らは、西洋諸国によるアジア各国の植民地化を背景として、時には10年にわたる奴隷契約にもとづいて、過酷な労働条件と低賃金、長時間労働、虐待などに晒された。中国人への侮蔑語や、まるで売買される豚のように扱われる様子から、自嘲的に「賣豬仔」という言葉が生まれたとされる。

こうした「賣豬仔」の歴史を思い起こさせる凄惨な事件は、台湾や香港をはじめ、アジア各国を震撼させている。どのような背景から、何が起こっているのだろうか?

事件の概要

冒頭で述べたように、これは台湾や香港らの市民がカンボジアに渡航し(*1)、オンライン詐欺など犯罪への加担を強制され、拷問や虐待などを受けている問題だ。カンボジアで人身売買が横行していること自体は以前から知られていたが、8月に入ってから大規模な被害実態が報じられ、国際的な問題となっている。

下記地図からも分かるように、香港・台湾ともにカンボジアとはそれほど離れておらず、2.5-3.5時間程度のフライトで到着できる。被害者たちは直接、プノンペン国際空港に到着することもあれば、第三国を経由して入国するケースもある。

(*1)人身売買の被害者は、ミャンマーやタイに送られることもある。

仕組みは?

この事件は、大枠としては以下のような構造となっている。

まず香港や台湾、マカオ、そして中国本土の市民らが、ネット広告や求人サイトなどで「高い報酬」の仕事を見つけて、応募する。英語力や特別な経験・能力などは必要なく、ビザ申請や滞在場所の確保、飛行機代の肩代わりもおこなってくれる好条件であることから、多少の疑念・不安を持っていても、参加してしまうという。

しかし現地につくと、被害者のビザは即時取り上げられ、逃げることが難しい2階以上の部屋やフェンスに囲われた「詐欺キャンプ」に拘束され、自由を奪われる。自身が詐欺に巻き込まれたと気付いた時には遅く、犯罪組織による違法・犯罪行為などに強制的に関与させられる状況だ。

犯行は主に南部・シアヌークビルでおこなわれているが、首都・プノンペンや西部・ポーサット州、南西部・ココンなどでも被害報告がある。

被害者および数は?

ここ1ヶ月、主に報道されている被害者は香港や台湾市民だが、実は中国本土の市民が被害者となっているケースが多いと見られる。

むしろ被害者の大半が中国本土出身で、台湾市民は全体の約5%に過ぎないという指摘もある。実際、在カンボジア中国大使館が人身売買に関する注意喚起をおこなったのは今年7月で、他地域に先んじて被害を把握していたようだ。他にもタイやインドネシアなど、少なくともアジアの5カ国の大使館が被害を確認している。

被害者の規模について、現時点で正確には判明していない。台湾市民の被害者は、2,000人から5,000人という報道があるものの、カンボジア当局や台湾警察は、この数を否定している。しかし、200人以上のインドネシア人被害者が送還されたことや、すでに3,000人ものタイ人が救出されたにもかかわらず、その後も1,500人もの被害者がいると見積もられたことなどから、全体的な被害者としては、1万人規模にのぼる可能性もある。

この点については後述するが、事件の被害者は「貧しく、家族ともに借金を背負った、貧困層の男女が、経済的困窮から人身売買の犠牲になる」という一般的なイメージとは異なる。カンボジアに渡航しているのは、教育を受けて、テクノロジーに精通した、野心的な中流階級の出身者(*2)であり、中には空港で当局から渡航を思い留まるように説得されても、強行する者もいる。

(*2)ただしこれは台湾のケースであり、タイやインドネシアなどでは依然として貧困層が人身売買の対象となっているケースが多いとされる。

違法・犯罪行為の内容

被害者が強制される犯罪行為は、様々だ。古典的な投資詐欺はもちろん、最近になり活発となった仮想通貨関連の詐欺やオンライン・ロマンス詐欺、特殊詐欺、マネーロンダリングなど、幅広い業務に割り振られ、仕事の"成果"をあげるよう求められる。

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著者
編集長
1989年東京都生まれ。2015年、起業した会社を東証一部上場企業に売却後、2020年に本誌立ち上げ。早稲田大学政治学研究科 修士課程修了(政治学)。日テレ系『スッキリ』月曜日コメンテーターの他、Abema TV『ABEMAヒルズ』、現代ビジネス、TBS系『サンデー・ジャポン』などでもニュース解説をおこなう。関心領域は、メディアや政治思想、近代東アジア、テクノロジー時代の倫理と政治など。わかりやすいニュース解説者として好評。
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