Astronaut in space(NASA, Unsplash) , Illustration by The HEADLINE

月面着陸で注目、アルテミス計画とは何か?= 米中対立と火星移住、ispace の月面着陸も

公開日 2023年04月27日 18:42,

更新日 2023年09月12日 15:34,

有料記事 / 外交・安保 / テクノロジー / 科学

この記事のまとめ
💡月面着陸挑戦で話題、アルテミス計画とは?

⏩ 2025年に月面着陸、30年代には火星も視野に
⏩ トランプ政権で決まった計画、バイデン政権も踏襲
⏩ 科学の進歩と安全保障、ジェンダーからも注目
⏩ 火星への移住も焦点のひとつ

今月26日未明、日本のベンチャー企業 ispace が世界初の民間による月面着陸に挑んだ。着陸予定時刻後に通信が途絶え、達成とはならなかったものの、その挑戦は大きな注目を集めた

現在、月への注目は世界で高まっている。アメリカ航空宇宙局(NASA)は今月3日(現地時間)、月への有人飛行計画に参加する4人の宇宙飛行士を発表した。4人は来年11月、およそ10日間かけて宇宙船で月を周回して地球に戻る予定だ。

今回選ばれたメンバーには、女性や黒人の宇宙飛行士も含まれていることから、これまで白人男性が占めていた宇宙探査事業に変化のきざしが現れ始めている。

この4人が従事するミッションは、国際的な月面探査計画である「アルテミス計画」の一環であり、そこには ispace も参加している。1969年に人類初の月面着陸がなされた後、1972年を最後に月に降り立った人物はいない。

アルテミス計画とは何で、なぜ注目を浴びているのだろうか?

アルテミス計画とは何か?

アルテミス計画(Artemis Program)は、NASA が2019年に発表した新たな月面探査プロジェクトを指す。これには、史上初めて女性と非白人の宇宙飛行士を月へ送る計画が含まれている。そして、新たな技術を用いた月での調査を通じて、人類が火星へと向かうミッションの準備をすることも主要な目的の1つだ。

計画の概要

アルテミス計画は、直近数年間で言えば月への有人飛行をめざしている。その先に見据えるのが月での長期滞在、そして火星の有人探査だ。NASA の前長官ジム・ブライデンスタイン氏は以前、次のように話して、月面での長期滞在を示唆していた

私たちは旗と足跡を残すために月へ戻るのではありませんし、むこう 50 年間(地球に)戻ってくるつもりもありません。私たちは着陸船、ロボット、ローバー、人類とともに持続的にそこへ行き、そして留まるつもりです(*1)

この野心的な計画には、官民から参加者が集まっている。主要メンバーは、NASA を中心にカナダ宇宙庁(CSA)、欧州宇宙機関(ESA)、日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)だ。民間からは、ロッキード・マーティン(Lockheed Martin)や、イーロン・マスク氏が CEO を務める Space X のほか、冒頭で触れた ispace や、トヨタなども参加している。

NASA の推計によると、予算は2012年(*2)から2025年までで総額930億ドル(約12兆4,800億円)とされ、すでに大規模な費用が見込まれている。2030年代まで見据えると、さらに費用はかさむことになるため、批判も噴出している状況だ(後述)。

(*1)カッコ内は引用者による。以下同じ。
(*2)2012年からになっている理由は、その年にアルテミス計画の中核を担う大型ロケット「スペース・ローンチ・システム」(Space Launch System)と宇宙船「オリオン」(Orion)の開発が本格的に始まったためだ。

計画のフェーズ

具体的に月への有人探査は、いつ頃を予定しているのだろうか。アルテミス計画について、現在詳細が明らかになっている第3段階までの概要を見ておこう。

第1段階(Artemis I)は、宇宙船「オリオン」の無人での試験飛行だ。これは2022年11月に打ち上げられ、月を周回する25日の行程を終えたのち太平洋上に落下、成功を収めた。宇宙船が地球に帰還する際の高温に耐えられるかどうかや、内部に載せた3体のマネキンを使って衝撃や放射線の影響を調べるのが主な目的とされていた。

第2段階(Artemis II)は、2024年11月に有人で月を周回する試験飛行を予定している。本記事冒頭で触れた宇宙飛行士4名は、この任務にあたる。第3段階で目指す、月面着陸に向けた着陸候補地の調査を行うことになっている。

第3段階(Artemis III)は、2025年末に、アポロ計画以来となる宇宙飛行士による月面着陸を予定している。乗組員は未定だ。

さらに NASA の予算文書によると、2028年に第4段階(Artemis IV)が予定され、その後も2031年の第7段階(Artemis VII)まで毎年打ち上げが続くとされている

アルテミス計画はどのように生まれたのか?

新たな月面探査から火星到達まで見据えるアルテミス計画だが、紆余曲折を経てきたことはあまり知られていない。

同計画の発端は、2000年代前半のブッシュ政権にまでさかのぼる。その後オバマ政権を経て、2019年にトランプ政権下で正式な発表にこぎつけたのだ。

ブッシュ政権

計画のルーツは、共和党のジョージ・W・ブッシュ大統領(任期:2001-2009)が2004年にアイデアを発表し、2005年に正式表明したコンステレーション計画にある。この計画は、廃止される有人宇宙船のスペースシャトルに代わる NASA の有人宇宙飛行計画という位置付けだった。アルテミス計画で使用される宇宙船オリオンは、このとき登場したものだ。

コンステレーション計画の背後には、政治的思惑があったと指摘されている。ブッシュ政権は当時、2003年に開始したイラク戦争に加え、減税や環境問題をめぐって国内の分裂に直面していた。ブッシュ氏の政治顧問は、「統一感と高揚感のある選挙の年」にする方法として、この計画を支持した

オバマ政権

民主党のバラク・オバマ大統領(任期:2009-2016)は2010年、計画の遅延とコスト超過の懸念からブッシュ氏によるコンステレーション計画を中止した

ただオバマ氏は同時に、宇宙探査を停止させるわけではないとも語り、新たな目標を示した。2010年4月、ケネディ宇宙センターにおける演説で同氏は、「私たちは以前、そこ(月)に行ったことがある」として、NASA は火星など別の場所を目指すべきだと述べた。

ブッシュ氏による計画を停止したあとで、2025年以降に小惑星を訪問し、2030年代半ばに火星へ到達する目標を掲げたのだ。

オバマ氏の行動には、関連する3つの政治的ねらいがあったと見られている

1つ目のねらいは、ケネディ大統領(任期:1961-1963)が1961年に示し、後にアポロ計画として大成したビジョンとは異なるものを示すことだ。米国の優位性を示すための国家プロジェクトではなく、民間企業に宇宙探査への道を開くことを求め、商業宇宙産業の発展を促進するねらいがあった。

2つ目のねらいは、宇宙政策に関するリーダーシップを欠いていたとして、前任者のブッシュ氏を非難することだ。コンステレーション計画という宇宙政策を掲げたものの、その後目立った動きを見せなかったブッシュ氏との違いをアピールするねらいがあったと推察される。

そして3つ目に、選挙戦を見据えた対策という目的があった。ケネディ宇宙センターのあるフロリダ州は、選挙において主要な戦場となる。NASA は伝統的に民主・共和両党から支持を得ており、そこを敵に回すことは得策ではなかったと推察される。また、コンステレーション計画の中止によって職を失うおそれのある人々に対して、新たな施策を「公共事業」としてアピールするものだったとする指摘もある。

2010年、米国議会は、スペースシャトルとコンステレーション計画の既存の契約を利用した、新しいロケットの開発を求める法案を可決した。この新しいロケットというのが、アルテミス計画でも使われる「スペース・ローンチ・システム」(SLS)と呼ばれるものだ。

オバマ氏は2016年、「火星へ向けて大きく飛躍しよう」と題する文章を CNN寄稿し(日本語版もある)火星へ向かう野心を示した。ただ、NASA のミッションが計画性を欠いていることや予算の問題から、度々批判にさらされ続けた。

トランプ政権

宇宙船オリオンと、 SLS の開発は年々進化していったが、現在のアルテミス計画は共和党のトランプ政権下で決定され、火星有人探査への足がかりとして月に改めて焦点が当てられることになった

2017年10月、マイク・ペンス副大統領(任期:2017-2021)が第一回国家宇宙会議において、火星や火星以遠の足掛かりとして、月への有人探査を行うことを表明した。そして同年12月、ドナルド・トランプ大統領(任期:2017-2021)が 「宇宙政策指令第1号」(Space Policy Directive-1)に署名し、「アメリカ合衆国が人類の月への帰還を主導する」ことを宣言した。

この政策指令は、NASA に対して、民間企業等と協力して有人月探査を実施するよう指示するものであり、指示を受けた NASA は2019年5月、アルテミス計画を発表するに至った。トランプ氏はその後、オバマ氏が台無しにした宇宙政策を自分が救ったと主張し、前政権に対する批判を展開している。

以上見てきたように、オバマ、トランプ両政権はどちらも、前政権の宇宙政策を非難したうえで、自らの指針を示してきた。現在のバイデン大統領も、自身が副大統領を務めたオバマ政権のように、前の政権を非難して方針転換を図ることが自然な流れに思える。トランプ氏が共和党だったことを考えれば、なおさらだ。

にもかかわらず、バイデン政権はトランプ政権で決定されたアルテミス計画を、名前も変えずに引き継いでいる。ここには一体、どのような理由があるのだろうか。

なぜ注目されるのか?

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✍🏻 著者
シニアリサーチャー
早稲田大学政治学研究科修士課程修了。関心領域は、政治哲学・西洋政治思想史・倫理学など。
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