green bus near building, Red Velvet(Hiu Yan Chelsia Choi, Unsplash) , Illustration by The HEADLINE

K-POPの光と闇。世界的な成功の裏に、活動休止や極端な選択が相次ぐ理由

公開日 2020年10月24日 20:51,

更新日 2023年09月19日 17:55,

有料記事 / 社会問題・人権

韓国の大手芸能事務所JYPエンターテインメントの女性グループNiziU(ニジュー)のミイヒが、体調不良のため休養することが発表された。

同事務所のグループTWICEの日本人メンバーであるミナも、2019年から2020年にかけて健康上の理由から活動休止に至っている他、同グループのジョンヨンも今月18日、健康上の不安から活動を一時中断することを発表している。

日本でも、BTSやTWICE、IZONE、EXOなど数々のK-POPアーティストが人気を集めているが、なぜ彼らの活動休止が相次いでいるのだろうか?K-POPが抱える問題とは何だろうか?

K-POPの光と闇

BTSやBLACK PINKなどの世界的な成功から、その綺羅びやかな部分に注目が集まるK-POPだが、数多くの問題も抱えている。

象徴的なのは、2017年に男性グループSHINeeのジョンヒョン、2019年に女性グループf(x)の元メンバーのソルリ、同年に女性グループKARAの元メンバーのク・ハラが、相次いで極端な選択(自死)をおこなったことだ。K-POPアーティストではないものの、女優のオ・インヘやチョン・ミソンなども同様の選択に至っている。

また、ILUV元メンバーのシン・ミナ、AOAの元メンバーのクォン・ミナ、ANSのヘナ(いずれも女性グループ)も、極端な選択を示唆したことなどで、議論を呼んだ。

他にもメンタルヘルスの問題などで活動を休止したアーティストは、OH MY GIRLのジホ、MONSTA Xのジュホン、SEVENTEENのS.COUPS、宇宙少女のダウォン、カン・ダニエル、Stray Kidsのハンなど、数多く存在しており、彼らが直接SNSで苦痛を訴えるケースも増えてきた。

世界的に、若者のメンタルヘルスの問題が指摘されていることから、これらをK-POPや韓国固有の問題と解釈することはできないが、似たような問題が相次いで表出していることを考えれば、明らかに業界として課題を抱えていることも事実だろう。

K-POP業界が抱える問題は、枚挙にいとまがない。

過酷な労働環境

まず、彼らの過酷な労働環境が挙げられる。単に楽曲の制作や録音だけにとどまらず、撮影や番組の収録、インタビューやイベントの出演、ファンミーティングなど、人気が高まれば高まるほど、スケジュールは過酷なものとなっていく。

なかでも、活動再開を表す「カムバック」が集中する5月と9月、音楽祭などが集中する年末には、殺人的なスケジュールがピークに達すると言われる。

下記の画像は、アーティストの労働時間を表した画像だが、実際にはスケジュールが終わった後に、ダンスの練習をせざるを得ないなど、より過酷な日常を強いられていると言う。


アーティストのスケジュール(Unknown author via the qoo

ただし、こうした問題が十分に議論されているとは言い難い。たとえば、2018年に週の労働時間を52時間に制限する労働基準法改正案が出された際も、アーティストやマネージャーの労働時間を制限することは現実的ではなく、韓国の成長産業を縮小させる懸念があるという声が出たほどだ。

これに対して、そもそも芸能人の労働契約の実態が、労働基準法から外れたものであり、まずはこれを是正するべきだという批判も生まれているが、それほどまでにアーティストの長時間労働は、自明なものとなっている。

彼らは、撮影やイベントのために毎日のようにソウルと釜山を往復するばかりか「K-POPがグローバルな人気を集めたため、ソウルと東京、北京、香港などを1日で往復する予定も多い」ような状況だ

特に最近では、K-POPアーティストが飽和状態であり、トップアーティストであっても常に露出をしていなければ、大衆から忘れられる状況となっている。これにより、事務所はますますイベントや番組への出演を増やす傾向にあり、以前よりも問題は深刻だ。

SNSの監視と「感情労働」

また最近は、「感情労働」がアーティストの負担を増大させているとも指摘される。

「感情労働」とは、従来の肉体労働や頭脳労働とは異なり、自らの感情を押し殺して、礼儀正しく明朗快活にふるまうことが求められる労働を指すが、まさに「アイドル」に求められている姿でもある。

TWICEやNiziUを輩出するJYPエンターテインメントが重視する価値観「真実・誠実・謙虚」は、日本でも話題となった。NiziUのメンバーたちに歌とダンスの実力だけではなく、アイドルとして人柄も大事であると訴えたことで、日本でも賞賛されたが、これは「感情労働」そのものである。

「アイドル」としてのアーティストたちは、「舞台や放送では、若々しくセクシーで、積極的なイメージを求められ、先輩には常に礼儀正しく、良い笑顔と微笑みを忘れないように」教育される。これを10代から練習生として訓練され、20代でデビューした後も、自らの人気・地位を守るために「感情労働」を求められ続ける。そして、特にそのコード(規範)を強要されるのは女性である。

SNSによるメンタルヘルスへの影響は大きく2つある。1つは、絶えず自らの私生活を明らかにして、それに対する誹謗中傷やデマ、根拠のない非難や議論など精神的苦痛を受け続ける点、もう1つはそれに対して反論や怒りを示すことも許されず、「感情労働」に徹し続けることが求められる点である。

彼らは、「労働者であり商品でもあるという二重の位置に置かれるため、『感情労働』という新しい形式の労働を強いられると同時に、「日常は24時間にわたって監視対象となり、感情労働は365日年中無休で行われる」のだ。

「インハウス・システム」と「精算」

身体的な負担や経済的な困窮もまた、アーティストを蝕んでいく問題となっている。

K-POPアーティストの特徴は、その完成されたダンスや歌唱力、語学力など、徹底したトレーニングにあると言われる。彼らは、練習生時代から寄宿舎での共同生活をおこない、私生活を含めて管理を受ける。

この制度は、「インハウス・システム」と呼ばれて、大手事務所のSMエンターテインメントによって導入された。SMエンターテインメントは、所属歌手のヒョン・ジニョンが1993年に覚せい剤使用によって逮捕されたことで大打撃を受け、そのことからアーティストの私生活管理の重要性に気付き、インハウス・システムを導入した。

現在では多くの事務所が、共同生活と厳格なトレーニングを提供している。これは10代の練習生たちにとって強い精神的負担になること以外にも、この「インハウス・システム」の中には、時に整形手術やダイエットも含まれるため、肉体的にも負担を強いられる

また「精算」と呼ばれる制度も、アーティストを苦しめる。「インハウス・システム」によって練習生に投資をする芸能事務所は、彼らがデビューをした後に初めてその費用を回収できる。

そのため、事務所が損益分岐点を迎える前で、アーティストが十分な給与を手にすることは難しいと言われる。税金や事務所の取り分を引いた、アーティストに入ってくる金額を「精算」と呼ぶ。

これは中小事務所であれば非常に悲惨で、デビューをしても十分な人気を獲得できず、最終的にほとんど「精算」を受けられない場合もあるという。

SMエンターテイメント、YGエンターテイメント、JYPエンターテイメントなどの大手事務所以外は、デビューしてから2年以内に精算を受けるのは珍しいケースだとも言われる。

あるアーティストは、「月に1度、精算するシステムだった。デビューして3年が経過して、最初の精算を受けた。その前は収入がまったくなかった」と述べ、デビューから5年が経ち、はじめて精算にこぎつけたアーティストも存在する。

人間関係

過密なスケジュールや共同生活は、人間関係がうまくいかなかった場合、多大なストレスを与える。

前述したAOAの元メンバーのミナは、メンバー(発覚後に脱退)のジミンから受けたいじめを告発したが、こうした人間関係のトラブルは表に出ることは少ないが、繰り返し報道されている。

T-ARAのメンバーであったファヨンは、2012年に他のメンバーからいじめを受けたと主張して話題を呼んだ。その後も、複数のグループでいじめを理由とする脱退騒動などが継続的に生じている。

また、韓国では年下メンバーが「マンネ」と呼ばれるが、年功序列が社会の規範として強いことから、年下メンバーは強いストレスを抱えることが多いとも言われる。

脆弱な思春期と絶望的なキャリア

精神的に脆弱な思春期をすべて練習に捧げることのリスクも指摘されている。

多くのK-POPアーティストは、幼い頃から練習生として活動しており、学業に割く時間がなく、仮にデビューに失敗したとしても他の職業に進む道がほとんど閉ざされている。また、「アイドル」としての寿命が尽きた時に、歌手や俳優としてやっていけるかというプレッシャーもある。

華やかなアーティストだが、「富と名誉の大部分はトップ層に偏って」おり、「チームとしての成功は、メンバー個人の将来の生活を保証するわけではない」。「7年前後の活動期間を経て、それ以降はキャリアを自ら開拓する必要」があるという苦しいキャリアなのだ。

また長い期間の練習生をくぐり抜けてきたアーティストたちは、事実上、思春期の全期間を「アイドルとしてのデビュー」という目標だけにささげており、これはうつ病や極端な選択のリスクを高め、大人よりも脆弱な状況を生み出していると言われる

MBCの番組『PD手帳』によれば、2011年にデビューした40組のK-POPグループのうち、メンバーの変化なしに活動しているのは、わずか5組だけだ。残り35組のうち12組は、デビューアルバムを最後に、活動をおこなっていない。メンバーたちが悲惨なキャリアに晒されていることは、言うまでもない。

練習生期間は、アルバイトをする暇もないので、結果的に短時間で多くのお金を稼ぐことができる性的な仕事やスポンサーから要求に応えるケースも指摘される。

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✍🏻 著者
編集長 / 早稲田大学招聘講師
1989年東京都生まれ。2015年、起業した会社を東証一部上場企業に売却後、2020年に本誌立ち上げ。早稲田大学政治学研究科 修士課程修了(政治学)。日テレ系『DayDay.』火曜日コメンテーターの他、『スッキリ』(月曜日)、Abema TV『ABEMAヒルズ』、現代ビジネス、TBS系『サンデー・ジャポン』などでもニュース解説。関心領域は、メディアや政治思想、近代東アジアなど。
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