Woman(Michiel Annaert, Unsplash) , Illustration by The HEADLINE

なぜ女性は、過去の性被害を何年も経ってから告発するのか?

公開日 2024年02月02日 16:36,

更新日 2024年02月02日 16:38,

有料記事 / 人権

この記事のまとめ
💡 女性が性被害を名乗り出ない、6つの理由とは

⏩ 告発への非難や嘲笑の記録、長い歴史
⏩ トラウマによる記憶の混乱や、名乗り出ることへの恥が要因
⏩ 司法取引や加害者からの報復による告発阻止も背景に

(*)この記事は、一部に暴力的な描写を含みます。

昨年12月以降、ダウンタウンの松本人志氏からの性被害を告発する女性の証言が、相次いで週刊文春から報じられたことを受けて、事態が次々と展開している。松本氏が所属する吉本興業は当初、

当該事実は一切なく、本件記事は本件タレントの社会的評価を著しく低下させ、その名誉を毀損するもの

と述べて、法的措置の検討を明らかにしていた。また1月22日には、実際に松本氏が「『性加害』に該当する事実はない」として、発行元の文藝春秋と編集長に対して、5億5,000万円の損害賠償と名誉回復のための訂正記事を求める訴訟を提起した。

ところが同月24日、一転して吉本興業は「当事者を含む関係者に聞き取り調査を行い、事実確認を進めている」とした上で、「当社としては、真摯に対応すべき問題であると認識しております」と立場を翻すような声明を発表した。同日には、新たに実名・顔出しによって性被害を告発する女性の存在も、週刊文春によって報じられており、事態は進展を見せている。

こうした中で、インターネットなどで見られるのが、女性たちが時間が経ってから被害を告発していることへの疑問だ。本件に限らず、過去の性被害を時間が経過して告発することに対しては、売名目的を疑う声や、金銭目当てだとする指摘が向けられるケースなどが少なくない。

そうした状況をセカンドレイプだと批判する声は多いものの、同時に、被害者が心無い言葉を向けられるケースは、日本に限ったものではない。言い換えれば、そうした疑問は幅広く存在したままだ。

なぜ女性は、過去の性被害を何年も経ってから告発するのだろうか?

女性に対する非難の声

前提として、性暴力を受けた女性たちを沈黙させようとする行為は、歴史的に繰り返されてきた。時に声をあげる女性も現れるが、彼女らに対する心無い扱いは、目新しくもなければ、日本に限った話でもない。

たとえば、4世紀初頭にローマで殉教した聖アグネスのケースがある(*1)。13歳のアグネスは、ローマの高官から息子との結婚、そして望まない性行為を強要されたが、それを声高に拒否した。怒りを買ったアグネスは、最終的に服を引き剥がされて全裸で売春宿に連行され、後に処刑された。

ただ、聖アグネスの話は古い伝承であるために、到底信じられるものではないという人もいるかもしれない(*2)

リバプール大学のナタリー・ハンナ講師は、1400年頃にフランスで活躍した文学者クリスティーヌ・ド・ピザンの例をあげる。ド・ピザンは、当時最も人気を博していた詩『薔薇物語』に含まれる女性蔑視的な表現に、懸念を表明した(*3)。『薔薇物語』は英文学の祖ジェフリー・チョーサーにも引用され、彼の作品では、女性が性的暴行を楽しんでいるかのように描写される。ド・ピザンは、当時の国王シャルル6世の秘書官らに対し、詩に関する懸念を伝えたが、皮肉を理解できない感情的な女性であると一蹴された

公認心理士のヴェロニク・ヴァリエール博士によれば加害者や周囲の人々は、行為をユーモアとしてカモフラージュするか、何もなかったかのように振る舞う、という2つの戦術を使う。ド・ピザンのケースでは、前者の戦術が使われたと理解できるだろう。

このように、性暴力を拒否したり、告発した女性に対する揶揄や非難は、歴史的に世界中でおこなわれてきた。極端な場合、被害に遭ったこと自体が問題視され、いわゆる「名誉殺人」(家族の「名誉」を汚したという理由で被害者が殺害されること)に至るケースもある。これは、現在でも中東や南アジアなどでおこなわれており、毎年5,000人以上の殺害が推計されている。

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ただ、ド・ピザンらのように声をあげた例は非常に稀であり、ほとんどの女性は沈黙を強いられてきた。スウォンジー大学のロベルタ・マグナーニ講師は、こうした歴史上の残虐行為が女性たちを「黙らせるためにおこなわれ」ており、「現在と同じように女性の声は厄介なものとみなされていた」と指摘する(太字は引用者による、以下同様)

世界的な #MeToo 運動の端緒となった The New York Times 紙の記事を書いたミーガン・トゥーイー氏とジョディ・カンター氏の著書には、『SHE SAID』というタイトルが付けられている。「彼女は語った」という意味のタイトルは、被害者が沈黙を破って声をあげることの困難さを示唆している。

被害者の多くは身を隠さざるを得ず、支援されることもなかった。被害者の取るべき最善策は、沈黙を条件に賠償という名の口止め料をもらうことだった

述べられるように、被害者たちが長い間沈黙を強いられてきたことは、その運動の中心的な論点の1つだ。

では、被害者たちは具体的にどのような理由で、告発を控えるのだろうか。

(*1)ここでの聖アグネスの話は、イエスやマリアなど100名以上の聖人の生涯をつづった『黄金伝説』という書物に記されている。『黄金伝説』自体は13世紀中頃に完成した。
(*2)実際、『黄金伝説』の中には現実離れした描写が見られる。アグネスは売春宿で暴力を受けそうになるが、神の恩寵により髪が体を覆うほど長くなり、誰も触れられなかったとされている。また、当初は火刑に処されたが、炎が2つに割れるなどして上手くいかなかったため、体(首とも言われる)に剣を刺されて殉教したという。
(*3)ド・ピザンは、フランス文学最初の女性職業文筆家で、文学で女性差別に立ち向かったヨーロッパ初の女性だとされている。ただ、立教大学の横山安由美教授は、ド・ピザンが『薔薇物語』を批判したのは、作品の文学的質に腹を立てたからであり、女性の名誉を守るためではなかったと指摘する。

名乗り出ない6つの理由

女性が過去の性被害について長い間沈黙する理由は、大きく以下の6つの要因に分けられる。

  1. 記憶の混乱
  2. 被害の否定
  3. 人生やキャリアへの悪影響
  4. 司法取引
  5. 報復への恐怖

1. 記憶の混乱

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✍🏻 著者
編集長 / 早稲田大学招聘講師
1989年東京都生まれ。2015年、起業した会社を東証一部上場企業に売却後、2020年に本誌立ち上げ。早稲田大学政治学研究科 修士課程修了(政治学)。日テレ系『DayDay.』火曜日コメンテーターの他、『スッキリ』(月曜日)、Abema TV『ABEMAヒルズ』、現代ビジネス、TBS系『サンデー・ジャポン』などでもニュース解説。関心領域は、メディアや政治思想、近代東アジアなど。
シニアリサーチャー
早稲田大学政治学研究科修士課程修了。関心領域は、政治哲学・西洋政治思想史・倫理学など。
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