⏩ 共同創業者のサツケヴァー氏が主導し、取締役会が決定
⏩ AI 開発をめぐる方向性の違いが顕在化した可能性
⏩ 特殊な組織構造が解任劇を後押し
⏩ アルトマン氏は Microsoft へ合流、OpenAI の「減速」が示唆
2023年11月17日(現地時間)、OpenAI はサム・アルトマン氏の CEO 辞任を発表した。「取締役会による審議プロセス」の結果、アルトマン氏が「取締役会とのコミュニケーションにおいて一貫して率直でなく、取締役会の責任を果たす能力を妨げている」と結論づけており、事実上の解任と見られている。
後述するような紆余曲折がありつつも、AI 開発の旗振り役である OpenAI が内部分裂を起こし、現在世界で最も有名な起業家の1人であるアルトマン氏が同社を去る。そして20日には、同氏が Microsoft 社内の新しい AI チームを率いることも発表された。
業界に衝撃を与え、一部からは「クーデター」とも言われているアルトマン氏の解任劇だが、その原因は何だったのか。そして、OpenAI は今後どうなるのだろうか。
何が起きたのか
11月17日、OpenAI のサム・アルトマン氏が CEO の職を退いた。当初の発表では、ミラ・ムラティ最高技術責任者(CTO)を新たに暫定 CEO に据えるとしていた。
アルトマン氏の解任に続く形で、OpenAI の幹部や従業員も相次いで退社の意向を表明している。同社の共同創業者であるグレッグ・ブロックマン社長は、アルトマン氏の解任に抗議する形で辞任し、本件についてほとんど知らされていなかったと述べている。OpenAI の上級研究者3名も、辞任を発表した。
ところが翌18日、関係筋は新興テックメディア The Verge に対し、取締役会がアルトマン氏の CEO 復帰について協議していると語った。同日17時(日本時間19日10時)までに協議はまとまらず、19日17時(日本時間20日10時)まで期限が延長されていた。
その期限が過ぎた19日21時頃、アルトマン氏が OpenAI には戻らないことが報じられた。暫定CEO となったムラティ氏が、アルトマン氏とブロックマン氏を再び OpenAI に雇用する計画だとされていたが、それは叶わなかった。さらに、暫定CEO もムラティ氏から、Twitch の元CEO であるエメット・シアー氏に交代するという。
最後の交渉前、ゲストパスで OpenAI 本社へ入ったアルトマン氏は、「これを身につけるのは最初で最後」とコメントし、CEO として復帰するか、完全に OpenAI を去るかのいずれかであることを示唆していた。
今回、アルトマン氏の解任を決定した OpenAI の取締役会はどのようなメンバーで構成されていたのだろうか。
取締役会のメンバーは
アルトマン氏が CEO を解任される前まで、取締役会のメンバーは以下の6名から構成されていた。
- サム・アルトマン:共同創業者兼 CEO で、今回解任された。
- グレッグ・ブロックマン:共同創業者兼社長で、アルトマン氏の解任に抗議し辞任を表明。OpenAI 立ち上げ以前は、オンライン決済プラットフォーム Stripe の最高技術責任者(CTO)を務めていた。
- イリヤ・サツケヴァー:共同創業者兼主任研究員で、今回のアルトマン氏解任劇を主導した人物と見られている。「AI の父」と呼ばれるジェフリー・ヒントン氏の愛弟子で、2015年に Google を退社し、OpenAI 設立に従事。
- アダム・ディアンジェロ:知識共有プラットフォームである Quora の現 CEO。Facebook の初代 CTO を務めた人物で、2018年より OpenAI の取締役を務めている。
- ターシャ・マッコーリー:米シンクタンクであるランド研究所に勤め、ロボット工学企業 Fellow Robotics の共同創業者でもある。2018年に OpenAI の取締役に就任した。同氏は、AI による人類滅亡を警戒する効果的利他主義というアイデアの中心的役割を担う 80,000 Hours という団体に所属している。
- ヘレン・トナー:ジョージタウン・セキュリティおよび新興技術センターの戦略ディレクター。英国が設立した国際 AI ガバナンスセンターの諮問委員をマッコーリー氏と共に務め、2021年、OpenAI の取締役に就任した。トナー氏は以前、効果的利他主義の主要プレイヤーの1つである Open Philanthropy に務めていたことがある。
OpenAI の幹部。左からミラ・ムラティ氏、サム・アルトマン氏、グレッグ・ブロックマン氏、イリヤ・サツケヴァー氏。
アルトマン氏の解任劇は、同氏と OpenAI を共同創業し、現在同社の主任研究員を務めるイリヤ・サツケヴァー氏が画策したと見られている。ブロックマン氏のポストも、そのことを示唆しており、アルトマン氏とブロックマン氏以外の4名が今回の決定を支持したと考えられる。ブロックマン氏によると、解任に至るタイムラインは次の通りだ。
- 16日夜、サツケヴァー氏からアルトマン氏に対し、金曜日(17日)正午に話がしたいとメールが送信された。
- 17日正午、アルトマン氏が Google Meet に参加すると、ブロックマン氏以外の取締役が全員揃っており、そこでサツケヴァー氏から解任を伝えられた。
- 同日午後12時19分、ブロックマン氏は、すぐに電話をするようサツケヴァー氏からテキストメッセージを受け取った。
- 同12時23分、サツケヴァー氏から Google Meet のリンクが送信され、ブロックマン氏はそこで取締役から外されること(ただし、重要な人物であり社内には留まること)、アルトマン氏が解任されたことを伝えられた。
その後は、すでに触れたようにムラティ氏が2人を呼び戻そうとしたが、それは実現しなかった。
昨年11月の ChatGPT 発表以後、順調に開発を進めてきたように思われる OpenAI だが、なぜアルトマン氏の解任という衝撃的とも言える決定に至ったのだろうか。
なぜ、アルトマン氏は解任されたのか
前提として、アルトマン氏が解任された背景について、正確なことは分かっていない。取締役会は、冒頭の発表以外、正式なコメントを出しておらず現状、推測で語るしかない。
OpenAI のブラッド・ライトキャップ最高執行責任者(COO)は、従業員宛てのメモの中で、アルトマン氏を不正行為で告発しているわけではないと述べ、「コミュニケーションの断絶」によるものだと主張した。
ライトキャップCOO の説明は、OpenAI が発表した声明とほぼ同じ説明であり、アルトマン氏の解任理由は「コミュニケーション」の問題だとしている。ここで言うコミュニケーションの問題が何を意味しているかを理解するためには、OpenAI の特殊な組織構造をおさえておく必要がある。
OpenAI の特殊な組織構造
OpenAI は一般的な営利企業とは異なり、特殊な組織構造を有している。2015年に非営利団体として創設された OpenAI は当初から、人類全体の利益を促進するために汎用人工知能(AGI)の構築を目指している。同社は安全な方法で AGI を構築するという目的に向かって、最高の AI 研究者をかき集めチームを編成した。
だが、AI のトレーニングをするために莫大な資金とインフラが必要になったことで、2019年には営利スキームを導入し組織再編をおこなう。これによって資金調達が可能となり、同年 Microsoft から10億ドル(約1,500億円)の投資をこぎつけた。
この営利スキームの導入が、OpenAI の特殊な組織構造を特徴づけている。非営利団体の OpenAI(非営利)が親会社となり、子会社の OpenAI(営利)は「利益に制限のある」会社となった。すなわち、OpenAI の営利部門は投資家から資金を集めるが、利益が一定のレベル(当初は初期支援者の投資額の100倍)に達した場合、それを超えたものは非営利団体に寄付するという形態だ。
そして、ここで重要なことは、親会社(非営利)をコントロールしているのが取締役会であり、立ち上げメンバーでさえも子会社(営利)の株式を保有していないということだ。すなわち、取締役会としては、子会社(営利)が儲かるように働きかける義務はなく、かわりに AGI が人類にとって安全かつ有益に開発されることを保証する義務がある。
したがって、率直に解釈すれば、前述したコミュニケーションの問題というのは、アルトマン氏がこのような OpenAI 当初の目的を妨げるようなふるまいをしたこと、あるいは、その目的を達成するための行動をしなかったことを意味している。6月のインタビューで、アルトマン氏自ら自分はいつでも解任される可能性があり、それは望ましいことだと語っていた。
結果として今回明確になったのは、サツケヴァー氏含めた取締役たちが、AI プロダクトをいかに早く商品化するか、また潜在的な被害を軽減するために必要な手順について、アルトマン氏と異なる意見を持っていたということだ。サツケヴァー氏は、アルトマン氏とブロックマン氏の退社は、会社の使命を守るための「唯一の道」だったと話している。
一連の騒動を受けて、OpenAI の立ち上げメンバーだったイーロン・マスク氏(*1)は「非常に心配している」と述べた。同氏によれば、サツケヴァー氏は権力を追い求めるような人間ではなく、絶対に必要だと感じなければ、そのような大胆な行動を取ることはなかったという。
また、Microsoft が100億ドル(約1兆5,000億円)以上を投じて株式の 49% を取得しているのは子会社(営利)であり、親会社である OpenAI(非営利)の取締役会における議決権を有しているわけではない。
こうした構造の結果、OpenAI 最大のパートナーである Microsoft でさえ、アルトマン氏の解任を直前まで知らなかったと報じられている。取締役会は Microsoft に相談せずに決定し、ナデラCEO は重要なビジネスパートナーの突然の解雇に「激怒」したという。
(*1)2018年、OpenAI が Google から致命的に遅れていると焦ったマスク氏は、自らが陣頭指揮をとることを提案したが、アルトマン氏含む他の経営陣はこれを拒絶、マスク氏は OpenAI を離れた。
今後どうなるのか
今後の論点は大きく3つあり、(1)アルトマン氏の今後(2)OpenAI の今後(3)競合への影響があげられる。
1. アルトマン氏の今後は
1つ目のポイントは、アルトマン氏の今後だ。同氏は、ともに OpenAI を退社したブロックマン氏とともに、Microsoft 社内の新しい AI チームを率いる。20日、同社のサティア・ナデラCEO が LinkedIn への投稿で明らかにし、アルトマン氏も「ミッションは続く」と反応した。
とはいえ、アルトマン氏は Microsoft と正式に契約を交わしたわけではなく、取締役会が辞任すれば、同氏が OpenAI に復帰する可能性があるとも言われている。ナデラCEO も CNBC とのインタビューで「サム(アルトマン氏)がどこにいようと、彼は Microsoft と協力する」と話しており、アルトマン氏の OpenAI 復帰の可能性を残している。
アルトマン氏の解任に続いて辞任を表明していたブロックマン氏は、「心配するのに時間を費やさないでください。大丈夫です。さらに素晴らしいものが間もなく登場します」と語り、アルトマン氏と共同で新しいことを始めると示唆していた。
当初は、iPhone のデザイナーであるジョニー・アイブ氏と共同して AI ハードデバイスを開発することや、AI チップ開発に携わるなど、新たな AI ベンチャーを計画していると報じられていたが、以前から親交のあったナデラCEO のもとで次のスタートを切る形となるかが注目される。
一方、OpenAI の他の従業員が後に続くかは不明だ。アルトマン氏が解任された後、同氏のポストにはハートマークを付けて反応した従業員もいた。どれだけの人が OpenAI を離れるか取締役会に示し、プレッシャーをかけるためだったという。
ただ、アルトマン氏とともに Microsoft への入社が決定したブロックマン氏は、「初期のリーダーシップ」として5名に言及している。自身とアルトマン氏に加え、残りの3名は、一連の騒動を受けて OpenAI を退社していた前述の上級科学者たちだ。近日中に詳細が明かされる見込みで、場合によっては、さらにアルトマン氏に追随する従業員が出てくる可能性も否定できない。
実際、20日17時(日本時間21日7時)までに、OpenAI の従業員約770人のうち738人が、アルトマン氏とブロックマン氏を CEO に復帰させない限り、同社を退職するという公開書簡に署名している。
アルトマン氏が Microsoft 内でどのような役割を果たし、OpenAI とどう関わっていくのか、今後の大きな注目ポイントの1つになるだろう。
2. OpenAI はどうなるのか
2つ目のポイントは、OpenAI の今後だ。特に、アルトマン氏を解任した取締役会がどのような動きを見せるかは大きな論点の1つだろう。具体的には、Microsoft の参加と、残された OpenAI 従業員と取締役会の関係だ。
アルトマン氏が復帰した場合、Microsoft のメンバーが OpenAI の取締役会に名を連ねることを検討していたというが、現状ではどうなるか不明だ。当初の構想では、ナデラCEO がメンバー入りする可能性は低いが、ケビン・スコット最高技術責任者(CTO)などがその一員となる可能性はあると見られていた。スコットCTO は2019年、OpenAI と Microsoft がパートナーシップを構築する際、重要な役割を果たした人物だ。
ナデラCEO は「OpenAIとのパートナーシップに引き続きコミットして」いくと言及するにとどまっており、取締役会への参加が実現するかはわからない。ただ、もし Microsoft が取締役の席を確保すれば、非営利団体の取締役にビッグテックのメンバーが座ることになるため、さらなる組織再編が促される可能性も否定できない。
残された従業員と取締役会の軋轢
くわえて、OpenAI に残された従業員と同社の取締役会の関係についても注目されるだろう。アルトマン氏とブロックマン氏を OpenAI に復帰させようとしていた幹部には、ムラティ氏、ジェイソン・クォン最高戦略責任者、ライトキャップCOO らが含まれている。彼らはアルトマン氏の解任に反対していたと見て間違いなく、今回の決断を下した取締役会に対して不信感を募らせていることだろう。
また、解任劇を主導したサツケヴァー氏も「理事会の行動に参加したことを深く後悔しています」と述べて、前述の公開書簡に署名した。サツケヴァー氏は、OpenAI の従業員らとの議論や、同社オフィスでブロックマン氏の妻アンナ・ブロックマン氏と「感情的な会話」を経て立場をひっくり返したという。
混乱に陥った OpenAI にとって、新しいCEO(*2)の存在が重要になる。新たに暫定CEO の座に就くこととなったエメット・シアー氏は、元々 Amazon 傘下の動画プラットフォーム Twitch のCEO を務めていた人物で、2023年3月にその職を退いていた。同氏は、AI への規制に賛成する立場を取っている。シリコンバレーでは現在、AI を含めたテクノロジーを加速させることに賛成し、AI の進化を「減速」させるような規制を敵だと主張する効果的加速主義(e/acc)という立場が台頭しているが、シアー氏は「減速」への賛成を声高に支持する。
今後シアー氏がどのような舵取りをするのか注目されるが、少なくとも OpenAI が AI の開発・進化という側面で停滞する可能性は高い。従業員からの「反乱」に直面しており、投資家メンバーである Khosla Ventures のビノッド・コースラ氏からは、「(シアー氏が)OpenAI 唯一の従業員になる前に、辞任する時です」と言われている。
アルトマン氏、ブロックマン氏、その他の主要な研究者、そして 95% 近い従業員がいなければ、OpenAI は困難な時期に突入する可能性があり、結果として他社の追撃を許す格好になる。
(*2)新しいCEO については、シアー氏の前に、Microsoft 傘下 Github の共同創業者であるナット・フリードマン元CEO と AI スタートアップ Scale AI のアレックス・ワンCEO に打診があったものの、両者ともそれを断ったという。
3. 競合他社への影響は
最後のポイントは、競合他社への影響だ。アルトマン氏の解任は、Google や Amazon 含め、その他のライバル企業にとって追い風になるだろう。OpenAI が製品のアップデートや開発に遅れれば遅れるほど、他社が OpenAI へ追いつき、追い越すチャンスが生まれる。
17日にアルトマン氏解任のニュースが伝わると、Microsoft の株価が下落したかわりに、Google と Amazon の株価が上昇した。Google は Gemini と呼ばれる新しい AI モデルを構築中で、今年中に登場すると見られているが、現状リリースの兆候はない。
現在、Amazon と Google が共に出資をおこなっているのが Anthropic だ。同社は、OpenAI 出身者たちによって創業されたスタートアップで対話型AI「Claude」を開発している。ChatGPT のライバルと目されるが、その差別化ポイントは、多くのチャットボットよりも有害な回答が少ないよう設計されていることだ。Amazon は9月、Google は10月にそれぞれ、40億ドル(約6,000億円)、20億ドル(約3,000億円)を Anthropic に投資すると発表した。
すでに100を超える OpenAI の顧客が、Anthropic、Microsoft、Google への乗り換えを検討していると報じられており、OpenAI へ「壊滅的な打撃」を与える可能性がある。
そして、OpenAI は Anthropic に対して、合併する提案を持ちかけていたと報じられている。これは、Anthropic のダリオ・アモデイCEO に対し、アルトマン氏の後任を打診するという動きの一環だったと見られており、合併の話がどこまで真剣に議論されたかは不明だ。なお、アモデイCEO は Anthropic における立場を理由に、後任の打診を即座に断ったという。
2022年11月30日に ChatGPT が公開されてから約1年弱で、アルトマン氏は OpenAI を去る。アルトマン氏自身「自分の追悼文を読んでいる気分だ」と語った今回の騒動が AI 業界における1つの転換点となるのか、引き続き議論は交わされるだろう。
本記事は、最新の情報をもとに、11月21日12時05分に更新されました。