同時多発テロ以後の世界
1989年、ベルリンの壁崩壊が冷戦後の世界の起点となったとすれば、2001年もまた重要な時代区分の1つである。ソ連崩壊後、しばらく続いていた唯一の超大国としての米国の在り方に疑問が生まれ、テロ組織という非国家主体の存在がクローズアップされ、西欧社会が長きにわたるテロとの戦いに組み込まれていく狼煙こそが、9.11だった。
ネオコン(ネオコンサバティブ、新保守主義)に注目が集まり、戦争によって儲ける人々として非難を浴びる軍産複合体の拡大に警鐘が鳴らされる中、ティールとカープもこうした変化が不可逆的であることに気がついていた。安全保障とプライバシーの問題は、突如として米国の根源的な議題へと上がってきたのだ。
9.11を契機に安全保障とプライバシーの問題が国際的な議論として持ち上がった(Michael Foran, CC BY 2.0)
もっとも象徴的な議論は、米国愛国者法だ。ギャラップ社の調査によれば、テロと戦うためにはプライバシーなど市民の自由を制限することはやむを得ないと多くの人が考えた。一方で、令状がないまま電話やメール、金融取引などの記録を当局が閲覧できることに懸念も強く、同時多発テロ以降の世界の行く末に多くの知識人が口を開いた。
西欧社会は、自由で開かれた市民社会を守っていけるのか?あるいは、自由主義国家は新たな敵と戦っていかなくてはいけないのか?こうした問題は、テクノロジー産業に身を置くティール、そして西欧社会の根源的なあり方を問い続けてきたカープにとって、決して机上の空論ではなかった。
今でこそ安全保障とプライバシーは二者択一ではないという見解は増えてきたが、当時は明らかにゼロサムゲームとして捉えられていた。しかしティールとカープにとって、その一般通念は誤りだった。ティールがその著書『ゼロ・トゥ・ワン』の冒頭で投げかけた「賛成する人がほとんどいない、大切な真実はなんだろう」という有名な問いを想起しよう。この問いに対する回答の一つが、Palantirであった。国家の安全保障とテロとの戦いがすべてを支配する社会において、Palantirという会社は、プライバシー侵害の手段ではなく対抗手段として構想されたのだ。
しかしここには、1つの疑問が残る。カープは博士論文で、科学革命を生み出した近代の啓蒙精神に対して懐疑的な姿勢を示すアドルノの系譜を引き継いでいたはずだ。そんなカープが、なぜ科学原理主義の権化のようなPalantirを率いることになるのだろうか。
アドルノは1960年代、科学哲学者のカール・ポパーと「実証主義論争」を繰り広げた。アドルノが科学に対して懐疑的であったわけではないが、少なくとも科学原理主義のような姿勢や、自然科学の方法論と同じように社会科学を探求していくやり方には懐疑的であった。そのため、アドルノの系譜を引くカープが、テクノロジーの力によって全ての問題を解決しようとする、Palantirに引き寄せられたことには違和感がある。
おそらくティールは、一貫して「テクノロジーほど重要なものはない」と述べるだろう。しかしフランクフルト学派の根本的な問題意識を受け継ぐ博士課程の学生と、シリコンバレー屈指の科学至上主義企業のCEOという人物像の間には、大きな溝がある。果たしてカープは転向したのか?それとも、何かしらの一貫性があるのだろうか?
この問いは、Palantirという企業が内に抱えるパラドックスの本質である。同時に、アレックス・カープという人物の多面性でもある。我々はこの疑問を頭の片隅に置きながら、Palantirの歩みを進めていくとしよう。
好調ではない滑り出し
カープたちは、すぐさま順調な船出を開始したわけではない。ヨーロッパで富裕層から人気だったカープは、アメリカ西海岸では何の実績もなければ、コンピューター・サイエンスの天才でもなかった。
のちにPalantirに投資する名門ベンチャー・キャピタル(VC)Sequoia(セコイア)のマイケル・モリッツ会長は、ミーティング中にずっと落書きをしており、同じく名門のKleiner Perkins(クライナー・パーキンス)に至っては、幹部から1時間半に渡って、なぜPalantirが失敗するかを訥々と説明される有様だった。
2005年前後のVCは、次なるFacebookやGoogleを探していた。それはコンシューマー向けテクノロジーであり、おそらく新たなSNSとして想定されており、間違いなくエンタープライズ向けのサービスではなかった。カープは、「我々は、Palantirが上手くいくと信じていたが、そんなことを思っているのは誰もいませんでした」と語っている。
それでもPalantirの初期投資家は、強力だった。米国中央情報局(CIA)のVCであるIn-Q-Telが200万ドルを出資して、ティール個人と彼が運営するVC・Founders Fundから3,000万ドルを集めた。
CIAから資金調達をするなど、さぞかし珍しく光栄なことだと思うかもしれないが、実は彼らは1999年から数多くの投資をおこなっている。In-Q-Tel、通称IQTは米国の諜報機関がスタートアップ・コミュニティの革新的なテクノロジーにアクセスし、国家の安全保障や防衛技術を流出させずに、発展させることができるよう活動する非営利目的のファンドだ。
有名どころで言えば、ポケモンGoを生み出したNiantic社のジョン・ハンケは、もともとKeyholeという会社を経営しており、彼らはIQTから投資を受けていた。その後、Keyhole社がGoogleに買収され、現在のGoogle Earthが生まれたことから、IQTは一時期Google株を保有していた。こうした成功企業以外にも、IQTは主にデータ分析をおこなう企業やバイオテック、エレクトロニクスなど幅広い業種に投資をおこなっている。Washington Post紙に言わせれば、「データ分析に取り組んでいる事実上すべての米国の起業家や発明家、あるいは研究者は、おそらくIn-Q-Telから電話を受けた経験があるか、少なくともテクノロジーをウォッチするスタッフによってGoogle検索されているだろう」。
ただしCIAから目をかけられても、相変わらず初期のPalantirにとっては、理解者を探すほうが難しかった。当時のことをカープは、このように振り返っている。
「2005年から2009年にエンタープライズソフトウェアをやるなんて、エンジニアと一緒にパロアルトの真ん中でサーカスをはじめるようなものでしたよ。とても怖かったですね」
しかし、こうした不安を外部に見せることはなかった。2006年のPalantirのウェブサイトには、こんなことが書いてある。
Palantirは、人間の心に膨大な量の情報を効果的なアクセスを提供することで、情報化時代における最も重要な課題に向き合っています。
現在の情報技術は、データを保存した後、人間の心には直接リンクしない方法で情報を提示するのみです。その結果、大量の外部データを示されても、人間は即座に処理することが出来ず、関連する情報を見つけることで、自身の思考モデルで理解しようとします。
Palantirを用いれば、アナリストは、関連する情報が心の共有範囲内に編成されているかのように、異なるソースから膨大なデータを関連付けることができます。
人間の知性に代わるものはありません。
パランティアは知性を解放します。
大量のデータを有機的に結びつけることで、Palantirは人間の思考や知性を拡張する重要な未来をつくっていると豪語する姿勢は、まさにティールが「ミッション志向の会社」と述べるにふさわしい。
2006年のPalantirのウェブサイト(Palantir Technologies)
しかし、このお世辞にも分かりやすいとは言えない難解な単語の羅列を翻訳することこそ、カープの真骨頂だった。
カープが2008年に公開したレターには、このような記載がある。
過去10年間、シリコンバレーはインターネットにアクセスできる全ての個人を研究者に変えてきました。以前は、修士号または博士号が必要で、特定の分野では埃っぽい大学図書館に埋められた高度に専門化された専門家や書物と格闘することで、仕事や生活における様々な知的要求に応えてきました。
しかし今では、GoogleとWikipediaによる僅かな助けがあれば、誰でもコンピューターの前に座って、フィールド研究に数週間、数年、さらには数十年も費やした専門家の膨大な知識を利用できます。この変化は非常にシームレスに生まれたため、最初はその大きな影響が気づかれませんでした。しかし今日の職場において、こうしたサイトを通じて物事への理解を深めることが出来るようになり、我々にとって大きな価値であることは否定できない。実際、成長し続けるこの知識の塊にアクセスせず、効果的に競争している人や企業を想像することは困難でしょう。
私たちPalantir Technologiesは、すでに次の地殻変動がはじまっていると考えています。私たちは、確実かつ迅速に質問に応えるため、研究者が大規模なデータセットについて理解するだけでなく、情報アナリストが特異なパターンを見つけるための洗練された能力を持つことが重要だと考えています。しかし、こうした期待に応えるためは適切な技術が必要であり、これまで、そのテクノロジーは不足していました。(略)
Palantirによって、世界最高のソフトウェアエンジニアの分析力・技術力をあなたの手元で利用することができます。Palantirは、自明な情報を単純にマップアウトするだけのエッチング技術とほぼ独立した人工知能の両方でパラダイム・シフトを起こします。両者は、一部の分析には有用なものの、膨大で複雑な金融・インテリジェンス情報を意味あるものとするには限界があります。
私たちは、人間とコンピュータの融合を促進します。お客様が質問をし、お客様とそのミッションに役立つ方法でデータを可視化します。ユーザーフレンドリーなPalantirの分析プラットフォームを通じて、トップエンジニアのチームが困難な問題の解決策を提示するため何時間もかけて作業しているかのように、答えが導き出されます。
カープの文章は、なぜPalantirなのか?という根本的な問いに、明晰で平易な言葉を使いながら応えており、彼の知性を垣間見せるものとなっている。
Palantirにとって創業から2008年頃までの時期がいかに困難であったかは、創業者の1人ジョー・ロンズデールも語っている。彼は2008年に母を亡くすという個人的な悲劇を抱えていたが、Business Insiderのインタビューでは、この年が会社のプロジェクトの失敗も相まって、最も辛い年であったことを語っている。
「大変な思いをしながら、様々なことをやっていました。政治的なこともありました。ピーターの周りには、私を脅している人もいたので、全体としては本当に苦しい年でした。私は多くの間違いを犯しました。怒る必要のない人にも怒っていました。」
結局、ロンズデールは同年にPalantirを離れて、翌年に資産管理プラットフォームのAddeparを設立する。「ピーターは非常に協力的で、私をバックアップしてくれました。私はすでに全株式を権利化して、Palantirのアドバイザーになりました」と語るとともに、カープもロンズデールの退任を後押ししてくれたと明かされており、「彼がいなければ好条件で出ていけなかっただろう」と述べられている。
ロンズデールは、未だにカープを尊敬していると公言する。「私の人生で、最も大きな知的影響を受けたのは、Palantirのアレックス・カープでした。彼は非常に思慮深い人です」。カープからは「正反対の事柄に真実があり、片方が欠けていると、非常に偏った見方になる」ことを学んだという。
ロンズデールは、2015年にスタンフォード大学の学生だった元ガールフレンドから、性的虐待疑惑によって訴えられ、その訴訟により当時最も成功していたVCであった彼のFormation 8は解散に追い込まれた。彼らはFacebookに買収されたOculusや、Salesforceによって買収されたRelateIQ、OpenGov、韓国のYello Mobileなどに投資していた。ロンズデールは、その後無実が認められたため、8VCのパートナーなどとして活躍している。
2009年まで、Palantirはメディアにも露出せず、ただカープとエンジニアたちがパロアルトの真ん中でサーカスを踊っているだけだった。しかしその風向きは徐々に変わりはじめる。