コロナによるニューノーマル、その批判と新しい「大きな政府」

政治・国際関係

公開日 2020/05/06 18:55,

更新日 2020/05/06 21:22

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ニューノーマルという単語が注目を集めている。「新たな常態」を意味するこの言葉は、アフター・コロナとともに、新型コロナウイルスが終息した後の世界が全く新しい常態に生まれ変わるのではないか?という、ある種の期待と不安を織り交ぜてメディアなどで急速に取り上げられている。

しかし本論では、急速に新たな価値観・常態が広まるという見方に懐疑的な立場を取る。その上で、ニューノーマルの水面下で「取り残される人々」の存在、そして新しい「大きな政府」について考えていく。

ニューノーマルについて

そもそもニューノーマルという単語は、今回のコロナ禍によって生まれたものではない。2000年頃から用いられており、人口に膾炙したのはリーマンショックに端を発する2008年の金融危機である。

McKinseyによれば、ニューノーマルは「現在の不況が、ここ数十年間の不況とは根本的に異なるもの」だとする思考であり、「経済秩序の再構築」が生まれる見方を指している。当時予測されていたのは、極端にレバレッジを効かせた金融システムの終焉と、政府の役割の拡大だった。

10年が経った現在、これらが新たな常態になったとは到底思えず、こうした事例からもニューノーマルと呼ばれる未来予測がいかに根拠薄弱であるかが分かる。

また2011年のNew York Times紙は、人々が「システムに対する突然のショックについて、永久的なものと仮定する傾向にある」として、ニューノーマルに懐疑的な立場も紹介した上で、その単語が曖昧な定義で使用されていることを示唆している。

新たな常態といっても、短期的に起こる急激な規範の変化を指すのか、徐々に浸透していく新たな価値観を指すのかによっても、その意味合いは変わってくるだろう。期待先行の横文字そのものには意味がなく、具体的な変化が、どのくらいの速度・規模によってもたらされ、どんな効果を生み出すかが論点である。

世界2.0

では、コロナ禍によってどのような変化が予測されているのだろうか。疫学者に喧嘩を売ることで有名なブロガーで、経済学者でもあるタイラー・コーエンの雑多な整理が参考になる。

ワールド1.0 ワールド2.0
110ヶ月連続の雇用増 2週間で1,000万件の失業申し立て
セクターを問わない10年にわたる強気相場 極端な結果の不平等による勝者と敗者
完全雇用 30%の失業
ベースレート思考 第一原理思考
物理的 デジタル
オフィスが基本 リモートが基本
仕事のためのオフィス 繋がり、コミュニティ、エコシステム、取引所としてのオフィス
スーツ、ネクタイ、腕時計、名刺 照明、マイク、ウェブカメラ、ホームオフィスの背景
通勤+渋滞 自宅 + 家族
通勤距離 近所の快適さ
レストラン 食料品 + 配達
$4のトースト 自家製のパン
Walkscore(駅からの距離) 自宅のネットスピード
都市 インターネット
10万ドルの授業料 ウェビナーには10万ドルを支払わない
都会 田舎
YIMBY(迷惑施設の許容) NIMBY(迷惑施設の拒否)
内部の問題 外生的ショック
数多くの小さな問題 1つの大きな問題
愚かなでたらめ 現実的な問題
テクノロジーの過多 テクノロジーの過小
現状に満足 行動
年単位 日単位
方針 実現
イデオロギー 能力
政府の力を信頼 政府の力はゼロ
制度や機関 それらは幽霊船
WHO WHO?
信頼できる機関 信頼できる人
グローバリゼーション デカップリング
いまを楽しむ 備蓄
想定外のリスクは考えない テールリスクが主流
NATO アジア
最も強い力を持つブーマー(ベビーブーム世代) 最も弱い立場にあるブーマー
生産性と成長の崩壊 経済崩壊
社会福祉の民主党 ベーシック・インカムの共産主義
プロパガンダ プロパガンダ
赤字財政の敵視 MMT
社債 政府債務
テクノロジーへの批判 文明とライフラインを守るテクノロジー
アマゾンを解体せよ アマゾンを守ろう
社会問題の回避 レイオフの回避
スポーツ スポーツ
スマホは嗜好品 スマホは酸素
資源の枯渇 資源安
停滞 変化
低ボラティリティ 高ボラティリティ
デザイン ロジスティクス
外向的 内向的
オープン クローズド
20世紀 21世紀


すべてに賛同するかは別として、こうした変化は恐らく不可避だろう。(2.0というネーミングは、なんとなくウェブ2.0を連想させて古臭くていただけないが)

短期的な変化への懐疑

しかし、こうした変化が一夜にして起こるかは疑問だ。むしろ、ニューノーマルが過度に期待されすぎているように思える。

もちろん中長期的に見れば、ハンコ文化はなくなるだろうし、テレビ会議やリモートワークも当たり前のものになるだろう。オフィスの概念が変わったり、都市から郊外への移動も生まれるかもしれない。消費的な価値観から、環境や人材を重視した価値観にシフトするかもしれない。

だが、果たしてそれに何年かかるのだろうか?少なくとも5年、妥当に見積もって10年はかかるのではないだろうか?

リモートでの営業はクロージング率が悪いだろうし、結局クライアントのオフィスに出向くのであれば、相変わらず都市部への偏重は続くだろう。環境を重視したライフスタイルが提唱されてから何年が経過しているだろうか?1970年代のヒッピーは、もはや懐古的なカルチャーだ。

同じ品質の授業が受けられたとしても、オンライン・カレッジのCourseraに何百万円も払う人はいないだろうし、多くの企業は大学の修了証を重視する。キャンパスの価値が急速に低減するとも思えず、図書館や実験施設には大規模な建物が欠かせない。

繰り返すが、これは未来が変わらないと言っているのではなく、変化に長い時間が必要だと述べているに過ぎない。すなわち、ニューノーマルやアフター・コロナという単語に浮足立っていれば、さほど変わらない現実に絶望するだろうという話だ。

おそらくガートナーのハイプ・サイクルのように、現実のニューノーマルは流行期の後、幻滅期や回復期を経てから、社会へと定着する。いま、WeWorkを契約する人は少ないだろうが、(WeWorkよりもコスト・コンシャスな)シェアオフィスは増加していくだろうし、駅前に高い賃料を払ってオフィスを設ける企業は相対的に少なくなっていくだろう。ただし、その前にはシェアオフィスへの過度な期待と幻滅というプロセスを経ていくはずだ。

こぼれ落ちる人々

むしろ、こうした分かりやすい変化よりも、水面下で起こる静かな変化に注目すべきだ。それはニューノーマルからこぼれ落ちる人々の存在である。

東浩紀が述べるように、コロナ禍は「オンラインになれる人々」が「オンラインになれない人々」にリスクを押しつけ、自分たちだけ安全圏にひきこもる格差を生み出すリスクを抱えている。

白人よりも黒人の罹患率・致死率が高いという事実や、非正規雇用の新たな形であるギグワーカーと呼ばれる働き手(Uberの配達員など)の社会的立場がますます不安定になっているという懸念、スーパーや医療関係者への「感謝」や「拍手」をいくら繰り返しても、彼らへの経済的な補償はなされず、ただリスクを背負って働かされているという現実は、社会に新たな不安の種を生んでいる。

これは規範的な問題でもあるが、同時に社会的リスクの問題でもある。

歴史上、不平等は戦争や疫病、革命などによって解消されてきた。中世の黒死病などと異なり、現在ではいくらコロナによる死者が増加したとしても、致命的な人口減には至らないだろう。2度の世界大戦を経験したいま、大国にとって戦争のコストは限りなく重くなっている。すなわち戦争や疫病のリスクは非常に減少しており、むしろ注視すべきリスクは格差の増大による社会不安だ。

そして、これらの問題は決してコロナによってはじまったわけではなく、ここ何十年の社会を覆ってきた大きな課題である。ニューノーマルという言葉に批判的にならざるを得ないのは、この言葉がその不都合な真実を覆い隠すリスクがあるからだ。

今生まれている新たな常態は、コロナ禍によって突然生まれたものではなく、これまで蓄積され、放置されてきた問題が表出しているに過ぎない。

不可避な流れ

リモートワークやテクノロジーの活用、正社員からギグワーカー・フリーランスへの移行という潮流は不可逆だ。こうしたトレンドは、人々の働き方を快適にして、よりよい社会を生み出すように見える。しかし同時に、これは経済的合理化の一形態でもある。

賢い企業ほど固定費を下げるためオフィスを解約し、正社員からギグワーカー・フリーランスへの移行を急いで進める。固定費を下げ、景気悪化に際してコストカットをおこなえる体制をつくっておくことは、企業にとっては適切な判断である。

柔軟な働き方や新しい労働の形と言われるものの中には、人々により自由で快適な選択肢を提供するものも少なくないが、実質コストカットとアウトソーシングを言い換えたものに過ぎない事例も多い。

コロナによって雇用が削られ、社会保障が不安定化するならば、ニューノーマルよりも強大なリスクを社会が抱えることになるだろう。

生産性を求められる人々

苦境に陥る可能性があるのは、何もギグワーカーのみに限らない。ローラ・シンセラが述べるように、多くの人はコロナ禍でも「生産性」を求められている。

社会が変化している中で、そこに適応して、十分なパフォーマンスを発揮できない人は、上司から批判されずとも後ろめたさを感じるだろう。

現在の資本主義パラダイムにおいて、私たちの価値は生産性と同義であるという一般的な感覚がある。私たちの生産性が高ければ高いほど、自分自身を肯定的に評価できるが、非生産的な行動によって、恥や未熟さへの恐怖を感じることは容易だ。

テクノロジーを使いこなせない人やリモートワークに順応できない人、オンラインでの顧客獲得が苦手なリテールやレストランは、社会的に淘汰されていく。ビジネスで好んで使われる「生き残る生き物は、最も力の強いものでも、最も頭の良いものでもなく、変化に対応できる生き物だ」という言葉は、生き残っている側からすれば気持ち良いものだが、現実には淘汰されていく人々が存在していることを忘れてはいけない。

こうした危機感を煽りながら、数多くの企業が売り込みを始めるだろう。地震や台風の被害を受けた被災地に保険屋がやってくるように、コロナ禍のあとにはテクノロジー企業が嬉々として新たなツールを売りはじめるかもしれない。ナオミ・クラインがショック・ドクトリン、あるいは惨事便乗型資本主義と呼ぶような動きは、すでにはじまっている

こうした淘汰が、ニューノーマルの言葉によって正当化される時代を許容するわけにはいかない。

新しい「大きな政府」

では、どうしたら良いのだろうか?カナダのNational Post紙でニコラ・ダナイロフが述べるように
「ニューノーマルは政府から与えられるものではない。それは公に議論される必要がある」。

あらゆる場所で監視が強化されて、接触者を追跡するアプリが公共の利益にとって最適となる可能性もある。「しかし、それは最終的に決定すべきは専門家でも政治家でもない、われわれ市民だ」と彼は述べる。「私たちは、問題を掘り下げて議論するべきであり、議論や投票することなくニューノーマルを受け入れるつもりはないと声を上げる必要がある。」

私たちは、あたかも当然のように押し付けられるニューノーマルに懐疑的になり、それが本当に必要な、そして人々を取りこぼさない変化なのかを議論する必要がある。

具体的な方法はなんだろうか? 新しい「大きな政府」だ。

Wall Street journal紙が述べるように、しばらくの間、有権者は強力な中央政府を不可欠だと見なすようになるはずだ。

しかし現在の民主主義は、明らかに大きな政府に対応していない。私たちは、政府がどんな政策にリソースを投じ、その成果はどんな帰結をもたらしたのかを殆ど何も知らない。何の政策にどのくらいの費用が使われているかは不透明であり、政治家の評価は適切に与えられていない。

テクノロジーを持ち込むべきは、感染者のトラッキングではなく政策のトラッキングである。監視を強化すべきは自粛を破った市民ではなく、政治家の公約である。テクノロジーを活用して、大きな政府をデザインし直すプロジェクトこそ、いま求められている。大きな政府が正しく機能してこそ、われわれはニューノーマルに関する冷静な議論や、選挙を通じた意思決定が可能になる。

こうした主張は、絵に描いた餅だという批判があるかもしれない。米国でもオバマ政権下でのオープンガバメント・ムーブメントは、トランプ当選によってあっという間に萎んでいったし、日本は言わずもがなだろう。ガブテック(Govtech)やシビックテックという言葉は存在するものの、具体的なキラーアプリケーションやサービスは出てきてない。

あるいは、10年前に流行った一般意志2.0やデジタル・デモクラシーの焼き直しに見えるかもしれない。思想的なブームも去り、多くの人がバズワードに失望した中、なぜいまさらテクノロジーを活用した政治に希望を持つのかという批判もあるだろう。

しかし、思想が社会実装されるまでには長い時間を有する。また有用な製品が登場するまでにはいくつものトライ・アンド・エラーが必要となることを考えれば、それらを失敗と結論づけることは早計すぎる。単なる情報公開や政策のアセスメントすらも十分におこなえていないにもかかわらず、熟議/討議デモクラシーをテクノロジーによって実現しようという試みは、時期尚早だったと言える。

市民がニューノーマルに飲み込まれず、私たちの手で社会保障や経済を立て直していくためには、議論や選挙が欠かせない。しかし、過去10年に渡り政治がほとんど空洞化した現在だからこそ、テクノロジーを通じたラディカルな「大きな政府」のデザインこそが、ほとんど唯一の希望なのだ。

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著者
The HEADLINE編集長。株式会社マイナースタジオを創業後、2015年に株式会社メンバーズ(東証一部)に企業売却。早稲田大学政治学研究科修士課程修了(政治学)。関心領域は、メディア論や政治思想など。Twitter : @ishiken_bot
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