New York, United States(Andrea Cau, Unsplash) , Illustration by The HEADLINE

アフター・コロナに生じる変化 - 3つの分類による検討 -

公開日 2020年05月11日 07:17,

更新日 2023年09月15日 18:01,

無料記事 / 社会

前回、ニューノーマルについて「変化が起きるには時間がかかり、問題は従来から起きていた経済的格差である」という主張をおこなった。今回は、その変化について詳細に検討していく。

すでに「アフター・コロナ後の世界はこうなる」という未来予測は数多く出ているが、その予測をいくつかの類型に分けて整理した上で、実際に起こり得る変化とそうでないものを区別していく。

具体的には、起こり得る変化を「公衆衛生上の変化(一時的変化)」「合理的変化」と「規範・文化的な変容を伴う変化」に分類して、いくつかの具体的事例とともに検討する。

1つ目は新型コロナの感染拡大を防ぐための一時的な生活習慣の変化であり、例えば「リモート飲み」のような行為を指す。2つ目は、コロナ禍を契機として生まれた新しい変化ではあるが、「リモートワーク」のように、個人や社会にとって合理的な変化であるため早期に定着する。3つ目は、一定度の合理的変化ではあるが、何かしらの文化・社会的規範な影響されるため、変化に長い時間がかかるものだ。例えば、ライブに足を運んだり、宗教的な集会などが含まれる。

こうした分類は、政治学における著名な研究者であるロナルド・イングルハート(『文化的進化論 人びとの価値観と行動が世界をつくりかえる』勁草書房、2019年)の見解を踏まえるとわかりやすい。まずは、彼の研究を簡単に見ておこう。

社会におこる変化

イングルハートによれば、戦後世界は大規模な戦争の不在や飢餓の減少によって、人々の価値観や世界観が大きく塗り替えられた。それまで経済や身体の安全(生存)が重視されたきたが、社会が安全になっていくにつれて、自己表現重視の価値観に切り替わっていった。これによりジェンダー平等や外国人などへの寛容、表現の自由が重視されるようになった。

しかし、生存への安心感によって人々の価値観が決定する以外にも、歴史・文化的な要因も重要である。マックス・ウェーバーなどの古典的論者は、科学的知識の普及に伴って、宗教的な営みは消えていくと考えたが、実際にはそうはならなかった。

『国家はなぜ衰退するのか』でよく知られるダロン・アセモグルとジェイムズ・ロビンソンによれば、国家の繁栄はより良い制度から生まれる。しかし現実には、より良い制度が出来るまでにかかる時間は、国によって様々だ。長期的には多くの国家が開かれた社会へと向かっていくだろうが、文化的変化は経路依存であり、伝統は強固に社会を縛るため、開かれた国になるまでの時間は異なる。

このように考えると、コロナ禍のみで社会が劇的に変化していくと考えるのは安直だ。短期的に起こりえる変化と、時間がかかる変化を区別する必要があり、後者については文化的・規範的な制約が大きな影響を及ぼす。

そこで、以下のように分類をおこない、変化の性質について見ていく。

変化の名称 変化の有無 変化のスパン
公衆衛生上の変化(一時的変化) なし ロックダウン後に戻る
合理的変化 あり 数年から5年間程度
規範・文化的な変容を伴う変化 あり 5年以上

 

公衆衛生上の変化(一時的変化)

公衆衛生上の変化は、一時的な変化に過ぎない。これらは、コロナの感染拡大を防ぐため人々に強いられた行動様式ではあるが、非合理的であったり、極端な不便を強いることから、コロナの終焉と共にすぐに以前の状態へと戻る。

いくつかの記事では、パンデミック下の生活 = コロナ禍が終息した後の生活だと考えているが、それは間違いだ。大規模なパンデミックが起こる頻度は高くないし(スペインかぜは100年前の出来事)、コロナが沈静化した後に人々は再び街に出ていくだろう。

以下の項目は、これにあたる。

  • ソーシャル・ディスタンシングや三密の実施
    ソーシャル・ディスタンシングを取り続ける社会は多いだろうが、人々は忘れ、そして再びロックダウンが繰り返されるサイクルが起こるかもしれない。いずれにしても、1-2年でワクチンなどが生まれれば、すぐにこうした文化は消え去る。
  • リモート飲みや離れた家族とのデジタル面会
    これらはあくまで仕方なくおこなわれている行為だ。選択肢としては増えていくだろうが、感染症が存在しなければ、これらが支配的な文化になる論理的理由は存在しない。
  • 国内 / 国外旅行の制限
    インターネットやVR/ARなど新たなテクノロジーによって、現地に行かずとも観光を楽しむ方法は増えたが、実際に旅行する体験とは置き換えづらい。
  • 外出・外食の急減
    レストランや小売にとってこれらが一時的な変化なのは朗報に見えるかもしれないが、実際は異なるだろう。現実の店舗は、ますます付加価値を求められ、オンラインショッピング自体は増加していくため、引き続き産業としては苦境に陥るはずだ。
  • 消費意欲の減退
    単一のイベントが景気サイクルを変えることはない。中長期的に景気は減速したり、強気相場を迎えるのは普遍的な法則だ。

こうした変化は、一律に以前の状態に戻っていくわけではない。ソーシャル・ディスタンシングはワクチンや特効薬が出来るまで実施されるだろうが、消費意欲については外出自粛の終了とともに戻ってくるだろう。どれだけ消費意欲が増えても、旅行の制限は各国政府の対応によって決定する。

しかし共通して言えることは、これらはラディカルな変化ではなく、あくまで一時的な行動制限にともなう変容に過ぎないということだ。

合理的変化

合理的変化は、コロナ禍による行動変容によって生じたもののうち、数年から5年程度の短期間で社会に定着する。これらは規範や文化的な制約を受けづらく、技術的・制度的な制約がある場合、新たなビジネスモデルなどが生まれてくることで解消される。

以下の項目は、これにあたる。

  • リモートワークの増加・オフィススペースの削減
    企業にとって、リモートワークを増やすことは合理的な選択だ。賃料を削減し、固定費を下げることに繋がる。シェアオフィスの利用が増えるかもしれないし、家で快適に仕事をするための様々なツール・サービスが伸びていくだろう。
  • 出張の減少
    アメリカのように都市間の距離が大きな国ではなくとも、今回のコロナ禍が出張を減らす口実になるだろう。
  • 正社員からギグワーカー・非正規雇用への切り替え
    固定費という意味では、正社員も不必要な存在だ。アウトソーシングやギグワーカーの流れは最近になって生まれたものではないが、ますます加速するはずだ。
  • ハンコ文化の消滅
    日本の悪名高きハンコ文化は、そう長くないうちに消え去るだろう。
  • オンライン教育の普及
    この問題は、単純ではない。例えば高等教育機関であれば、図書館や研究施設は引き続き物理的なスペースを要する。オンラインで受けれる授業は増えるが、その効果に疑問も持たれるため、授業や聴講者のパフォーマンスを把握するための、何らかの指標や仕組みが登場するだろう。
  • オンライン診療
    現状では規制されているものの、事業者も消費者も望んでおり、急速に進展していく可能性が高い
  • 政府・企業のデジタル化
    政府のデジタル化が進むことを意外に思う人がいるかもしれないが、給付金の申請・給付をオンラインで完結させる必要があり、デジタル化への移行が進むきっかけになるかもしれない。
  • サプライチェーンのあり方
    中国偏重への危機感から、サプライチェーンを国内に移したり、東南アジアなど各国に分散させる動きが出てくるだろう。
  • 工場の機械化
    経済を止めずに人々を危機から守るためには、その仕事をロボットにやらせることだ。
  • デリバリーやテイクアウトの増加
    すでにデリバリーに特化したゴースト・レストランという業種が生まれているが、テイクアウトもおこなえる形態のゴーストレストランも出てくるだろう。
  • テック企業のインフラ化
    2019年までは、寡占化して人々の個人情報を吸い上げるテクノロジー企業を批判する「テックラッシュ」という動きが強くなっていった。Amazonやテクノロジー・ツールがインフラ化する中、こうした動きに変化が生まれるかもしれない。ただし、そこに政府が介入する可能性もある。
  • メンタルヘルスの問題に対処する企業・サービスの増加
    メンタルヘルスは、現代の最も大きな問題の1つだ。ここに対する単一の賢いソリューションは生まれていない。リモートワークが進むことで、こうした問題に向き合う企業は増えていくかもしれない。
  • 健康管理の新たな形
    中国では施設に入る際の検温が一般化しているが、これらはスマートフォンを通じて効率化されるかもしれない。検温が一般化するのは規範的制約があるため、よりカジュアルな健康管理を指している。
  • オンラインショッピングの多様化
    オンラインショッピングが便利であることには多くの人が気づいたが、より多様な購買のあり方が生まれてくる。ウィンドウショッピング専門のメディアかもしれないし、デパートをオンラインに再現した、ショップのアグリゲーション・メディアかもしれない。
  • オンラインイベントの増加
    オンラインでライブを同時視聴したり、Fortniteでイベントに参加することは、ますます当たり前になるだろう。

いずれも、コロナ禍によって生じた突発的な変化ではなく、従来からあった変化が決定的になっただけと言える。コロナによる強制的な実施によって、変化の速度が早まった項目が該当する。

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規範・文化的な変容を伴う変化

規範・文化的な変容を伴う変化は、一定度まで合理的な変化であるが、規範・文化的な変容を伴うため、変化に長い時間がかかる。

以下の項目は、これにあたる。

  • 映画やライブ、スポーツなどエンターテインメントの消費のあり方
    オンラインイベントの増加と矛盾するわけではない。全てのイベントはオンラインで楽しめるものの、実際の場が持つ価値も大きいため、単にオンライン化されるだけで人々は満足しないだろう。
  • 宗教的・思想的な目的を持った集会のオンライン化
    韓国では新興宗教の集会でクラスターが発生したが、大人数が物理的な空間に集まることの危険性があったとしても、精神的な拠り所として集会や現実的な接触を伴うコミュニティーは、むしろ増えていく。
  • 政府やテック企業への個人情報の提供
    コロナ禍によって位置情報の取得がおこなわれているが、引き続きプライバシーへの懸念は強い。時間が経てば人々の認識は変化するだろうが、政府が大胆な施策を講じる必要がある。
  • 不必要な仕事・職種の削減、それによる高失業率への政府・社会による対処
    人々は不必要な仕事が多くあることに気づいたが、社会全体で雇用を減らすことは大きな弊害を生む。社会保障とあわせた問題であり、ベーシックインカムの議論とあわせておこなわれる必要がある。
  • 田舎・地方への移住
    リモートワークが進んだとしても、消費のあり方などが変容しない限り、都市から移住するインセンティブは限定的だろう。
  • 消費から生産的な活動
    人々は消費するだけでなく、自らDIYや食事などをつくるようになる。生産したものを販売する人も増えていく。これをビジネスチャンスとする企業は増えていくが、生産者がマジョリティになるには時間が必要かもしれない。
  • コミュニティーの再構築
    ロックダウン中、隣人に買い物を助けてもらう状況が増えたものの、空洞化したコミュニティーが再構築されるには長い時間がかかる。
  • 公園やパブリックスペースの増加
    都市計画は見直されるかもしれないが、そこには長い時間を要する。スマートシティなど中長期的に計画されているプロジェクトに影響が出るかもしれない。
  • 中央政府と地方の行政の関係性
    緊急事態宣言によって中央と地方政府の緊張関係が目立ったが、地方分権にいたるのは長い時間がかかる。
  • 社会保障のあり方
    ベーシックインカムの導入など、社会保障の在り方について散発的な議論はおこるだろうが、実現までの道は果てしない(2008年の金融危機にも見かけた議論だ)
  • 育児や介護などケアの領域の賃金上昇
    社会にとって不可欠な仕事だと認識されたものの、実際に賃金・待遇が向上するためには時間がかかる。ケアワーカーや社会のインフラに従事する人々の待遇が向上するためには、大きな社会不安が必要となるのかもしれない。
  • 企業などが、政治やビジネスに加えて、疫学的リスクの評価をおこなう
    短期的には疫学的リスクの評価がおこなわれるかもしれないが、中長期的には主流にはならない。ただし多様なリスク評価が求められるトレンドが、静かに増加していく可能性はある。
  • 子育てと在宅ワークの両立
    在宅ワークが主流になると、子育てとの両立をサポートする企業・サービスが出てくる。ただし在宅ワークが当たり前になってから時間をおいて生じる変化だろう。
  • 自宅でもオフィスでもない仕事場・シェアオフィスの増加
    規範的な制約というよりもセキュリティなど実務的な制約が大きいものの、リモートワークの浸透とともに生まれてくる。こうした場所での仕事を上司や企業が認めるのかという規範も重要となる。
  • 人口が過剰に集中した都市の再デザイン
    地方への移住や都市計画の再編以外にも、都市自体を拡張することで人々を郊外に分散させる動きも生まれるだろうが、大きなトレンドになるかは疑問が残る。

合理的変化と規範・文化的な変容を伴う変化のちがい

合理的変化と規範・文化的な変容を伴う変化は、機械的に分けられるものではなく、両者の違いは曖昧だ。例えば、ハンコ文化は合理的変化に含まれるが、実際には産業の従事者やロビイストの存在、懐古主義者などによって、短期的には抵抗を受けるかもしれない。実際に変化が起きる上では、どちらの要素が多く含まれるかによって、変化の時期が決まっていくだろう。

また、合理的変化はビジネス領域に多く、規範・文化的な変容を伴う変化は人々のライフスタイルやエンタメのような領域に多いとも言える。ビジネスにおける非合理的な意思決定はどの会社にも存在するものの、比較的それらは駆逐されやすい。

さいごに

未来予測は科学ではない。シミュレーションや統計など社会科学的手法から未来の事象を検討することも可能だが、今回のように曖昧な領域では、あくまでも蓋然性の高い推測にとどまる。そのため、変化までのスピードや起こり得るシナリオについて様々な意見・見解があるだろうが、ぜひSNSなどを通じてそれらを教えていただければ幸いである。

また、本予測について詳細な分析が必要な方は、筆者のTwitterアカウントよりご連絡いただきたい。

参考文献

How Nonprofits, Foundations, and Businesses Are Adapting to the Coronavirus Crisis https://ssir.org/articles/entry/radically_adapting_to_the_new_world#

Coronavirus Will Change the World Permanently. Here’s How. - POLITICO https://www.politico.com/news/magazine/2020/03/19/coronavirus-effect-economy-life-society-analysis-covid-135579

How will coronavirus change the world? - BBC Future https://www.bbc.com/future/article/20200331-covid-19-how-will-the-coronavirus-change-the-world

How will the coronavirus change our lives? https://www.fastcompany.com/90486053/all-the-things-covid-19-will-change-forever-according-to-30-top-experts

What Will Our Post-Coronavirus Normal Feel Like? Hints Are Beginning to Emerge - The New York Times https://www.nytimes.com/2020/04/21/world/americas/coronavirus-social-impact.html

ステルスウイルス蔓延時代における生活・働き方の変化とは https://www.notion.so/shunsuke/eac0e044e3d74419bd1ddde14d52a47d

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✍🏻 著者
編集長 / 早稲田大学招聘講師
1989年東京都生まれ。2015年、起業した会社を東証一部上場企業に売却後、2020年に本誌立ち上げ。早稲田大学政治学研究科 修士課程修了(政治学)。日テレ系『DayDay.』火曜日コメンテーターの他、『スッキリ』(月曜日)、Abema TV『ABEMAヒルズ』、現代ビジネス、TBS系『サンデー・ジャポン』などでもニュース解説。関心領域は、メディアや政治思想、近代東アジアなど。
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