トキシック・マスキュリニティ(有害な男性性)とは何か?

公開日 2021/10/06 11:35,

更新日 2021/10/06 17:35

有料記事 / 社会問題・人権・環境

  • 目次
  • トキシック・マスキュリニティの定義
  • トキシック・マスキュリニティとして指摘される問題
  • トキシック・マスキュリニティの歴史 有料
  • トキシック・マスキュリニティを問い直す 有料

近年、ジェンダーにまつわる諸問題への関心が高まっている。

SDGsの達成目標にジェンダー平等の達成が組み込まれ、#MeTooムーブメントフラワーデモなどの運動を通じて、女性の権利をめぐる種々の課題が浮き彫りになる中、より良い社会の実現をめぐってフェミニズムを理解していく必要性も大きくなっている。

ジェンダーの問題は、女性だけの問題ではない。男性もまた当事者であり、仮にマイノリティとして差別を経験せずとも、マジョリティの立場からアライとして連帯することもできる。男性側もジェンダー問題をめぐってあり方が問われるようになりつつあるのだ。

こうした男性のジェンダー問題をめぐる議論が盛んになりつつある中、注目されているキーワードが「トキシック・マスキュリニティ(有害な男性性/男らしさ)」(*1)

近年、男性性や男らしさを問い直す書籍の刊行やテレビ取材が相次いでおり、男性性への過剰な執着がもたらす問題が議論の俎上に上がっている。また、トークイベント「Don’t Be Silent #わきまえない女 たち」を企画した映像プロジェクトChoose Life Projectによる「Don't Be Silent #変わる男 たち」への批判とその応答をめぐる論点の一つとしても、トキシック・マスキュリニティが浮上した。

性差別や性暴力につながりうるとして問題視されるトキシック・マスキュリニティだが、どのような歴史的経緯から生まれた概念であり、どう批判的に向き合っていくことができるのだろうか。

本記事では、男性性をめぐる議論をふまえつつトクシック・マスキュリニティに焦点を当て、その定義と歴史的背景、問題点を概観していく。

(*1)原語のToxicの意味や、自他ともに害を被る点を強調した「有毒な男性性」という訳語も存在するが、本記事では引用部分を除き、カタカナ表記で統一する。

トキシック・マスキュリニティの定義

トキシック・マスキュリニティについて解説するにあたり、まずは前提となる男性性の議論について触れておくこととしたい。

男性性について

男性をめぐるジェンダー問題を考える際、キーワードとなるのが男性性や男らしさといった言葉だ(*2)男性性は、男性や少年に関連する一連の属性、行動、役割などを指す。その基準は文化や歴史によって異なり、社会的な構築や生物学的な影響を受けるとされている。このため、男性性についての議論は「何が男らしいのか?」ではなく、「ある事柄がどのように男らしいとされているのか?」という問われ方が適切とされてきた。

男性性は対になる女性性という概念とともに、男性性か女性性どちらか一方を取り上げるのではなく、両者の関係性を問うことでジェンダー問題を捉えようとしてきた。以下では、男性性概念を通じてどのようにジェンダー問題が論じられてきたか、その中でどのようにトキシック・マスキュリニティが位置づけられているかを見るために、「ヘゲモニックな男性性」概念を取り上げる。

(*2)英語圏では、男性性(Masculinity)と男らしさ(Manliness)は区別されることもあるが、意味内容は概ね同じであるため、本記事では男性性を用いる。また、類似した語にManhoodがあるが、これは男性が社会的に一人の男性として認識されるまでの人生の期間を指しており、身体的・社会文化的な成熟のニュアンスが強い。

ヘゲモニックな男性性

男性性研究の第一人者であるR.W.コンネルは、ヘゲモニックな男性性という概念を用いて、歴史や文化などを通じた、男性性間のヘゲモニー闘争(*3)説明している。ヘゲモニックな男性性とは、男性としての最も名誉あるあり方であり、これをもとに他のすべての男性が自らを位置づけるよう求めるような、特定の規範的な男性性を指している。

ヘゲモニックな男性性に完全に当てはまる男性は実際にはほとんど存在しない(*4)ものの、規範的なモデルとして参照されることで、人々をジェンダー的に社会化し、不平等や差別を温存し、家父長制的社会を存続させる。この家父長制的社会がヘゲモニックな男性性を下支えすることで、こうした不平等や差別を抱えた社会構造を再現し、永続化させていくわけだ。

(*3)ヘゲモニックな男性性のヘゲモニーという概念は、イタリアの思想家アントニオ・グラムシの議論が元となっている。
(*4)俳優やアクションスターが演じた役柄など、実在しない男性像が文化的理想とされるケースも多い。

他の男性性・女性性との関係

他方で、ヘゲモニックな男性性とその他の男性性、女性性との関係は複雑だ。

コンネルが属する西洋社会では、白人で異性愛者の主に中流階級に属する男性に支配的な男性性が見出され、有色人種や同性愛者、労働者階級などの男性たちは、規範的に従属的な存在とみなされる。

だが、こうした男性たちは単に従属的なわけではない。例えば都市部のアフリカ系アメリカ人男性の場合、彼らの黒人としての男性性は、白人男性のヘゲモニックな男性性による、制度的な抑圧や物理的な恐怖に影響されている。ヘゲモニックな男性性に適合し難い中、黒人男性はより暴力的な男性性を提示したり、より生産的な市民として自身のコミュニティに貢献しうる男性性を提起したりと、対抗的ないしオルタナティブとなる男性性を示すのだ。

また女性は規範的に、男性に全面的に従属する存在と想定されてきた。しかし、結婚や父性など、ヘゲモニックな男性性において重要視される利得は女性の協力なしには得られない。また、結婚や家庭を通じて妻や母親といった役割を担うことで、男性のパートナーとしてヘゲモニックな男性性が持つ規範的な利得を部分的に享受できる。つまり、ヘゲモニックな男性性への貢献を通じて、家父長制的社会における彼女たち自身のポジショナリティを優位にできるのだ。この結果、良妻賢母のような女性像がヘゲモニックな男性性と併せて規範的な権力を持つこととなる。ヘゲモニックな男性性とそれを支える女性性とは、単純な支配関係や従属だけではなく、共犯関係のような側面も有している(*5)

このようにさまざまな複雑さを含みつつも、ヘゲモニックな男性性という概念は、社会における支配的な男性の正当化や、そうでない男女や性的マイノリティの従属・疎外をもたらす状況を指摘している。こうした男性性をめぐる議論の中で問題とされているのが、トキシック・マスキュリニティなのだ。

(*5)コンネルは、男性の欲望やニーズを満たすべきとする規範的な女性のあり方を、強調された女性性(emphasized femininity)として概念化した。ヘゲモニックな男性性と強調された女性性、そして他の従属的な男性性との概念間の関係性を通じて、コンネルは不平等なジェンダー関係を捉えようとした

トキシック・マスキュリニティという概念

では、トキシック・マスキュリニティという概念は、具体的にどのようなものとして定義づけられているのだろうか。

男性学者マイケル・フラッドが2018年に発表した「Toxic masculinity: A primer and commentary」では、

トキシック・マスキュリニティとは、男らしさにまつわる規範、期待、慣行のうち、特に有害で不健康なものを指す。

この用語は、問題の対象が有毒な特定の男性性であること、つまり、不健康であったり、抑圧的であったり、危険であったりするような、特定の規範や慣習があることを強調している。男性性の規範や理想は多様であり、それらの規範や理想が実際には健全である文脈や文化もある。

この用語は、男性であることが根本的に間違っていることを意味していない。しかし、男性のあり方のある特定のバージョンには、根本的に間違ったものがある。

と定義づけられている。つまり、男性性が男性にとって何らかの理想像やモデルを示すことそのものではなく、他者や男性自身に不健康や抑圧、危険を招くような規範や慣習を含んだ特定の男性性が、トキシック・マスキュリニティとして批判されているのだ。

では、具体的にどのような規範や慣習が問題視されているのだろうか。2019年のThe NewYork Times紙の記事「What is Toxic Masculinity?」では、

  1. 感情の抑圧・苦悩の隠蔽
  2. 表面的なたくましさの維持
  3. 力の指標としての暴力

が、トキシック・マスキュリニティの特徴として挙げられている。この記事を参照しつつ、多賀太 関西大学教授はインタビュー

これまでにも、「伝統的な男らしさ」がもつさまざまな問題が指摘されてきましたが、そうした言い方だと、これまでの男のあり方や男らしさすべてが悪いというふうに受け取られかねない。そこで、「有害でない男らしさもある」という含みを残して、男性たちに「よき男として生きる」よう態度変容や文化の変革を促すために、男らしさの中でも特に有害な部分を指して「有害な男らしさ」と呼ぶようになった、と私は理解しています。

と自身の見解を示している。多賀もまた、トキシック・マスキュリニティを、さまざまな男性性がある中で問題視されている男のあり方や男らしさを指したもの、とみなしている。

トキシック・マスキュリニティとして指摘される問題

では、トキシック・マスキュリニティとして具体的にどのようなことが問題視されているのだろうか。

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著者
法政大学ほか非常勤講師
早稲田大学文学部卒業後、一橋大学大学院にて修士号、同大学院博士後期課程で博士号(社会学)を取得。専門は社会調査・ジェンダー研究。
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