⏩ パリ協定を機に各地で急増
⏩ 気候変動による損失補填が目的の他、必ずしも「勝訴が目的ではない」ことも
⏩ 背景には、パリ協定や「気候変動への人権アプローチ」の浸透
⏩ 気候変動の訴訟による解決には懸念点も
6月12日、米・モンタナ州で16人の青少年を原告とする「気候変動訴訟」の審理が始まった。原告は、同州の化石燃料産業に関する政策が、「清潔で健康的な環境」を保障した州憲法に違反しているとして訴えを提起した。同州は米国でも有数の化石燃料採掘地で、特に石炭の産出量は全米5位を誇る。
米国ではこうした州政府を相手取った気候変動訴訟が各地で起きているが、憲法違反を争点として法廷での審理が開始された気候変動訴訟は、今回のモンタナ州のケースが初めてだ。
こうした、気候変動を争点として政府や企業などを訴える気候変動訴訟（climate change litigation）は世界各地で起きている。その数は、2023年5月までに累計2,000を超えた。背景には、気候変動問題への対策を強化させるための“ツール”として訴訟が有効と認識され始めている事情がある。特に、企業を相手取った訴訟の場合、「訴訟で勝つことが目的ではない」ケースが多いとも指摘されている。
そして一部の訴訟では、こうした目的が見事に達成されている。2019年には、オランダ最高裁が政府による温室効果ガスの排出削減目標が不十分とする判決を下した。オランダでは2021年にも、大手エネルギー会社・Shell に温室効果ガスの削減強化を命じる判決が出ている。
しかし、温室効果ガスの排出削減などを争点とする気候変動訴訟には課題もある。日本でも、石炭火力発電所の稼働差し止めなどをめぐり訴訟が起きているが、温室効果ガス排出の脅威を訴える原告らの主張は認められていない。その背景は、気候変動訴訟に特有の法的な課題がある。
では、そもそも気候変動訴訟とは一体どのようなもので、世界の裁判所は気候変動をめぐる訴えをどこまで認めているのか。そして、気候変動訴訟が抱える特有の課題は一体どこにあるのか。
気候変動訴訟とは何か
そもそも気候変動訴訟とは、どのような訴訟を指すのか。
世界各地の気候変動訴訟を調査しているロンドン・スクール・オブ・エコノミクス（LSE）の研究チームは、気候変動訴訟を「司法機関およびそれに準ずる組織に提起された、気候変動科学・政策・法律に関する事項を含む訴訟」と定義している。
ここから分かるように、気候変動訴訟の定義は相当に広く、これらは大きく2つの種類に分けることができる。1つは政府を相手取る、いわゆる行政訴訟、もう1つは企業や個人を相手取る訴訟だ。数としては前者が圧倒的に多く、コロンビア大学の統計では前者と後者の数には3倍以上の開きがある。
政府を相手取る訴訟
世界各国の気候変動訴訟を調査・データベース化しているコロンビア大学の研究チームは、政府を相手取る気候変動訴訟を、争点ごとに12の類型に分けている。
- 公正な移行
- エネルギー・電力
- 環境犯罪
- 通商・投資
- 温室効果ガス排出削減と排出枠取引
- 情報公開
- 環境アセスメントと政府認可
- 人権
- 気候変動への適応の失敗
- 生物多様性と生態系の保全
- 集会
- 公共信託（*1）
このなかでも、特に件数が多いのは「5. 温室効果ガス排出削減と排出枠取引」（約37％）、「7. 環境アセスメントと政府認可」（約41％）、「8. 人権」（約22%）に関する訴訟だ（*2）。では、これら3種類の気候変動訴訟について、いくつか具体例を確認してみよう。
