ロシアによるウクライナへの軍事侵攻を受け、世界各国が経済制裁などの対応を決定し、ロシアへの圧力を強めている。これに伴って企業においても、同国での事業停止など情勢変化に対応する動きが広がってきた。
ロシアは、1.4億人(世界9位)の人口と1.5兆ドル(世界11位)のGDPを誇る大国だ。主要な多国籍企業をはじめ760社近い企業が同国に進出しており、347社の日本企業も含まれる。この数は、英国に進出する日本企業(1,298社)に比べれば少ないが、トルコ(約200社)やスペイン(約230社)に比べると多いことが分かる。
しかし、ロシアの SWIFT 排除に伴う貿易・金融取引の制限や物流網の混乱、ロシアでのビジネス継続による企業イメージの低下、人道的支援の必要性などを理由に、多くの企業がロシアでの事業について再考を迫られている。
本記事では、各産業における主要企業の対応を概観していく。3月8日時点での、主要企業による発表内容は以下の通りだ。
自動車
自動車産業においては米国大手・フォードが、3月1日にロシアでの事業を停止すると発表した。同社は、ロシアのソラーズ社との合弁企業、フォード・ソラーズ社の50%の株式を保有している。フォードは2月中は「ウクライナ情勢を深く憂慮している」と述べるにとどめ、同社が工場を持つサンクトペテルブルクなど3都市での操業停止までは踏み込まなかったが、その方針を変更したかたちだ。
他にもゼネラルモーターズ(GM)、スウェーデンのボルボやドイツのフォルクスワーゲンなどが、欧米諸国の対ロシア制裁に対応して早期にロシアへの車両販売を中止すると発表した。
また、これに続いて日本のトヨタやホンダも、サプライチェーンの混乱を理由として自動車などの輸出中止を発表している。
トヨタ自動車は、ロシアでの自動車生産と完成車の輸入を4日から当面の間、停止する。欧州や日本からの部品調達が滞り、安定的なサプライチェーンの維持が難しくなっているほか、ロシアに完成車を輸送する運搬船の一部にも影響が出ているためとしている。
同社は「世界中の皆さんと同様に、トヨタもウクライナの人々の安全に大きな懸念を抱きながら、現在進行中のウクライナの動きを見守っており、一日も早く平和な状態に戻ることを願っています」との声明も発表した。
流動的な動きも
ただし、ロシア全体の自動車市場シェアで上位を占めるルノー・日産アライアンスと、韓国の現代自動車グループについては流動的な状況が続いている。いずれのグループも、ロシア市場で高いシェアを持つだけでなく、各社におけるグローバル車両販売台数においてロシア比率が高い。
ルノーは、ロシアにある自動車組み立て工場の一部の操業を停止すると発表している。しかし、理由はあくまでも物流の影響による部品不足であり、具体的な減産内容は明らかにしていない。
現代も同様に、サプライチェーンの混乱によって3月1日から5日にかけてサンクトペテルブルクの自動車組立工場を休止した。この休業はロシアのウクライナ侵攻や欧米の経済制裁とは関係がなく、週明けには操業を再開する予定であるという。
ただし両グループともに、輸出規制とは関係なく、ルーブルの暴落によって今年のロシアにおける販売は大きく落ち込むと予想されている。
上記の企業以外にも、イギリスのジャガー・ランドローバー、アストン・マーティン、ロールス・ロイス、ドイツのメルセデス・ベンツ・グループ、ダイムラー・トラック、米国のハーレーダビッドソン、日本のマツダ、SUBARU、スズキ、いすゞ自動車などが、完成車・部品の輸出や、現地での生産・販売などを停止する予定を発表している。
エネルギー
エネルギー産業は、ロシアに最も多く投資している産業のひとつであり、大手石油会社数社がロシアに大規模な投資を展開している。しかし先週1週間で、多くの大手欧米企業がロシアでの資源事業から撤退を表明した。
BP・シェルなどは撤退
最初に撤退を表明したのは、イギリスのエネルギー大手 BP だ。BPは2月27日に、ロシア最大の石油会社ロスネフチとその合弁会社の株式を19.75%を売却する予定であると発表した。同社は石油・ガス埋蔵量の約半分、石油・ガス生産のおよそ3分の1をロスネフチに依存しており、今回の売却により最大250億ドル(約2兆8900億円)の評価損が発生する可能性があるという。
同社のバーナード・ルーニーCEOは、「この決断は正しい行いであるだけでなく、長期的利益にもつながると確信している」とコメントしている。
BPが撤退を表明した翌日の2月28日には、同じくイギリスの石油大手シェルが、BPと同様の措置をとり、ロシアの「無分別な軍事的侵略行為」を理由として、ロシアの国営エネルギー企業ガスプロムおよび関連企業との合弁事業から撤退する決定を発表した。すでにドイツが撤退を発表していた「ノルドストリーム2」事業への関与も止めるという。
ただし、「グローバルな供給におけるロシアの重要性から一晩のうちには実現できない」として、早期の撤退には留保を付けた。購入を避けられないロシア産の原油がもたらす利益はウクライナの人々を援助するための寄付に宛てるとしている。
この他に、米国のエクソンモービルやノルウェーのエクイノールが、ウクライナ侵攻を非難した上でロシアからの撤退を発表している。
態度保留の企業も
一方、フランスのトタルエナジーズは、ロシアの行動を非難し、同国での新規プロジェクトに資本を提供しないことを明らかにしたものの、同業他社とは異なり、既存の投資済みプロジェクトを売却する計画はないと述べている。
また、米・シェブロンのマイケル・ワースCEOは、ロシアのウクライナ侵攻について、ウクライナで展開されている「悲劇的状況」に懸念を示したうえで、同業他社よりも比較的影響が小さいとの見方を示し、2026年まで毎年3%以上増産をおこなう計画は維持すると説明した。
日本企業は現状維持
日本企業では、ロシア極東の石油ガス開発事業「サハリン1」「サハリン2」に、大手商社などが出資している。
日本政府主導の企業連合は、原油を生産する「サハリン1」の30%を保有しており、その内訳は経産省が50%、伊藤忠グループが約16%、石油資源開発が約15%、丸紅が約12%、国際石油開発帝石が約6%だ。同事業には、ロスネフチやエクソンモービルも参加していた。
また天然ガスを生産する「サハリン2」には、ガスプロムやシェルの他、三井物産と三菱商事が出資している。なお三井物産は、ロシアで北極圏のLNG事業「アークティックLNG2」にも出資している。
欧米各社がこれらの事業からも撤退を表明する中、日本政府および企業がサハリン事業に関与し続けることに厳しい見方もある。現時点では現状維持が基本方針とされているが、日本企業も取引の見直しを迫られる可能性は否定できない。
テクノロジー
テクノロジー業界では、ウクライナのDX(デジタル・トランスフォーメーション)省の要請を受けて、多数の企業がロシアにおける事業中止を発表している。