EA Global Summit, 2015(Robbie Shade, CC BY 2.0 DEED) , Illustration by The HEADLINE

なぜ効果的利他主義は注目され、そして批判されるのか?

公開日 2023年12月14日 18:02,

更新日 2024年01月16日 04:57,

有料記事 / 社会問題・人権 / AI

この記事のまとめ
💡効果的利他主義(EA)はなぜ注目・批判される?

⏩ シリコンバレーの寄付文化と融合して台頭
⏩ EA のアプローチはバンドエイドに過ぎないと批判
⏩ 一部コミュニティではセクハラ含め有害なカルチャーも形成

前回の記事では、効果的利他主義(Effective Altruism、以下 EA)の由来や定義、長期主義への応用について概観した。EA は基本的に、理性と科学的な証拠を重視することで、最もインパクトのある慈善団体に寄付を促すアイデアおよび運動を指す。

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しかし、2023年11月に起きた OpenAI のサム・アルトマンCEO の解任騒動を通じて、EA に対する批判が一挙に押し寄せた。同CEO は、EA を「信じられないほど欠陥のある運動」としている。

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ただ、EA に批判が向けられるのは今回が初めてではない。「強力だが物議を醸すことは避けられないアイデア」とも指摘される通り、そのアイデアおよび実践には度々批判が差し向けられてきた。近年では、コミュニティにおけるハラスメントなど、有害なカルチャーの存在も示唆されている。

なぜ、EA は批判されているのだろうか。その理由を理解するためには、EA が注目を集め、存在感を増してきた背景をおさえておく必要がある。

なぜ注目されるのか?

EA が注目される理由は、大きく2つあり、(1)億万長者による寄付トレンドとの融合(2)AI 開発推進派との対立があげられる。

1. 億万長者による寄付トレンドとの融合

第1に、EA が注目を集めてきた背景には、アメリカの億万長者たちによる寄付トレンドとの融合があげられる。前半の記事で詳述した通り、EA は2000年代中頃からその実践が芽吹き始め、2010年代に広がった。

この時期はちょうど、アメリカのテクノロジー業界を筆頭に、億万長者たちの間で寄付がトレンドになり始めた時期と重なっており、彼らの間での寄付が「急速に進化している」とも言われていた

たとえば、2010年、Microsoft 共同創業者のビル・ゲイツと著名投資家のウォーレン・バフェットは、ギビング・プレッジ(The Giving Pledge、寄付誓約宣言)という寄付の啓蒙活動を始めた。これは、億万長者たちに対して資産の少なくとも 50% を慈善活動に寄付するよう促すもので、2023年現在、240名以上が署名している

署名者の中には、Facebook(現 Meta)共同創業者のマーク・ザッカーバーグCEO とダスティン・モスコヴィッツ、『スター・ウォーズ』シリーズで知られる映画監督のジョージ・ルーカス、EV 大手 Tesla(テスラ)のイーロン・マスクCEO などが含まれる。

特にモスコヴィッツは、明確に EA と親和的な人物だ。英・オックスフォード大学のウィリアム・マッカスキルとトビー・オードらが2009年に設立した、EA の代表的な非営利組織である Giving What We Can は、寄付者に対して「退職するまで収入の少なくとも 10% を寄付」する誓約を立てるよう促すが、モスコヴィッツは2010年にその誓約を立てている


ダスティン・モスコヴィッツ(2017年)(Web Summit, CC BY 2,0 DEED

さらにモスコヴィッツは2011年、パートナーのカリ・ツナと共に慈善団体 Good Ventures を設立し、2012年に著名な EA 団体・Give Well との連携を発表した。このパートナーシップは2014年、Open Philanthropy Project と名付けられ(後に Open Philanthropy に改名)、2017年に独立して運営を開始している

このように、2010年代に EA はシリコンバレーに本格的に浸透し始めた。2013年に EA Global Summit の第1回カンファレンスがカリフォルニア州・サンフランシスコで開催され、PayPal の共同創業者であるピーター・ティールが講演をおこなっている。

2015年の同サミットは、同州・マウンテンビューにある Google のキャンパスで開かれた。登壇者には前述した EA の旗手であるマッカスキルの他、イーロン・マスク、AI 研究の第一人者であるスチュアート・ラッセルなどが名を連ねた。


2015年、Google で開催された EA Global Summit のカンファレンス。スチュアート・ラッセル(右)、イーロン・マスク(中)などが登壇した(Robbie Shade, CC BY 2.0 DEED

このように、2000年代に芽吹き始めた EA の実践は、2010年代に定式化されると同時に、シリコンバレーで流行り出した寄付トレンドと融合していった。

EA のシリコンバレー浸透は、モスコヴィッツを始めとする若き起業家たちに支えられてきた。その背景として、科学的な証拠を重視する EA の方法が、シリコンバレーのデータ重視の行動様式と相性がよかったという点は無視できない。ただ、彼らに寄付のアドバイスをしていたキーパーソンの存在もまた、無視できるものではないだろう。

シリコンバレーの若き起業家にアドバイスをしたキーパーソン

ザッカーバーグCEO やモスヴィッツ夫妻など、シリコンバレーで若くして成功を収め、多額の収入を得ていた起業家たちに寄付のアドバイスをしていた人物がいる。その人物とは、スタンフォード大学経営大学院のローラ・アリラガ=アンドリーセンだ。アンドリーセンという名前に聞き馴染みのある人もいるかもしれないが、夫は著名 VC・Andreessen Horowitz(a16z)のマーク・アンドリーセンだ。


ローラ・アリラガ=アンドリーセン(LauraArAn, CC BY-SA 3.0 DEED

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アリラガ=アンドリーセンは2014年のインタビューで、EA に直接言及していないものの「いかなる種類であっても、感情的な反応に基づいて寄付をしないでください(太字は引用者による、以下同様)と述べ、証拠を重視する EA のアプローチと同様のことを語っている。ただ、彼女自身は地元警察や退役軍人サービス、アートギャラリーなどを支援しており、EA が推薦する慈善団体に寄付しているわけではない。

いずれにしても、アリラガ=アンドリーセンは2010年代のシリコンバレーにおいて、「慈善活動の世界の中心人物」とも言われるほど、若き起業家たちの慈善活動に影響を与えた

このように、EA は2010年代にシリコンバレーに浸透していくことで注目度を高めてきた。ただ、そのアイデアは近年、アリラガ=アンドリーセンの夫であるマーク・アンドリーセンに代表されるような、AI 開発の推進派からバッシングを受けている。

2. AI 開発推進派との対立

第2に、EA、中でも長期主義が最近注目を浴びている理由は、AI 開発の加速を唱える人々(後述)と衝突しているからだ。

長期主義は、基本的には未来に生きる人々も、現在生きている私たちと同様に道徳的に重要であるという考えを指す。そのため、AI が今後さらに進化したとき、人類の存続を脅かすことを警戒する。

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その領域で研究をおこなう代表的存在が、オックスフォード大学傘下の「人類未来研究所」(Future of Humanity Institute)だ。同研究所は2005年に設立され、文字通り人類の未来における問題やリスクに焦点をあてた研究を行っており、同大学のニック・ボストロム教授が所長を務めている。ボストロムは、2014年の著書『スーパーインテリジェンス』の中で、人類の知能をはるかに凌駕する AI(スーパーインテリジェンス)はそう遠くない未来に登場し、人類を滅亡させる可能性があると警鐘を鳴らした。


ニック・ボストロム(Future of Humanity Institute, CC BY 4.0 DEED

また、人類未来研究所には、EA 発案者の1人であるトビー・オード、OpenAI のサム・アルトマンCEO 解任劇に一役買ったと見られているヘレン・トナーも所属している。

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こうした長期主義のアイデアは、EA と同様、シリコンバレーの企業家たちに影響を与えてきた。特に、イーロン・マスクは彼らの考えに同調しており、ボストロムの『スーパーインテリジェンス』やマッカスキルが長期主義を紹介した著作『私たちが未来に負うもの(未邦訳)について、「読む価値がある。私の哲学ととてもよくマッチする」としている(*1)

一方で、マーク・アンドリーセンなどはテクノロジー、特に AI の進化を称賛しており「テクノロジーに解決できない問題はない」と述べ、AI の開発を遅らせようとする(EA のような)人々を「敵」だとしている。

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効果的利他主義(EA)をめぐる関係図(筆者作成)

このように、億万長者の寄付文化と融合することで台頭してきた EA は現在、AI の開発という文脈で注目を集めている。では、EA のアイデアや実践は、具体的にどのような点から批判されているのだろうか。

(*2)しかし、マッカスキルはマスク氏に同意する部分もありつつ、異なる部分もあると述べている。たとえば、マスク氏が目指す宇宙への移住について、マッカスキルは、それが短期的な優先事項ではないとしている。

なぜ批判されるのか?

EA が批判される理由は多岐にわたるが(*3)、大きく(1)バンドエイドに過ぎない(2)目の前の苦しむ人々を無視している(3)3つの事件が評判を傷つけている、という視点があげられる。

(*3)より専門的で詳細な論争については、Hilary Greaves & Therom Pummer (eds.) Effective Altruism: Philosophical Issues などに詳しい。

1. バンドエイドに過ぎない

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✍🏻 著者
シニアリサーチャー
早稲田大学政治学研究科修士課程修了。関心領域は、政治哲学・西洋政治思想史・倫理学など。
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