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なぜ自民党は、法人税引き上げを提案しているのか?

公開日 2022年06月21日 19:50,

更新日 2023年09月19日 11:02,

有料記事 / 国内

5月18日の自民党・税制調査会で、2023年度税制改正案の1つとして法人税の"引き上げ"が提案されていることがわかった。設備投資などへの減税措置も拡充することで、増税と減税を組み合わせ、企業にも「貯蓄から投資」を強く促す考えだ。

法人税率については、1980年代から国際的な引き下げ競争が続いており、日本もその流れの中にある。一方、去年10月には国際的に加熱する法人税の引き下げ競争に歯止めをかけるため、最低税率15%の課税ルールが合意されるなど、これらを見直す動きも出始めた。

7月に行われる参院選をめぐっても、法人税は議論の的となっている。共産党が過去の法人税引き下げを批判する他、消費税が増税となる一方で法人税は減税されてきた歴史を批判するれいわ新選組・大石あきこ議員に対して、自民党・高市早苗議員が反論するなど、大企業や富裕層優遇を批判する文脈で、法人税は槍玉に挙がっている

では、なぜ今、法人税は"引き上げ"の議論が出始めているのだろうか?なぜこれまで引き下げ路線が続いていたにもかかわらず、変化が生じているのだろうか?

法人税とは?

まず法人税の概要や税率の推移などについて、簡単に確認する。

そもそも法人に対して課される税金は、国税の法人税と、地方税の法人住民税や法人事業税に分類される。国税の法人税は、国内に本社あるいは主な事業所を構える法人を対象として、企業活動により得られる所得(*1)課される(*2)を指す。また法人住民税は、法人の所在に課され、法人事業税は法人税と同じく所得に課されるものだ。

2021年度の法人税収(予算)は、9.0兆円で全体の税収(57.4兆円)のうち約15.7%を占め、消費税(35.3%)、所得税(27.4%)に次いで、3番目に多い税収源なっている

(*1)具体的には、商品の売上収入や土地や事業の売却収入といった益金から、原価や損失といった損金を引いたものを指す。
(*2)ただし、この税は「各事業年度の所得に対する法人税」で、法人税法では他にも「​​各連結事業年度の所得に対する法人税」と「退職年金等積立金に対する法人税」が定められている。

日本の法人税は高いのか?

では、日本の法人税は国際的に見てどのような水準にあるのだろうか?

国税の法人税率は23.2%(*3)定められ、法人住民税や法人事業税などの地方税率は合わせて約6%となっている。この国税と地方税を合わせて、法人に対して実際に課される税率のことを法人税の実効税率と呼び、財務省は日本の実効税率を29.74%と定めている

この実効税率は、国際的に見ると相対的に高い水準だ。例えば、G7の国々と比較すると、日本の実効税率を上回るのはドイツ(29.83%)のみで、米国(27.98%)カナダ(26.50%)フランス(25.00%)イタリア(24.00%)英国(19.00%、*4)はいずれも日本より低い水準に位置する。

また地方税では標準よりも高い税率を設定する超過税率や不均一課税などの税制度によって実効税率が財務省の基準よりも高くなることもある。例えば、法人本社が東京都にある場合、法人税の実効税率は30.62%(外形標準課税を課されない中小企業だと、約35%)になる。

(*3)厳密には法人の規模によって異なり、資本金が1億円以下の法人には軽減税率が適用され、800万円までの所得には15%、それ以上の所得には19%の税率が適用される。
(*4)英国は2023年から法人税率を25.00%に引き上げることを決定している。

国際的な法人税引き下げ競争

法人税をめぐっては、国際的に引き下げ競争が起こっている。世界的に法人税率は下落傾向にあり、2000年の平均法定税率は28.6%だったが、2018年には21.4%まで下落している。

また、こうした引き下げ競争は、国家間の法人税率の「差分」を利用する租税回避の志向を強めてきた。わかりやすい例は、法人税のない国に実態のない事業所をおいて課税を逃れるタックスヘイブンだろう。日系企業を含む企業の租税回避は、パナマ文書などによって広く知られるようになった。

こうした動きを規制しようと、2021年にはOECD諸国で最低法人税率を15%に設定する国際ルールが合意され、タックスヘイブンを利用する租税回避の動きには歯止めがかかりはじめた。

関連記事:国際最低法人税率とは何か?

制度的な法人税軽減

租税回避の規制が強まっているとはいえ、既存制度を利用して税を軽減している企業は存在する。例えば、2018年と2019年にそれぞれ約2兆円の利益を出したソフトバンクグループは、欠損金繰越控除制度と外国子会社配当益金不算入(*5)という2つの制度を利用して、法人税を500万円に抑えることができた(*6)

他にも税制上の減税措置が大企業へ偏ることで、結果として相対的に大企業の法人税が軽減されていることも指摘されている。たとえば第2次安倍政権で成立した租税特別措置法は、試験開発を実施する企業に最大で法人税の20%分の減税をするなどの減税措置を定めている。その減税額は2013年から2018年で総額約6兆円に及び、かつ企業全体の0.1%にあたる巨大企業(資本金100億円超)向けの減税措置が、約63%(約3兆8,000億円)を占めていた

(*5)外国子会社配当益金不算入とは、海外で現地企業から日本企業が配当を受けた場合に、その配当に対して現地国と日本が課税して二重課税になるのを防ぐため、日本では法人税の対象とならないという仕組み。
(*6)より厳密にはソフトバンクグループは、2016年に半導体設計大手の英・アームとその持ち株会社アームホールディングス(HD)を買収した。そして2018年3月に同グループは、アームHDから75%のアームの株式を配当として受け取った。すると、同グループは株式を課税なしで取得できた他、持株会社でしかないアームHDも75%の株式を失ったことで、企業価値(アームHDの株式)も下落した。そして、この安くなった株式を別の会社に移すことで、買収時との差額、つまり損失が生まれた。そこで、同グループはこの損失を決算に計上させ、会計上は数兆円の利益を相殺することができた。

税率引き下げと課税ベース拡大

こうした国際的な流れを受けて、日本の法人税率も引き下げられてきた。法人税の実効税率は、2015年度に37.00%から32.11%へと引き下げられ、2016・2017年度には29.97%、そして2018年度からは現在の29.74%となっている。

その際に重視されたのは「課税ベースを拡大しつつ、税率を引き下げる」という方針だ。この方針が取られた理由は後述するが、まずは課税ベースについて見ていく。

課税ベースとは、課税対象となる所得や資産の範囲を意味する。例えば、税率30%で課税額が100万円の場合、収める税金は30万円(=100万円×30%)となる。もし税率を25%に引き下げ、課税額が100万円のままの場合、収める税金は25万円だが、課税ベースを拡大して120万にすると、収める税金は30万円(=120万円×25%)で、納税額は税率の引き下げ前後で同水準となる。

つまり税率を引き下げても、その課税範囲を拡大すれば、最終的な税収に変化は生じない仕組みだ。

課税ベース拡大による税収維持

この背景には、増加傾向にある国家予算を踏まえ、税率を引き下げたとしても税収を維持する狙いがある。それを詳しく見るために、現行の法人税制度を策定した2015年と2016年の2つの税制改革「成長志向の法人税改革」に焦点を当てよう。

まず課税ベースの拡大としては、租税特別措置(税控除)や欠損金繰越控除制度(*7)の見直し、外形標準課税(法人事業税)の拡大などによって、課税対象の拡大や税控除の取り消しが行われた。一方の税率の引き下げでは、実効税率が34.62%から現行の29.74%に引き下げられた

法人税収の推移を見てみると、2度の税制改革以降も11兆円前後の税収を維持しており、国からすれば課税ベースを拡大することで、税率引き下げによる税収低下を避けることができたと言える。

(*7)欠損金の繰越とは、ある事業年度の赤字を次年度以降(最大9年間)も繰り越すことができ、次年度以降の所得(黒字)と相殺することができる仕組みのことだ。例えば、ある年に100億円の赤字を出し、それ以降は継続的に20億円の黒字を出す場合、5年後までは繰り越した赤字分と所得が相殺されるため、法人税はかからない。

「成長」のための法人税引き下げ

社会保障費の増大などにより慢性的な財政赤字が続く日本にとって、税収維持が大きな課題であるにもかかわらず、課税ベース拡大をしつつ法人税引き下げが続いてきたのは、

「稼ぐ力」のある企業等の税負担を軽減することで、企業に対して、収益力拡大に向けた前向きな投資や、継続的・積極的な賃上げが可能な体質への転換を促すため

だ。これは「成長志向の法人税改革」と呼ばれ法人税を抑えることで、投資の増加や生産性・生産高の向上、ひいては経済成長や国民総所得の増加に繋がるという考え方だ。

具体的には、法人税率が1%減少すると、企業は設備投資を約4.7%、事業のための借り入れを5.2%分上昇させることがわかっており、0.2%のGDP成長に繋がる。例えば、アイルランドは1990年以降、法人税率を40%から現行の12.5%まで引き下げているものの、2014年の評価では、2005年の同国GNPは、法人税率を引き下げなかった場合よりも3.7%ポイント大きくなったことがわかっている

正反対に高い法人税率では、企業の対内投資が減少する他、所得の減少が製品価格や賃金、配当に転嫁され、消費者や労働者、株主に負担が降ってくることもある。また海外企業の参入を抑制するという点でも、高い法人税率は悪影響がある。他にも、日本においては、経済全体の資源配分の効率性を指す経済厚生を最大化するのは、法人税を一部含む資本所得税がない税制であることも指摘されている。

なぜ法人税引き上げ検討?

ここまで、日本を含めて国際的に法人税引き下げが進められてきたこと、その背景には法人税の引き下げによって投資の増加や生産性向上に繋げ、経済成長を目指していく考え方があることを見てきた。

それらを踏まえると、5月の税制調査会で提案された法人税引き上げは、企業の投資意欲を削ぎ、経済を締め付けるリスクがあるとも言える。

では、なぜ自民党の税制調査会は法人税の引き上げを検討しているのだろうか?

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✍🏻 著者
ウォーリック大学政治学修士課程
The HEADLINEリサーチャー. ウォーリック大学(英国)政治・法理論修士課程. 関心領域は、平等論やケイパビリティアプローチ、倫理と公共政策、ホームレス問題など.
編集長 / 早稲田大学招聘講師
1989年東京都生まれ。2015年、起業した会社を東証一部上場企業に売却後、2020年に本誌立ち上げ。早稲田大学政治学研究科 修士課程修了(政治学)。日テレ系『DayDay.』火曜日コメンテーターの他、『スッキリ』(月曜日)、Abema TV『ABEMAヒルズ』、現代ビジネス、TBS系『サンデー・ジャポン』などでもニュース解説。関心領域は、メディアや政治思想、近代東アジアなど。
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