ウクライナの美術館や文化財は、どのような被害を受けているのか?

公開日 2022年06月06日 16:53,

更新日 2022年09月15日 11:03,

有料記事 / 欧州 / 文化

ロシアがウクライナへの侵攻を始めてから3ヶ月以上が経過した。この間、ウクライナ各地で甚大な被害が出ているが、美術館や芸術作品をふくむ文化財の被害も多く報告されている。

とりわけ、2月28日にウクライナを代表する芸術家マリア・プリマチェンコの絵画作品が破壊されたという報道は衝撃を与えた。収蔵されていたイヴァンキフ歴史郷土史博物館の火災が、直接的な原因だった。プリマチェンコは、肖像が描かれたコインが発行されたり、絵画作品が切手のデザインに採用されるなど、ウクライナ国内では広く親しまれてきた。それだけでなく、2009年にはユネスコが「プリマチェンコの年」を宣言するなど、世界的な評価も高まっていた。

プリマチェンコの作品が焼失してしまったことは、人類にとって間違いなく大きな損失だ。それと同時に、このニュースからはいくつかの論点が浮かび上がってくる。

まずは、この戦争における文化財の被害についてだ。いまウクライナで美術館や文化財はどのような状況にあるのだろうか?そして、どのようにして、誰が、それらを守ろうとしているのだろうか?多くの美術館や博物館では、収蔵品を最適な方法で保存するために温湿度や光度を管理している。当然だが保存管理は美術館の建物が存在して初めて可能だ。

しかしながら爆撃を前に、建築物はあまりに無力であり、シェルターとしての役割を完璧に果たすことはできない。そこから、建物に頼ることなしにいかにして美術品を保存するかという戦時下特有の問題が浮上する。

続いて、なぜ大きな被害を受けたのがプリマチェンコの作品だったのかという点だ。もちろんロシア軍は彼女の作品を特に狙ったわけではなかったかもしれない。しかし、キーウ州内に数多くある博物館や美術館のなかで、またウクライナに多くいる国家的な芸術家のなかで、なぜイヴァンキフ歴史郷土史博物館とプリマチェンコが被害を受けたのだろうか?ここに、単なる偶然で済ませてしまうことのできない歴史的な背景を見出すことができる。

最後に、戦争と芸術作品への被害の歴史についてだ。西洋美術史において戦争や紛争によって芸術作品が破壊されたという事例は枚挙に遑がない。過去の事例から、戦時下に作品がたどりうる運命をある程度予測することができる。今後これ以上ウクライナ国内の芸術作品が失われるという事態を避けるために、何が必要かという視点を持つことも重要だろう。

本記事では、ウクライナ国内の文化財の被害状況をまとめつつ、上記の論点を順番に解説していこう。

ウクライナの文化財への被害状況

イヴァンキフ歴史郷土史博物館以外にも、ウクライナ国内のたくさんの文化施設や文化財で被害が報告されている。以下では被害状況をまとめ、試みられている対応策を紹介する。

東部地域で大きな被害

東部ハルキウにあるハルキウ美術館では、3月上旬の時点で爆風により窓ガラスが破壊されてしまった。館内の温湿度が管理が不可能になり、25,000を超える数の作品が雨風にさらされる状況になっている。この美術館には、アルブレヒト・デューラーなど西洋絵画の重要作品に加え、この地で生まれた重要な画家イリヤ・レーピンの作品も多数収蔵されている。


イリヤ・レーピン《ヴォルガの舟曳き》

幸い作品それ自体への直接的な被害はなかったようだが、普段掲げられている場所からは移動させなければならない。ロイターの取材に対して美術館スタッフは、作品を格納する詳しい場所を明かすことはなかった。

5月22日には、同じハルキウ州のロゾヴァにあるカルチャー・センター(「文化の宮殿」)がロシア軍によるミサイル攻撃の被害を受けた。この文化施設はコンサートホールを備えた市民会館のような施設だった。戦争の前線からは距離があり、ロシア軍のウクライナ文化への攻撃だという指摘もある。

ロシア軍によって最も激しく攻撃を受けてきた港湾都市マリウポリでは、マリウポリ美術館が大きな被害を受けている。ユネスコが公開している衛星画像では、周囲の建造物とともに屋根が吹き飛ばされている様子が確認できる。内部の詳細は未だ十分に報道されていないが、作品に甚大な被害が出ている可能性が高い。ロシア兵による芸術作品の収奪の可能性も指摘されている(この点については後述する)。

文化財を戦火から守るには

上記のような状況で、ウクライナ国内では芸術作品や文化財を守るためのさまざまな対策が試みられている。特に文化財の豊富な南部のオデッサ西部のリヴィウの二つの都市では、ロシアの侵攻がウクライナ東部に集中している状況で、対策を講じる時間的猶予を多少得ることができた。

オデッサでは、19世紀初頭にロシア帝国下で知事を務め中心街や港湾の開発を推進したリシリュー公爵のモニュメントの周囲に、市民ボランティアの手によって土嚢が堆く積まれた。他にも街中に設置された彫刻が布で包まれるなど、できる範囲での保護措置が取られている(もちろん爆撃に耐えられるかは定かでない)。

ロシア軍の主要な標的となったオデッサには、ワシリー・カンディンスキーやレーピンなどの作品を収蔵する美術館(Fine Arts Museum)が存在する。美術館は全体が有刺鉄線で閉鎖され、侵入されないようになっているという。しかし美術館の建物自体は、123年前に建てられたものであり爆撃に耐えられる保証は全くない。

リヴィウでもオデッサと同じように、街中の文化財は防護布で覆われるなどの対策がとられている。ここでも保護活動は、NGOと市民有志が共同で行っているという。

リヴィウにあるアンドレイシェプティツキー国立博物館では、ロシア侵攻以来、重要な展示品を安全な場所へ移す作業が行われた。安全な場所とは「地下」である。ウクライナ美術史を物語る作品群を展示していた博物館の壁は作品が外されて何もなくなり、また倉庫には木箱に入った、あるいは裸のままの絵画が大量に立てかけられている(写真がワシントン・ポストによって公開されている)。

人手と資源の不足

上で紹介したような戦火対策には、人手と資源が必要となる。その不足が、ウクライナ市民にとって主たる困難となっている。

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✍🏻 著者
東京大学大学院博士課程
東京大学大学院総合文化研究科所属。日本学術振興会特別研究員。専門はフランスの絵画・建築史。関心領域は、フランスの社会や政治、および広くアートに関係すること。
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