世界に衝撃を与えた「キプロス文書」、中ロなどの犯罪者がEU市民権を獲得する衝撃

政治・国際関係

公開日 2020/09/10 16:26,

更新日 2020/09/10 21:53

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中東の衛星テレビ局アルジャジーラが今月23日、独占調査レポートとしてキプロス文書(The Cyprus Paperにまつわる報道を発表した。キプロス文書とは、犯罪者や指名手配犯らが、キプロス政府からEU市民権を得ていたことを示唆する書類が含まれている文書であり、その存在は欧州を中心として世界へ衝撃を与えた。

キプロス文書とは具体的にどのような文書で、どのような意味を持つのだろうか。

キプロス文書とはどのような文書か

キプロス文書とは、中東のテレビ局アルジャジーラの調査ユニットが独占的に入手した文書の名前である。

この文書は、キプロス共和国が運営する「キプロス投資プログラム(CIP)」で承認されたパスポート申請書1,400件以上からなる。CIPは、少なくとも215万ユーロ(250万ドル)をキプロス国内に投資することで、キプロスのパスポートを購入できる制度で、アルジャジーラが入手した申請書は、2017年から2019年までの2年間に提出されたものだ。申請者の家族も含めると、欧州のパスポートを付与された個人の総数は約2,500人になっている。

キプロスはEU加盟国であり、同国のパスポートを所持している者はEU市民とみなされる。EU市民は、27ヶ国すべてのEU加盟国で自由に生活・仕事・旅行をすることができ、176ヶ国へのビザなし渡航が可能となる。そのため、同国のパスポートは、ヨーロッパへのアクセスが制限されている国の国籍を持つ富裕層から人気が高く、パスポートは「ゴールデンパスポート」と呼ばれることもある。すなわち、キプロスのパスポートをCIPを通じて取得できれば、EU圏外の出身者でも、EU市民としての権利や恩恵を享受できることとなるのだ。

当該期間中に寄せられた市民権の申請は世界各地、合計70カ国以上からのものだ。最も申請者数の多い国は、ロシア(1,000人)、中国(500人)、ウクライナ(100人)だった。そして、レバノン、ヨルダン、イラン、エジプト、インド、南アフリカ、アメリカ、イギリス、マリ、モロッコ、イスラエル、パレスチナ、韓国、サウジアラビアなどが並んでいる

なお、市民権の販売は、欧州の小国にとっては大きなビジネスとなっている。2008年のリーマン・ショック後、経済再生の一助にするため、不動産購入などの投資と引き換えに永住権を与える制度を導入したり、拡充したりする国が増えた。

CIPと似た制度は、2011年以降、マルタ、オーストリア、ブルガリア、ハンガリーなどでも実施されている。実際に、マルタの中央銀行は、この個人投資家制度がマルタの住宅価格や賃貸価格を毎年数%押し上げている要因の一つになっていると指摘している。CIPもキプロスの重要な収入源であり、推定によれば7年間で約80億ドルの経済効果を生み出したとされている。

なぜキプロス文書は注目されるのか

キプロス文書は、キプロス政府のスキャンダルを示唆する文書として注目を集めている。

キプロス文書の中には、犯罪者や指名手配犯、PEPs(”Politically Exposed Person”の略、「政治的要職にある人」の意)が同国政府からEU市民権を得ていたことを示す書類も数十件以上含まれていたからだ。

CIPの参加者は、申請時にキプロス政府から2つの条件を課される。それは、申請者がキプロス国内で少なくとも215万ユーロ(250万ドル)を投資することと、申請者に犯罪歴がないことである。

また、明示的には禁じられていないが、PEPsと呼称される政府高官らの参加も、一般的には推奨されない。なぜなら、マネーロンダリング対策・規制を扱う政府間機関であるFATF(金融活動作業部会)の基準で、PEPsと認定される人は、重要な監視対象として厳格なチェックを受ける必要があるとされているからだ。これは、PEPsが公的資源へのアクセス権を持ち、行政側の役人として意思決定を行う立場にあるため、腐敗の温床となるリスクが高いことを理由としている。

しかしそれにもかかわらず、これらの人物からの申請書がキプロスの行政機関によって受理され、承認されていたことが確認された。

実際にキプロス文書に名前が挙げられた著名な人物の例を見ていこう。

ブリスマとガスプロムの関係者

指名手配を受けている人物の例としては、次のような大企業の経営者がいる。

ウクライナ最大の民間ガス生産会社ブリスマの創業者であり、同国の環境保全・天然資源大臣も務めたミコラ・ズロチェフスキー氏は、キプロス文書に名が載っている1人だ。ズロチェフスキー氏は2012年に閣僚職を退いて以来、汚職容疑で捜査を受けている。さらに2020年6月、ウクライナの検察官は捜査を取り下げるためにズロチェフスキー氏から600万ドルの現金を提示されたという。彼は2017年12月1日にキプロスのパスポートを取得し、現在はウクライナ検察の捜査の手が及ばないモナコに住んでいると報じられている

ロシアにある世界最大の天然ガス企業ガスプロムの元経営者であるニコライ・ゴルノフスキー氏も同様に、CIPを利用してパスポートの申請をしている。ゴルノフスキー氏は、キプロスが2019年に彼のパスポートを承認したとき、すでにガスプロム経営者としての権力乱用のためにロシアの指名手配リストに載っていた。彼もまた自国に送還されておらず、逃走を続けている。

各国の政治家や政府高官

中東などを中心に、PEPs(政治的要職にある人物)の名前も挙がっている。

アフガニスタンの国会下院議長であるミール・ラフマン・ラフマニ氏は、自身と妻、3人の娘のパスポートをCIPを通じて購入した。ラフマニ氏は元将軍で、アフガニスタン政府と米軍との間で燃料や輸送の契約を扱い、成功を収めたビジネスマンである。

その他にも、サウジアラビア総合投資院の委員を務めるモハメッド・ジャミール氏や、ロシアのヴァディム・モスコヴィッチ元上院議員、ウクライナのヴォロディミル・ズブキー元国民議会議員、レバノンの大富豪ナジーブ・ミカティ元首相の弟であるタハ・ミカティ氏、ベトナム議会でホーチミン市の代表を務めるファム・フー・クオック氏らの名前が確認できる。

中国の要人の名も

また、ロシア人についで人数が多かった中国人では、6人の名前が公開されている。

中国最大の不動産開発会社「碧桂園(カントリーガーデン)」創業者の次女で、アジアで最も裕福な女性として知られる杨惠妍氏を始めとして、成都人民代表大会の代議員である陆文斌氏、武漢市黃陂区のCPPCCメンバーである陈安林氏、元浙江省金華市の方CPPCCメンバー傅政军氏、山東省濱州市のCPPCCメンバー赵振鹏氏など、複数の省や市の高官の名が連なっている。

不十分だったデューデリジェンス

上記の例は、キプロス政府が数十件のケースでデューデリジェンスを怠り、犯罪者や国際的な制裁を受けている人々がEU加盟国の市民権を購入できるようにしていたことを示している。

キプロス政府は独自の規則により、CIP承認の過程でユーロポールとインターポールのデータベースのフォローアップチェックをおこなうことを義務付けられている。しかし実際には、申請者自身が自国の当局からの身元調査書類を提出するだけで済ませられていた。

そのため申請の却下率は低く、2013年から2018年の間でわずか2%だったことが報じられている

CIPがもたらすリスク

以上のような問題を抱えるCIPという投資スキームは、具体的にどのようなリスクを孕むのだろうか。それは安全保障上の脅威と、汚職・不正の抜け穴という2点に分けて考えることができる。

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著者
早稲田大学政治経済学部卒業後、株式会社マイナースタジオの立ち上げに参画。関心領域は、政治思想や東南アジアの政治経済など。Twitter : @akabaneshuta
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