MeToo後、米国やハリウッドはどのように変化し、対策を講じてきたのか?

公開日 2022年04月21日 17:07,

更新日 2022年05月23日 16:53,

無料記事 / 社会

  • 米国では #MeToo 以降、今年3月の #MeToo 法案をはじめとする広範な法改正が実現
  • 業界内部でも、自主ガイドラインの制定や指導的立場に就く女性の増加など変化が生まれた
  • 中でもハリウッド委員会による報告書では、具体的・実践的な19項目にわたる推奨事項が示されている。本記事では、その内容を紹介することで、日本の映画・エンタメ業界の示唆とする。

映画監督の榊英雄氏および園子温氏、俳優の木下ほうか氏による性暴力が相次いで報道された。

2017年、映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタイン被告による性暴力の告発を契機として、世界中で #MeToo 運動が広がったことを念頭に置いて、今回の動きを「日本の映画・エンタメ業界における #MeToo」と指摘する声もあり、今後も同様の告発が続いていく可能性がある。

日本でも、Netflix 作品の現場で「リスペクト・トレーニング」が導入されるなど、性暴力やハラスメントを防ぐための取り組みが進んでいるものの、業界として十分な取り組みが進んでいるわけではない。

実際、今回の告発にあわせて映画監督の是枝裕和氏は、以下のように述べており、現在でも至る所に加害行為が存在していると指摘する。

映画の現場や映画館の運営における加害行為は、最近になって突然増えたわけではありません。残念ながらはるか以前から繰り返されてきました。それがここ数年、勇気を持って声を上げた人たちによって、ようやく表に出るようになったに過ぎません。

性暴力やハラスメントなどの加害行為の存在が明らかにされることは重要だが、こうした声を受け止めて、適切な対応・対策が取られれることも重要だ。

では、4年前にワインスタイン事件を経験したハリウッドは、それ以降、業界における性暴やハラスメントにどのような対策を取ってきたのだろうか?出来る限り実践的かつ実効性の高い対策を考えるため、ハリウッド委員会『Culture & Climate』報告書を元に、その取り組みを見ていく。

映画業界と #MeToo

#MeToo というスローガンは、2006年に黒人女性の支援をおこなう活動家タラナ・バーク氏によって提唱され、当初は性暴力サバイバーへの支援と社会における性暴力の蔓延を訴えるものだった。

この用語が世界的に広まったのは、ワインスタイン被告による数十年にわたる性暴力が、2017年に The New York Times(NYT)紙と NewYorker 誌によって報道された時だった。女優アリッサ・ミラノ氏らが、#MeToo のハッシュタグを投稿したことで(当初、ミラノ氏はバーク氏の活動を知らなかった)、このスローガンは世界中に広まり、性暴力の告発を後押しすることとなる。

ただし、最初から全てが上手く行ったわけではない。仏 Le Monde 紙には #MeToo が全体主義的だと批判する公開書簡が掲載され、NYT 紙にも運動の行き過ぎを懸念する論説が掲載された。

世界に広がる告発の波

幾つものバックラッシュを受けながらも、映画業界をはじめとした権力者に対する告発は次々と進んでいく。

2017年10月には俳優ケビン・スペイシー、11月にはコメディアンのルイ・C・K、12月にはメトロポリタン・オペラの名誉監督ジェームズ・レヴァインなどが次々と告発され、ワインスタイン被告は2018年5月に逮捕された。

その後も、Android の生みの親であるGoogleのアンディ・ルービン氏への告発や、歌手の R.ケリー被告による長年の性暴力に対する告発・逮捕などが続き、米国外にも運動は広まっていく。

韓国では、アン・ヒジョン忠清南道知事が告発・逮捕されるなど政治・芸術分野での告発が続いた他、人気グループ BIGBANG のメンバー(当時)V.I 被告が売春斡旋などにより逮捕されたことで、芸能界における性暴力の蔓延も問題視された。そして日本でも、作家・伊藤春香(はぁちゅう)氏が過去のセクハラを告発した他、ジャーナリストの伊藤詩織氏による告発と訴訟も注目を集めた。

では、このように世界的に #MeToo の流れが広がった中で、その嚆矢となったハリウッドでは、どのような対策が取られてきたのだろうか?

本記事では、#MeToo 法の成立や州法改正など合衆国政府や州政府による取り組みを見た後、ハリウッドにおける包括的な報告書『The Hollywood Commission Culture and Climate Report 2019-20』(以下『Culture & Climate』)を見ていく。

ワインスタイン事件を受けて設立されたハリウッド委員会による同報告書は、業界におけるセクハラおよび性差別の現状を調査した上で、包括的かつ具体的、そして実効性の高い提言をおこなっている。同報告書には、日本の映画・エンタメ業界におけるハラスメントや性暴力を無くしていく上で、具体的な示唆が多数含まれていると言える。

政策の変化

#MeToo を受けて、ハリウッドに限らず米国全体で、性暴力やセクシャル・ハラスメントに対する取り組みは強化された。具体的には、法制度の改正だ。

#MeToo 法案の成立

まず今年3月、米・バイデン大統領が #MeToo 法案に署名して、同法案が成立した。これは職場におけるセクハラや性暴力の被害者が、加害者と法廷で争うための権利を保証する、画期的な法案だ。

同法案は、雇用契約の記述に基づいて、セクハラや性暴力の申し立てが「第三者の仲裁」による強制的な解決を避けることを意図している。一般的に雇用主は、セクハラなどが法廷に持ち込まれることを嫌い、社内での「円満な」解決を望む。そのため雇用契約に「第三者の仲裁」が規定されていることも多く、この規定によって被害者は、セクハラを法廷に持ち込むことが難しくなっている。

同法案は、雇用契約にその規定を盛り込むことを禁じる。つまり被害者が望む場合は、セクハラや性暴力について法定で訴えることが可能となるのだ。

#MeToo の広がりから4年以上が経過して、問題をめぐる包括的な法案が成立したことで、米国では連邦政府レベルで性暴力やハラスメントへの取り組みが強化されることになった。

セクシャル・ハラスメント法案の拡大

また州法レベルでは、セクシャル・ハラスメント法案の対象を拡大することが進められてきた。

米国における俳優は、企業の従業員ではなく、独立請負業者(フリーランス)に分類されることが多い。そして、連邦法によって差別とセクハラから保護されるのは企業の従業員に限られており、このことが独立請負業者である俳優たちの告発を難しくしていたと指摘されている。この問題は、ハリウッドに限らず不動産、トラック輸送、テクノロジー、在宅医療など、独立請負業者が多くを占める広範な業界に及んでいた

そこで、たとえばニューヨーク州は、独立請負業者など非従業員についてもセクハラ法の対象とすることを2019年に決定した。またカリフォルニア州も同様の法改正をおこない、あわせてタレント・エージェンシーに対して、セクハラ防止などに関する教材をアーティストに提供することを定義務付けた

NDA の制限

ワインスタイン事件によって、秘密保持契約(NDA)の問題点も明らかになった。これは職場におけるセクハラや差別の告発、その他の内部告発を防ぐために NDA を用いるものであり、米国では労働者の 1/3 が NDA によって発言が制限されている

一般的に NDA は、企業秘密の漏洩などを防ぐ「ビジネス上の合理的な目的」のために存在しているが、その範囲を拡張することで、告発をおこなったハラスメント被害者が、逆に NDA の違反によって訴えられる事態が生じていた。

NDA の不適切な使用を受けて、カリフォルニア州やニューヨーク州は相次いで NDA の不適切な使用を禁じる州法の改定をおこなった。ただしワインスタイン事件後、26以上の州議会で法改正案が提出されたものの、この法案が可決したのは12州に留まり、そのうち効果的な制度設計がおこなわれたのはニュージャージー州だけだったとも指摘される。

こうした限界がありつつも、ワインスタイン事件および #MeToo を経て、少しずつ法整備が進められてきたことも事実だ。

業界の変化

以上のような法改正が長い時間を要したのに対して、ワインスタイン事件を受けて、ハリウッドそのものも少しずつ変化しはじめた。

自主ガイドラインの公開

2018年には、全米製作者組合(The Producers Guild of America、PGA)によって自主ガイドラインが公開され、予算規模に関係なく作品毎のセクハラ防止トレーニングの提供が推奨された。

同ガイドラインでは、ハラスメントの報告を受けた場合は透明性を持った調査プロセスが実施されることや、嫌がらせを受けた際の相談窓口として担当者を立てることなどが奨められている。

指導的立場に就く女性の増加

また #MeToo を経て、指導的立場に就く女性が増加していることも分かっている。

たとえば2018年のThe New York Times 紙によれば、少なくとも200人の著名人がセクハラ疑惑を公表されたことで、職を失っている。加害者のうち、ワインスタイン被告をはじめとする数人は刑事責任を問われ、少なくとも920人の被害者が、男性からの性的不正行為を受けたと告発している。そして、職を追われた男性の後任者のうち半数は、女性がその役職に就いている

また2021年に公開された複数の研究によれば、ワインスタイン事件の後、同被告と関係があった製作者は、以前に比べて女性脚本家を40%多く登用しており、アクション映画やSF映画のように従来は男性脚本家が支配的であったジャンルでも活躍していることが分かっている。

研究者たちは、#MeToo によって女性登用の必要性を感じた製作者たちが、女性脚本家を起用することで、制作におけるジェンダー平等の推進を目指した可能性があると述べている。少なくとも「社会運動が、現実的な変化を喚起」したことは確かだろう。

すなわち #MeToo は、性暴力やセクハラをなくすためのガイドラインや法制度の制定をもたらしただけでなく、女性が指導的立場に就き、制作プロセスの中で活躍の場を得るなど、実用的な変化を生み出したのだ。

そしてハリウッド内部からは、包括的な調査および対策の必要性を指摘する声も生まれた。その結果として生まれたのが、冒頭で紹介したハリウッド委員会であり、その指導者となったアニタ・ヒルによって主導された2020年の報告書だ。

アニタ・ヒルとは

報告書の中身を見ていく前に、アニタ・ヒル氏について触れておこう。彼女の名前は、米国において「セクシャル・ハラスメント」という概念を広めた事件の告発者として知られている。


アニタ・ヒル(Gage Skidmore)

同氏は1991年、クラレンス・トーマス最高裁判事を承認する議会公聴会において、教育省および雇用機会均等委員会の元上司だったトーマス氏によるセクハラを証言した。当時、セクハラという概念やジェンダー平等の意識が希薄な中、アニタ氏による告発は大きなインパクトを与え、翌年の連邦議会選挙では、女性議員が下院(28人から47人)上院(2人から7人)ともに急増している。

このようにアニタ・ヒル氏は、女性の権利のために戦った女性として広く知られており、現在はブランダイス大学で教授を努めている。同氏は2017年、ワインスタイン事件を受けて設立されたハリウッド委員会の委員長に就任し、ハリウッドにおける性暴力や権力格差、差別的な文化への取り組みに向けて調査・提言をおこなった。

ハリウッド委員会『Culture & Climate』報告書

以下では、同委員会の『Culture & Climate(文化と風土)』報告書を見ていこう。同報告書は、それ以前に公開された

  • 説明責任(アカウンタビリティ)
  • 偏見(バイアス)と多様性(ダイバーシティ)
  • 虐待行為
  • セクシャル・ハラスメントと性的暴行

という4つの報告書を踏まえた内容となっている。これらは、9,600人以上の業界関係者を対象とした大規模調査の結果を踏まえて、ハリウッドにおけるセクハラや性暴力、性差別などの実態、そして具体的な対策などを明らかにした画期的な報告書だ。

現状

同報告書は「エンターテインメント業界は、進歩したと考えられているにもかかわらず、セクハラに対して未だ寛容な風潮がある」と述べた上で、

  • 従業員は、強力なハラスメント加害者が責任を負わされるとも、
  • 自らの告発が真剣に受け止められるとも思っておらず、
  • 告発にはリスクがあると見なしている。

と指摘する。

そして、71% が偏見(バイアス)に晒され、64% がいじめ・嫌がらせ、65% がジェンダー・ハラスメント、16% が性的強要、3% が性的暴行を経験したとするデータが紹介される。ただし#MeToo以降、ハラスメントの防止(69%)や、多様な背景・経験・視点の歓迎(68%)について進展があったとの評価もあり、業界は確実に変化している最中だと言える。

こうした調査を踏まえて同報告書は、

  • 一般的な推奨事項(5項目)
  • 業界への推奨事項(14項目)
  • ハリウッド委員会が提供するリソース(6項目)

という、大きく3つの具体的な対策・推奨事項を提供している。これらはハリウッド固有の対策ではなく、告発が続く日本の映画・エンターテインメント業界にとっても示唆的な内容となっている。

そこで以下では、まず同報告書における推奨事項の概要を見つつ、示唆を引き出す。その上で、全ての推奨事項について補足コメントと併せて紹介する。

報告書で示された対策・推奨事項(概要)

まず一般的な推奨事項(5項目)としては、はじめに「1. リスペクトと尊厳、インクルージョンへのコミットメント」を明確化することが挙げられている。

企業による多様性(ダイバーシティ)と包括性(インクルージョン)の重視は、日本でも広がっており珍しい指針ではない。しかしその価値観が理念的なものに留まり、実効的な取り組みにまで落とし込まれていないことも珍しくない。

その意味で、3つ目の推奨事項として「3. 組織制度と価値観の合致」が挙げられていることは重要だ。ハラスメントや差別の報告プロセスが組織制度に適切に埋め込まれ、二次的被害や報復などを懸念せず、安心・安全な対応が進められることは、こうした理念を机上の空論に終わらせないために欠かせない。

他にも取り組みを実効的なものとするため、法的に禁止された違反行為に限らず「4. 予防施策への取り組み」が推奨され、「5. 年次や業績を問わない説明責任」を問うことの重要性なども挙げられている。

そして、この5つの推奨事項をより具体化したものが、業界への推奨事項(14項目)だ。「1. 雇用方針・昇進プロセスの見直し」といったスタンダードな項目から「14. サプライチェーン全体で価値観を共有する」まで、その内容は多岐にわたる。

この14項目を見ると、ハラスメントや差別を無くすために組織の「意識改革」が必要となるだけでなく、「評価制度」や「研修」への落とし込みが重要だと分かる。それらは大きく、

  1. 組織内部の施策
    2. マネージャーの業績評価」や「7. 報告・苦情処理・調査における透明性」など
  2. 外部トレーニング・機関の活用
    4. 潜在的バイアス・トレーニングへの投資」や「10. バイスタンダー介入トレーニングへの投資」など
  3. 組織外への拡張
    5. 作品(コンテンツ)と組織の価値観のすり合わせ」や「14. サプライチェーン全体での価値観の共有」など

という3つに分けられるだろう。

そしてハリウッド委員会が提供するリソース(6項目)については、各種取り組みを自社のみで実施できない小規模プロダクションなどを対象として、トレーニングやリソースが提供されている。映画・エンタメ業界は、制作プロセスやサプライチェーン、人的交流が複雑に絡み合っているため、単一の企業に限らず、業界全体で取り組みをおこなっていくことが必要不可欠だ。

以上のように、ハラスメントや差別をなくすためには、組織制度の改善だけでなく、外部リソースの活用や組織外への価値観の拡張が必要となる。加えて、それらは単一の取り組みで完結するのではなく、中長期的かつ継続的な取り組みが必要であると言える。

では、ここからは各推奨事項について具体的に見ていこう。ここで記されているコメントは、報告書の内容をそのまま訳出したものではなく、本記事執筆者による補足説明だ。

一般的な推奨事項(5項目)

1. リスペクトと尊厳、インクルージョンへのコミットメント

まず最初に掲げられるのは、組織として「リスペクトと尊厳、インクルージョンへのコミットメント」を明確化することだ。人種・宗教・国籍・性別・性的指向・年齢・障害などの個人的特性に関わらず、全ての関係者が尊重される状態がつくられる必要がある。

これは単にステートメント(声明・文書)として示されるだけでなく、マネージャーが職場からハラスメントを無くすことを明言し、現状の職場環境を評価するとともに、違反行為を安心して報告できる仕組みが整備される必要がある。また違反者には責任が負わされ、適切な対応が取られる評価指標の導入や、監督責任の明確化などの取り組みも求められる。

2. 多様性の受容

次に挙げられるのは、企業として多様性(ダイバーシティ)と包括性(インクルージョン)の価値観を埋め込むことだ。

その価値観が反映された組織を構築することは、組織のクリエイティブ能力や問題解決能力、そして消費者からのニーズに答える能力を向上させる可能性が高く、こうした組織はセクハラ防止を実現できているとも指摘される。

3. 組織制度と価値観の合致

従業員の多くは、ハラスメントなど容認できない行動を見かけた場合、適切な対応方法や報復を懸念せずに報告できる社内プロセスを理解していないケースが多い。

違反行為を許さないという文化が構築されるだけでなく、従業員が直ちにアクセスできるリソースや教育が揃っていたり、ハラスメントや性的不正行為への適切な対処を実現できる制度が整っていることは、リスペクトと尊厳、インクルージョンなどの価値観を実効的なものとする。

4. 予防施策への取り組み

法的要件に準拠したポリシーやトレーニング、苦情処理プロセスは、ハラスメントや差別を予防する上で十分ではない。「特定の言動の禁止」のみに焦点をあてたハラスメント研修は、ハラスメントを減らすことが出来ず、むしろ時には逆効果にすらなる。

この指摘は、多くの企業にとって耳が痛いものかもしない。多くのハラスメント研修は、「何を言ってはいけないか、やってはいけないか」に焦点が当たっているからだ。ハラスメントや差別の予防施策は「ルールや禁止事項」として捉えるべきではなく、「リスペクトと尊厳、インクルージョンという価値観へのコミットメント」として捉えられる必要があるだろう。

5. 年次や業績を問わない説明責任

地位や権限などが高い加害者が、アシスタントなど地位の低い人にハラスメントをおこなった場合、その責任を問われる可能性が低いと見なされている。そのため、地位や年次にかかわらず責任が問われるような仕組みが必要になる。

誰もが平等に説明責任が求められる環境は、従業員による報告プロセスや組織制度への信頼に繋がるだけでなく、「リスペクトと尊厳、インクルージョンへのコミットメント」という価値観を掲げる組織そのものへの信頼に繋がるだろう。

業界への推奨事項(14項目)

1. 雇用方針・昇進プロセスの見直し

雇用および昇進プロセスにおいて、ジェンダーや人種的マイノリティなど過小評価されたグループが公平に採用され、指導的役割を担っているかを確認する。

この取り組みが、ワインスタイン後のハリウッドにおいて一定度の効果を持ったことは、前述した指導的立場に就く女性や女性脚本家の増加などのデータに表れている。方針やプロセスの見直しが効果的となっているかを知るため、データを通じて評価することも重要なプロセスとなるだろう。

2. マネージャーの業績評価

偏見(バイアス)への対処や多様性(ダイバーシティ)の促進は、旗を振るだけでは意味がない。マネージャーの業績評価として組み込むことで、その実効性を高めることが出来る。

たとえば人事(HR)部門であれば、上記の「雇用方針・昇進プロセスの見直し」の有効性を評価基準に組み込むことが出来るし、各マネージャーは、自らが率いるチームにおいて組織が重視する価値観が浸透しているかを業績評価の1つとして設けることが出来る。

3. メンターシップやキャリアコーチング・プログラムのサポート

ハラスメントや差別を無くし、望ましい価値観を浸透させるためには、メンターシップ制度の実施や資金提供、キャリア・コーチングプログラムなどの助けが必要となる。

企業は、教育制度や特別プログラムを用意するだけでなく、第三者機関の力を借りることで、従業員に教育と機会を提供できる。重要なことは、こうした取り組みが単発の研修で終わるのではなく、組織文化や価値観に働きかけるべく、継続的な取り組みになることだ。

4. 潜在的バイアス・トレーニングへの投資

マイクロアグレッションや採用・昇進プロセスにおける偏見(バイアス)などに対処し、バイスタンダー(傍観者、ハラスメントなどの現場に居合わせた第三者)の適切な介入を促進するため、潜在的バイアス・トレーニングへの投資が必要となる。

日本でも、株式会社メルカリなどが「無意識(アンコンシャス)バイアス ワークショップ」を実施している。これは、日常生活において無意識に培われた偏見(バイアス)や思い込みを明らかにした上で、その偏見にもとづく不公正を取り払っていこうという試みだ。

5. 作品(コンテンツ)と組織の価値観のすり合わせ

コンテンツと組織は、価値観に基づいてすり合わせられる必要がある。たとえば女性が過度に性的に扱われていたり、黒人男性が暴力的・威圧的に描かれていたり、男性が女性を酔わせて性行為に及ぶ描写は、ステレオタイプやセクシャル・ハラスメントに関する価値観を後押しするリスクがある

ストーリーテリングは強力なメッセージを持つため、社会における様々な意識・認識に影響を与える。こうした点を自覚したまま、コンテンツ制作をおこなうことが求められる。(*1)

(*1)作品の価値観を見直していく上では、しばしば「ポリコレに振り回され、ハリウッド映画が面白くなくなった、これに尽きますね」という批判に直面するかもしれない。しかし、"面白い" を定量的に評価できるかはさておき、政治的に正しい(ポリティカル・コレクトネス)脚本や演出をおこなうことと、過度なステレオタイプとハラスメント、差別などの描写に注意することは別物だ。たとえば主人公が差別主義者であることがストーリーの鍵となるならば、それは批評的に認められる蓋然性があるだろうが、強い必然性がない中で "お飾り" として性的に女性を用いたり、"ジョーク" として人種差別的な言動を繰り返すならば、それは批判を集めることになるだろう。

6. マイクロ・アグレッションやいじめ、偏見、権力の乱用への対処

セクシャル・ハラスメント、中でもジェンダー・ハラスメントは、他人を軽視したリスペクトのない環境から生まれることが多い。つまり差別やハラスメントを防ぐためには、そういった言動が生まれやすい環境を予め変化させる必要がある。

たとえばマイクロ・アグレッションやいじめ、偏見、権力の乱用などに早い段階から対処することで、職場における「リスペクトと尊厳、インクルージョンへのコミットメント」という共通の価値観が実現され、結果としてより深刻な問題に至る前の介入が可能となる。

7. 報告・苦情処理・調査における透明性

報告・苦情処理・調査の各プロセスは、透明性が担保されている必要がある。たとえば、報告窓口は誰もがアクセスしやすい仕組みとなっており、苦情処理の日数や手続きなどが明示されていることが望ましい。またオフィスが地理的に分かれていたり、職務や階層、カンパニー制などの制度的な理由から組織構造が分離している場合、それぞれに窓口が用意されている必要がある。

一連のプロセスの存在および仕組みについては、社内で広く周知されるだけでなく、労働者の権利や組織の行動規範などを記した文章とともに掲示されることが重要だ。

8. ジェンダー・ハラスメントへの対処

セクシャル・ハラスメントは、

  1. ジェンダー・ハラスメント
  2. 望まない性的関心 
  3. 性的強制

の3つに分かれる。中でも、性差別的な行為(女性蔑視、ゲイや小柄な男性に対する侮辱など)、性的に下品な行為(女性を「ビッチ」「売春婦」と呼ぶなど)などジェンダー・ハラスメントが多数を占めていることが分かっており、女性の67%および男性の62%が報告している。

そのため、最も広範に生じているジェンダー・ハラスメントに対処することで、それ以外のセクシャル・ハラスメントを特定したり、早期に発見・介入することが可能となる。

9. いじめの禁止

企業およびプロダクションにおいて、職場いじめは最も報告されている不正行為だ。その対処には、説明責任と意識改革が重要となるが、いじめの定義や対処は定まっておらず、ハリウッド委員会は

  • 行動規範においていじめに関する記述を強化し、加害者の意図(悪意)にかかわらず、客観的に観察可能な行動に基づく明確な言葉によって、「いじめ」を定義すること。
  • いじめを訴える苦情に対応する、方針およびプロセスを確立すること

を推奨している。

10. バイスタンダー介入トレーニングへの投資

バイスタンダーは「傍観者」を意味しており、セクハラや性暴力の現場に居合わせた際、加害者や被害者ではない第三者が適切に介入することで被害を防ぐ取り組みだ。「アクティブバイスタンダー」とも呼ばれており、日本でも注目を集めている

具体的には、5Dと呼ばれる以下のようなアプローチがある。

  1. 直接的な介入(Direct)
    ハラスメントを直接指摘したり、問題点を明言することで、状況に介入する。
  2. 第三者から助けを得る(Delegate)
    マネージャーや店員、責任者などに助けを求める。介入によってバイスタンダーに危害が及ぶ懸念があるため、周囲のサポートを得ることは重要だ。
  3. 時間を置いた対応(Delay)
    被害を受けたと思われる人を後からサポートすることも重要だ。サポートを表明したり、安全な場所に連れて行ったり、必要であれば報告方法やリソースを共有することも可能だ。
  4. 注意をそらす(Distract)
    加害者の注意をそらすため、道を聞いたり、"誤って"飲み物をこぼすことなどで介入する。
  5. 証拠を残す(Document)
    電話での録音や、加害者の撮影、メモでの記録などにより、状況ややり取りを記録する。

マネージャーや第三者を関与させるアプローチは、「特定の言動の禁止」(たとえば「これをやってはいけない」や「これを言ってはいけない」など)のみに焦点を当てたハラスメント・トレーニングよりも効果的だと考えられている。

11. オンブズ・オフィスの設置

第三者機関としてオンブズ・オフィスを設置することは、ハラスメントなどの被害を減らし、非公式な問題解決を実現する上で役立つ。告発者にとっては、自らの苦情・告発を加害者に知らせるかを決定することができ、法的なヒアリングを回避できる利点がある。(*2)

(*2)冒頭で述べた #MeToo 法案が意図するように、「第三者の仲裁」による告発者の意図に反した強制的な解決が問題視されるケースもある。ただし、その「第三者」が完全に企業から独立しているならば、告発者の意向を尊重しつつ、問題解決を実現することも可能だ。

12. 立場に関係なく、全ての加害者が責任を負う統一基準の実装

ハラスメントなどのポリシー違反があった場合、立場や年次に関わらず責任を負うための統一基準が設けられることは重要だ。これは一般的な推奨事項(5項目)のうち「5. 年次や業績を問わない説明責任」に近しいものの、より具体的な手続きを意図している。

たとえば違反者への処分範囲が明示化され、プロセスの各段階(たとえば報告・調査・裁定)について期間を定義することが挙げられる他、冒頭で述べた NDA の制限も関わってくる。

つまり「全員が責任を負う」という理念が掲げられたとしても、実際には NDA や社内政治を通じて、しばしば抜け穴が生まれる現状をルール整備によって回避しようという試みだ。

13. 報告書の公開

ポリシー違反に伴う報告書を公開することは、セクハラや差別が報告され、ポリシー違反が判明した場合に、何が起こるかについて透明性を提供する。

ポリシー違反が調査され、加害者は定められた期間内に処分を受けることが示されることで、従業員は自らの組織が「ポリシー違反を容認しない」ことを理解する。

14. サプライチェーン全体での価値観の共有

エンターテインメント業界においては、作品づくりのため数多くのステークホルダーが関与している。たとえば外部のプロダクション(制作会社)やベンダー(請負業者)、フリーランスなどだ。

自社内に限らず、サプライチェーン全体にハラスメントや差別の禁止などの価値観を浸透させることは重要で、それらはキャスティングや予算などのインセンティブと組み合わせることで効果的となる。

ハリウッド委員会が提供するリソース(6項目)

1. バイスタンダー介入トレーニング

ハリウッド委員会は、いじめ・嫌がらせを経験した3分の2以上(69%)が、周囲に傍観者が存在したことを受けて、バイスタンダーが介入するためのトレーニングを実施した。参加者は、いじめや攻撃的な行動を見分け、被害者をサポートしつつ、適切なタイミングで介入する方法を学ぶことができる。

2. 行動規範

ハリウッド委員会は、安全でハラスメントのない職場を作るために、エンターテインメント業界特有の差別、ハラスメント、セクシャル・ハラスメント、嫌がらせなどについて定義と例示、そして報告の手順などを記した行動規範を公開している。

繰り返し述べたように、理念が組織制度に組み込まれていない場合、それらは机上の空論に終わってしまう可能性が高い。しかし包括的かつ具体的、実践的な理念は、全ての価値観にとって出発点となり、組織に力強い変化をもたらす。そのため、効果的な行動規範を定めることは大きな意味を持っているが、それが「多様性」や「包摂性」などのバズワードだけで構成され、十分に価値観を反映していなければ意味がない。

こうした行動規範のアイデアが公開され、クリエイティブ・コモンズなどの条件下で改変・再利用可能になることは、業種・業界を問わず有意義な試みとなるかもしれない。

3. 実践的フィールド・マニュアル

同委員会からは、より実践的なマニュアルも公開されており、職場・現場でのミーティングやソーシャルメディアの利用、アルコールとドラッグに関する推奨事項、ベンダーの行動規範など各種方針が記されており、雇用主などが参照できる。

同マニュアルには、ハラスメントなどの報告プロセスの策定方法、透明性のある苦情処理および調査の方法、そして違反者に責任を負わせるための一貫した基準なども記載されている。

4. ハラスメント・差別・報復に関する労働者向けオンラインガイド

労働者が自らの権利やハラスメントおよび違反行為を報告する方法を学ぶリソースやガイドライン、カウンセリングや法的対処のためのリソース、サポートを受ける手順なども公開されている。

ハラスメントや差別をなくすためには、組織やマネージャーなどが価値観や違反行為などを理解するだけでなく、ポリシー違反を"受ける"可能性がある全ての関係者が、自らの権利と対処方法を適切に理解していることが重要だ。

ハラスメントや性的不正行為などを受けたと思われる被害者が、自らの権利が侵害されたことを適切に認識し、そのことを安心・安全な環境で報告できると信頼していることは、問題の所在を明らかにするための重要な第一歩だ。

5. 小規模プロダクション向けプログラム

独立系のプロダクションに向けて、差別や偏見、ハラスメントの問題が深刻化する前の対処を学ぶプログラムが提供されている。

6. 報告プラットフォーム

同じ人物による複数の苦情が多いことを念頭に置いて、匿名の報告プラットフォームも提供されている。

ここでは差別、嫌がらせ、いじめ、マイクロアグレッション、性的不正行為などを報告することが可能で、報告者は「即時報告」か、同じ職場の他の報告を受けてから機能する「条件付き報告」を選択することが出来る。

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著者
編集長
1989年東京都生まれ。2015年、起業した会社を東証一部上場企業に売却後、2020年に本誌立ち上げ。早稲田大学政治学研究科 修士課程修了(政治学)。日テレ系『スッキリ』月曜日コメンテーターの他、Abema TV『ABEMAヒルズ』、現代ビジネス、TBS系『サンデー・ジャポン』などでもニュース解説をおこなう。関心領域は、メディアや政治思想、近代東アジア、テクノロジー時代の倫理と政治など。
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