Valparaíso, Chile(David Vives, Unsplash) , Illustration by The HEADLINE

現実的なラインを引く - イシケンの部屋

公開日 2024年06月11日 21:49,

更新日 2024年06月11日 21:57,

有料記事 / オピニオン

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突然、ニュースと関係ない話をして恐縮なのだが、弊社(The HEADLINE を運営している株式会社リバースタジオでは、ESG 関係のプロジェクトに参加させていただくことが多い。

というのも、人的資本やサステナビリティ、サプライチェーンなどいわゆる ESG および非財務情報として位置づけられるイシューは、情報収集が重要になるからだ。弊社は、クローラー・AI・記事/画像生成など情報収集や速報を支える基盤技術に強みを持っており、その技術を情報収集 SaaS の Insights に活用したり、個社のニーズに合わせて提供している。

また弊社のリサーチャーは、人権や倫理領域に関心を持つ人間が多い。自身のバックグラウンドは政治思想や歴史であるが、それ以外にも多くが、政治哲学・倫理学・公共政策などで大学院に行き、修士号や博士号を保持している。具体的に言えば人権や平等論、ジェンダー、世代間正義と気候変動など、いわゆる「ビジネスと人権」領域とも関係が深い分野への学術的バックグラウンドを持ちつつ、その社会実装に一定の知見と強い関心を有しているチームだと言える。

そんなわけで、情報収集と「ビジネスと人権」が交わる ESG 領域において、企業としてプロジェクトに参画させていただくことが多い。

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そこで毎回思うことが、現実的なラインを引くことの難しさと面白さだ。

一般的に、人権や倫理領域などの学術的議論では、それがどう社会実装されるかは主要な論争ではないし、(*)人権などの規範的価値が "実装すべき理由" と合致していないことも多い。

たとえば、コンサルティング企業 PwC は、企業が人権リスクに対応すべき理由として、レピュテーションリスク・オペレーショナルリスク・法務リスク・財務リスクを指摘する。しかし、そもそも企業や社会が人権について思慮すべきなのは、それが「経営リスクであるから」ではなく、市民の人権が承認されている状態が「世界における自由、正義及び平和の基礎」であるから、とも言えよう。

こうした議論は、女性活躍の文脈でも、しばしば見受けられる。女性活躍やジェンダー平等を推進すべき理由として、多様性が尊重されている企業の方が競争力が上がるから、という意見がある。それが因果関係なのか相関関係なのかはさておき、ビジネスの場に人権概念が持ち込まれる際の常套句ではある。

多くの人は、「企業のパフォーマンスが高まるから、黒人を登用する」という論理が、適切でないことは分かるだろう。ジェンダーやフェミニズムの問題は、企業の競争力向上や炎上リスクの低減などの「手段」として用いられるべきではなく、あくまでも私たちの社会をより良い場所にするため、女性やセクシュアル・マイノリティの権利擁護を実現するという「目的」として捉えるべき、だと言える。

(*)もちろんこれは一般論であり、そもそもビジネスと人権という分野、あるいはそうした分野の中でも特に国際ルールや法的枠組み、企業統治をめぐる学術的議論は豊富にあり、それらはまさに、その実装のあり方を議論している。

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ところが、こうした議論において生まれてくるのが、「人権そのものが目的として重要であっても、そうした言い方をしなければ、多くの意思決定者から納得されない」という主張だ。要は、人権尊重という疑いようのない目的のためならば、その手段を(あまり深く)問うべきではない、という論理だ。

もちろん、この論理には大きな穴がある。たとえば、人権やマイノリティの権利を「手段」として用いることで、その価値が毀損される懸念や、経営上の利益を追求するために、その権利がバーター的に取引されることへの危惧だ。とはいえ、こうした論理に徹底抗戦した結果、当初の目的が達成されなければ元も子もない、ことも間違いない。

こうした考え方をひとまず「手段としての人権」と呼ぶ。この記事は、その規範的主張の是非を判断するものではない。

「手段としての人権」は、時に「妥協の産物」あるいは「ビジネス上の方便」とも取られかねない。しかし個人的には、その価値は一定度擁護されるべきだと考えている。

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冒頭で述べた ESG のプロジェクトにおいて、単年度で取り組みが完結するケースは、ほとんど無い。人権デュー・ディリジェンスが「多くの企業にとって、人的・経済的リソースの制約等を踏まえると、全ての 取組を直ちに行うことは困難である」と指摘されるように、「企業は、人権尊重の取組の最終目標を認識しながら、まず、より深刻度の高い人権への負の影響から優先して取り組む」ことになるし、そうすべきである。

たとえば、単年度ではサプライチェーンのうち影響の大きな企業のみを対象としたり、インパクトがある負の影響のみを是正することが望ましく、次年度から少しずつ調査範囲や是正領域を拡大していくことになる。その際に、人権そのものの価値ではなく、経営上のリスクを訴えることで経営陣を説得する場面も多いだろう。

こうした実装は、ある意味では「妥協の産物」でもあるし、そのプロセスにおいて「ビジネス上の方便」が求められることも間違いない。時には手段と目的が逆転していると感じることもあるし、実際にそうなっているプロジェクトも多々あるはずだ。

繰り返しとなるが、ここではその規範的価値を論じたいわけではない。ただ筆者が述べたいのは、そのプロセスで発生する「現実的なラインを引く」という作業は、当たり前に困難を伴うものであると同時に、時には興味深く、また一定度の価値を持つ行為である、ということだ。

このことは、ビジネスの現場において当然のことのようにも聞こえる。筆者は、前職では大企業の DX プロジェクトを担当していたが、大規模にシステムを導入したり、業務プロセスのデジタル化を推進することは、基本的には「現実的なラインを引く」ことの繰り返しだ。DX に限らず、多くのプロジェクトはその反復作業であるし、"根回し" や "調整" が仕事の大半を占めることに辟易としている人も多いはずだ。

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にもかかわらず、「現実的なラインを引く」ことの価値は、やはり過小評価されているように感じる。少なくとも「ビジネスと人権」領域における「現実的なラインを引く」ことの実践的示唆は、人権や倫理領域の学術的議論が社会実装されるプロセスにおいて、重要な役割を果たしている。

もちろんこれは、実務家が学術的議論を軽視しているということでもなければ、学術的議論が実務から乖離した空虚なものであると言いたいわけではない。むしろ事実はその逆であり、人権法や国際法、様々な商慣習や制度的な枠組みなど、「ビジネスと人権」領域においては、かつて無いほど専門的な知見が実務的な参照を受けている。

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有料記事 / 経済

その意味では、誰もが「現実的なラインを引く」ことの価値を根本的には理解しているとも言えるのだが、このプロセスがしばしば理想と現実の乖離を強調し、チームや個人に疲弊をもたらし、何度も困難を生じさせ、時には徒労に終わることを考えれば、その価値を強調しても、し過ぎることはないのだろう。

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本誌では、過去に大手テクノロジー企業 Palantir に関する記事を幾つか出してきた。

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✍🏻 著者
編集長 / 早稲田大学招聘講師
1989年東京都生まれ。2015年、起業した会社を東証一部上場企業に売却後、2020年に本誌立ち上げ。早稲田大学政治学研究科 修士課程修了(政治学)。日テレ系『DayDay.』火曜日コメンテーターの他、『スッキリ』(月曜日)、Abema TV『ABEMAヒルズ』、現代ビジネス、TBS系『サンデー・ジャポン』などでもニュース解説。関心領域は、メディアや政治思想、近代東アジアなど。
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