モーリシャス沖「わかしお」座礁事故から2ヶ月:その後の経緯は

政治・国際関係

公開日 2020/09/28 17:42,

更新日 2020/09/28 19:10

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貨物船「わかしお」が今年7月、モーリシャス沖で座礁して石油流出事故を起こした。インド洋の島国モーリシャスは、真っ白な砂浜と透き通った海に囲まれた世界でも有数の観光地だ。周辺にはサンゴ礁やマングローブ林、ラムサール条約に基づく国際湿地保護区も広がり、貴重な動植物が汚染の被害に遭うなど、未曽有の災害となった。

事故が発生してから2ヶ月以上が経過した現在、事故原因や環境汚染、補償の問題など、被害の実態はどのようになっているのだろうか。

「わかしお」座礁事故の概要

まずは「わかしお」事故発生から現在までの流れを振り返ろう。

モーリシャスはアフリカ大陸の東、インド洋に浮かぶ島国である。人口は126.5万人、面積は2,040km²で東京都とほぼ同じ大きさだ。人口の2/3は植民地時代に移住していたインド系の人々で、1/4はフランス系とアフリカ系のクレオールである。周りを白い砂浜と美しい海に囲まれたモーリシャスでは、観光収入がGDPのの約8%を占め、就労者の約1/5は観光関連の業務に就いているなど、観光立国として知られている。

「わかしお」の座礁事故は、7月25日にモーリシャスの南東部沖で発生した。「わかしお」はパナマ船籍の貨物船で、岡山県に本社を置く長鋪汽船の子会社が所有し、商船三井が傭船して運航していた。船は貨物を持たずに中国からシンガポール経由でブラジルへ向けて航行中で、現地時間の7月25日夜にモーリシャス南東部沖のサンゴ礁の上に乗り上げて座礁した。 乗組員20名が乗船していたが、いずれも負傷者はいなかった

この座礁の際に船体を損傷、8月6日には燃料の重油の流出が始まった。事故当時、同船に積み荷はなかったものの、約4000トンの燃料を積載しており、8月10日までに約1,000トンの燃料が周辺海域へと流出した。船体には目に見える亀裂があり、残りの約3000トンの燃料の流出も懸念されたため、モーリシャスのジュグノート首相は環境非常事態を発令し、フランスに支援を求めるなど対応にあたった。残油抜き取り作業は急ピッチで進められ、8月12日までにはほぼ全量を回収した。その後の8月16日、船体が2つに割れた。インド国籍の船長とスリランカ国籍の副船長は8月18日、「わかしお」の運航に過失があった疑いで逮捕されている

現在も座礁した船体の回収作業は続く。分断された船体の前方部分は沖合に曳航され、24日までに計画的に海中に沈められた。しかし、大部分を占める後方部については、座礁したままの状態で回収作業が続けられている。8月31日には荒天の中、作業中のタグボートがはしけと衝突して沈没し、少なくとも3名の乗組員が死亡した

事故の原因究明は

9月7日、「わかしお」の船籍があるパナマの海運当局は、電子海図の扱い方に問題があった可能性があるとする調査の結果を明らかにした。調査によると、「わかしお」は座礁事故があった7月25日に、乗組員の誕生日を祝うためにコースを変更し、モーリシャスから8km以内の距離まで接近してWi-Fi信号を受信できるようにしたと報告されている。その上で、パナマ海運当局は事故の原因について、

・海岸接近時にモーリシャス当局が発した警告に気づかないなどの航海機器監視体制の不備
・不適切な目盛りスケールが設定された電子海図を使用しており貨物船が浅瀬に接近していることを適切に把握できなかったこと

が考えられると指摘している。なお、Wi-Fi説については、当初乗組員への聞き取り調査をおこなった捜査関係者の発言として同様のニュースが報道されていた。しかし、その後地元警察はこの報道を否定していたため、再度これが覆されたかたちとなる。

パナマの海運当局はさらなる事故原因の究明に向けて、船長からの事情聴取や航行データの解析などを進めていくとしている。

事故の影響は?

環境への影響は深刻

モーリシャス政府によると、今回の事故で、島の南東部10キロ余りの海岸線を中心に、深刻な環境汚染が広がった。船はポワント・デズニー沖とブルーベイ海洋公園のすぐ北側で座礁した。ここは、「国際的に重要な湿地及びそこに生息・生育する動植物の保全を促進する」ことを目的とした、「ラムサール条約」の指定地域に含まれている湿地帯だ。モーリシャスの固有種をはじめとする珍しい生き物が数多く生息していて、生物の多様性が色濃く残る貴重なスポットである。事故現場は環境的に影響を受けやすい地域が多くあり、環境学者の中には「今回の流出はモーリシャスの歴史の中で最悪の環境事故である可能性が高い」と述べるものもいる

まず、悪影響として一番に考えられるのは、生物が直接油によって死ぬことだ。このような場所で油が流出すると、油の付着によって動けなくなったり、窒息したりして、魚や甲殻類、水鳥などが死ぬこととなる。特に浅瀬に生息する生物は、回遊せずに定住していることが多いので、迫りくる油から逃げ切れずに被害にあう可能性が高い。

また、生態系全体への影響も懸念される。ポワントデズニーの北側の海岸線のマングローブ林やサンゴ礁も油で覆われてしまったが、マングローブ林やサンゴ礁は、鳥、魚、貝のすみかになるなど、モーリシャスの自然環境で重要な役割を果たしている。このマングローブの根に油が付着した状態が続くと、毒性の成分が染み込み、半年ほどで枯れてしまう。サンゴも化学物質が染み込み、死に至ることとなる。生物の生息環境であるマングローブやサンゴ礁が失われると、直接的には油によるダメージを受けていない生物もその数を減らすこととなってしまうだろう。

モーリシャスの海が事故前の姿を取り戻すには、数十年かかるとみられている。それは、今回のモーリシャス沖での事故では、油の除去を手作業で進めることを強いられているからだ。一般的に、流出してしまった油の処理の仕方は、物理的回収と化学的回収に分けられる。物理的回収とは、オイルフェンスで流出した油を誘導して集め、その海水を濾過したり、油吸着材というスポンジで油を吸い取ったりする方法だ。化学的回収とは、油処理剤を散布して油を分解する方法を指す。ただし、油分散剤自体の毒性が環境に及ぼす影響もあり、使用できる条件に制限がある。

今回は事故直後の悪天候などによってすでに油が拡散してしまったために物理的回収ができず、周囲の生物環境への配慮から化学的回収も避けられた。そのため、どちらの手段も使うことができず、油の回収作業は手作業で進められている。

ちなみに今回の事故を機に、海運業界の脱石油の動きが加速する可能性もある。今回の「わかしお」の事故によって流出した重油は、燃料油として使われていたものだ。もともと海運業界は温暖化対策でCO2排出削減が求められており、2018年4月には国際海事機関(IMO)において、国際海運分野での温室効果ガス排出量を2050年に半減させ、今世紀中にゼロとすることを目指す案が採択されていた。それに加えて今回の事故のような海洋汚染のリスクが改めて注目された。既に、日本郵船はLNGやアンモニアを燃料とした船舶で脱石油の実現に取り組み始めているが、今回の事故を契機にこのような動きがさらに推し進められる可能性が指摘されている

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著者
早稲田大学政治経済学部卒業後、株式会社マイナースタジオの立ち上げに参画。関心領域は、政治思想や東南アジアの政治経済など。Twitter : @akabaneshuta
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