Yoshihide Suga(Kantei, CC BY 4.0), Taro Aso(Pollyanna1919, CC BY 4.0), Illustration by The HEADLINE

世論はオリンピック開催を望んでいるのか?また政治家はなぜ開催に固執するのか?

公開日 2021年07月09日 23:01,

更新日 2023年09月13日 15:45,

無料記事 / 政治

[本記事のまとめ]
  • 宣言前、必ずしも五輪の「中止」や「延期」が、世論の大部分を占めていたわけではない。むしろネットの声とは裏腹に、「開催」を望む声は増加していた。
  • 政治家が五輪開催に固執する理由は、金や利権など単純なものではなく、支持率から対中関係まで幅広い。
  • しかしその不透明さは、国民からの不信感につながっている。

政府は8日、新型コロナウイルスの感染拡大が続く東京都について、今月12日から来月22日まで緊急事態宣言の発出を決定した。通算4回目となり、首相は「最後の宣言にしよう」と語ったという。また同8日には、今月23日から来月8日までおこなわれる東京五輪・パラリンピック大会について、東京・神奈川・埼玉・千葉の全会場で無観客での開催が決定している。

野党などからは宣言下での五輪開催に強い批判が出ており、開催まで約2週間に迫る中で、混乱は続いている。

ではそもそも、現時点でどのくらいの人が五輪開催を望んでおり、なぜ政治家たちは五輪開催を押し進めたいのだろうか?

五輪開催を望む人々は、どのくらいいるのか?

五輪開催については、安倍前首相が「歴史認識などで一部から反日的ではないかと批判されている人たちが、今回の開催に強く反対している」と述べる一方、50万人近くが開催に反対するオンライン署名に参加し、宣言の前後に1万2,000件の「#東京五輪の中止を求めます」というハッシュタグが投稿されるなど、ネットでは反対派の声が強くなっているように見える。

では五輪開催に関する世論調査は、どのような事実を示しているのだろうか?

緊急事態宣言が決定してから、五輪開催の是非について現時点で世論調査はおこなわれていない。宣言によって世論に変化が生じたことは予想されるため、現状の声を把握するには新たな調査を待つ必要があるが、6月から7月にかけての各種データから、これまでの動向を見ていこう。

結論から述べると、

  • 再延期という選択肢がある場合、「開催」が3-40%
  • その選択肢がない場合、「開催」が6-70%
  • 大会の時期が近づくことで、「開催」の割合が増加

となっている。

読売新聞(6月4-6日)では「開催」50%

読売新聞による6月上旬の世論調査では、「開催」と「中止」で世論が二分されていることがわかる。

  • 中止する = 48%
  • 観客を入れずに開催 = 26%
  • 観客数を制限して開催 = 24%

この調査で興味深いのは、5月の調査では「開催」が 39% であったにもかかわらず、6月には 51% となっており伸びが確認できることだ。この傾向については後ほど解釈するが、他の調査でも似たような傾向が確認できる。

NHK(6月11-13日)では「開催」64%

NHKによる6月中旬の世論調査では、「開催」派が優位な傾向が見られる。

  • 観客の数を制限して行う = 32%
  • 中止する = 31%
  • 無観客で行う = 29%
  • これまでと同様に行う = 3%

中止以外の「開催」派が 64% にのぼっており、これは6月中旬までにおこなわれた他社による調査結果とは乖離がある。ただしこれはNHKの設問が「あなたは、どのような形で開催すべきだと思いますか」となっていることが1つの要因だと想定できる。この質問は「開催の是非を聞いている」というよりも、開催を前提とした「望ましい運営形態を聞いている」と読み取れるためだ。(*1)

そのため単純に他社と比較するべきではないが、「中止」だけに絞れば3割程度となっており、他調査と大きな違いが出ているわけではない。

(*1)ちなみに半年前である1月の世論調査では「東京オリンピック・パラリンピックの開催についてどう思いますか」という設問になっており、開催すべき = 15.9%、中止すべき =  38.2%、さらに延期すべき = 38.5%、わからない、無回答 = 7.4%となっている。

時事通信(6月11-14日)では「開催」30.4%

時事通信による6月中旬の世論調査では、「開催」の割合が3割程度となっている。

  • 中止する = 40.7%
  • 開催する = 30.4%
  • 再延期する = 22.2%

時事通信は5月に五輪関係の調査をおこなっていないため他社とは比較できないが、4月の世論調査では

  • 中止する = 39.7%
  • 開催する = 28.9%
  • 再延期する = 25.7%

となっており、全体的に大きな変化は確認できない。

産経・FNN(6月19-20日)では「開催」68%

産経新聞とフジ系列のFNNによる6月中旬の世論調査では、「開催」の割合が7割程度となっている。

  • 中止する = 30.5%
  • 観客を制限して開催する = 33.1%
  • 観客を入れないで開催する = 35.3%

こちらも「再延期」の選択肢はないため、同時期の時事通信による調査とは比較できないが、「中止」だけに絞ってみると30%となっており、NHKとほぼ同水準になっている。

朝日新聞(6月26-27日)では「開催」38%

朝日新聞による東京都内の有権者を対象とした6月後半の世論調査では、「開催」が4割近くとなっている。

  • 今夏に開催 = 38%
  • 中止 = 33%
  • 再び延期 = 27%

「中止」と「再延期」を合わせると、およそ6割が反対している状況だが、朝日新聞の調査は読売の調査と同じような傾向が起こっている。それは、5月の世論調査から「開催」派が伸びていることだ。5月時点では

  • 今夏に開催 = 14%
  • 中止 = 43%
  • 再び延期 = 40%

となっており、5月時点では「中止」と「再延期」を合わせて 80% 以上にのぼっていた。朝日および読売の「開催」派の伸びについて、どのように解釈するかはデータが十分ではないものの、

  1. 開催時期が近づき「中止」が現実的ではないと判断した人が「開催」派に流れた(開催時期仮説)
  2. ワクチン接種が進んだことで、観客の制限など条件を付ければ「開催」が望ましいと考えた(ワクチン仮説)

などの仮説が考えられる。

ここまで6月の世論調査を整理すると、5月に比べると「開催」派が伸びているものの、基本的には「中止」や「延期」と世論を二分していることがわかる。

一方、7月に入ると異なる傾向が確認される。

JNN(7月3-4日)では「開催」61%

TBS系列のJNNによる7月上旬の世論調査では、「開催」派が大きく伸びている

  • 無観客で開催すべきだ = 35%
  • 観客数を制限して開催すべきだ = 26%
  • 中止すべきだ = 20%
  • 延期すべきだ = 14%

「開催」が61%となっており、「中止」と「延期」をあわせた34%を大きく上回っている。NHKのように設問や選択肢が開催を前提としているわけではなく、「延期」という選択もある中で、「開催」優位となっていることは興味深い。

7月の世論調査はJNNのみであり、十分な情報があるわけではないが、朝日や読売で確認されたように開催時期が近づくごとに「開催」派が伸びるという傾向と整合的である。この傾向は産経新聞なども指摘しており

ワクチン接種が加速し、開催を容認する世論が醸成されつつあるとみられ、内閣支持率にも「追い風」が吹きつつある。

と分析する。つまり前述した2つの仮説について、「開催」派の伸びを「ワクチン仮説」によって解釈していると言える。

繰り返しになるが、これは緊急事態宣言の決定前であり、世論に変化が生じていることは予想される。しかしながら、「国民の命と健康」か「開催」かという問題設定自体は以前から示されていたわけで、そうした中でも五輪が近づくにつれて「開催」派が伸びを見せてきたことは事実だ。

言い換えれば、五輪開催に反対する人は「反日」だったわけでもなく、ワクチン接種の状況や開催までの日程などを考慮しながら「開催」あるいは「中止」について流動的に考えてきた人たちであったと解釈できる。またネットの声とは裏腹に、必ずしも「中止」や「延期」の声が大勢を占めていたわけでもない。

緊急事態宣言によって足元の世論が大きく動いた可能性も十分に考えられるが、それもまたデータや数字にもとづいて判断する必要があるだろう。

なぜ政治家は五輪開催を望むのか?

しかし同時に疑問となるのが、これほど世論を二分する問題でありながら、どのような根拠に基づいて関係者は開催を決定したのだろうか?

よく知られているのは、中止や延期を決定できるのはIOC(国際オリンピック委員会)だけであり、彼らの経済的利益から是が非でも五輪を開催したいという見解だ。

弊誌の「東京五輪の中止で、誰が損をするのか?経済的損失や賠償金は」でも示したように、IOCの収入は大半がテレビ放映権料だ。たとえば、米大手放送局のNBCからは2032年までに合計76億5000万ドル(約7,800億円)を受け取る予定となっており、五輪中止によってこの内の少ない額が消し飛ぶ。

しかしながら、いくらIOCに決定権があったとしても、国や開催都市である東京都などが働きかけを行う余地が全くないわけではない。同記事でも述べたように、五輪で収入減に伴う損失が発生した場合、国や東京都によって補填されることが決定しており、彼らが異議申し立てをする権利は十分にあるためだ。

IOC側に五輪を中止にする強力なインセンティブはない以上、その可能性を握っているのは国や東京都の政治家だけだった。つまり問題は、なぜ日本の政治家が五輪開催に固執するのか?という点にある。複数の見解を見ていこう。

菅政権の支持率のため

The New York Times 紙は、「人命を犠牲として、日本経済に打撃を与える公衆衛生上のリスク」があったとしても、秋に選挙を控える菅政権にとって五輪開催は「ライフライン」になっており、その成功が「大きな政治的利益をもたらす」と考えられている分析する。

菅政権の支持率は、発足時の6-70%から大幅下落を続けており、現在は30%程度となっている。開催によって支持率が上昇するかは不明だが、日を追うごとに「開催」派の優勢が見えてくる中で、政府・与党内に「ワクチン接種が進めば支持率は回復する」と期待する声があり、五輪「開催」を押し進める力学となっていることは容易に想像がつく。

むしろ「中止」を決断すれば、「国を守る決断力のある指導者と見なされ、短期的には支持を集める可能性もあるが、(五輪開催に向けた)何年にも渡る努力と数兆円もの公金をドブに捨てた男として選挙で異議を唱えられかねない」という政治的リスクの高さを指摘する声もある。

自民党一強のため

政権内部に限らず、自民党内には五輪を押し進めたい関係者が多数いる。東京五輪パラの組織委員会の顧問会議には、安倍晋三前首相や衆参両院の議長、麻生太郎元首相など自民党関係者が数多く名を連ねている。

彼らが強気でいる背景には、野党の弱さがある。同志社大学のジル・スティールは、AP通信において以下のように分析する。

政治的に野党の力は非常に弱く、政府はやりたいことのほとんどを出来る。五輪が惨事になれば自民党の信頼は失われるだろうが、大多数の国民は野党の政権運営能力に疑念を持っているため、党はその安定性に自信を持っている。

実際、野党の動きは鈍い。今でこそ「中止」を声高に主張する立憲民主党党首の枝野幸男は、6月時点では「東京五輪の開催について私は単純に反対とは言いません。できれば、やりたい。」という曖昧なメッセージを表明していた。直前になればなるほど、現実的に「中止」の選択肢がなくなっていくことは明らかだったが、野党側が足並みをそろえることは出来なかった。

説明ができない空気感のため

政治家が「開催に固執」しているのではなく、「開催の根拠や理由の説明を放棄」していることが、問題を複雑にしているという解釈もある。BBCは「国内の議論は極めて感情的なもの」となり、「異なる意見は許されず、開催に前向きな思いをもつ人はそれを表明するのを恐れた」状況があると分析する。

ジャーナリストの佐々木俊尚は、BBCに掲載された見解で「五輪開催に賛成の人、組織委員会や自民党は攻撃されるからと、きちんと説明しなくなってしまった。説明しても無駄だろうとなってしまっている」と述べる。

東アジアの地政学・国の威信のため

東京五輪の次に、2022年の北京冬季五輪が予定されていることは、一部の人々の開催への熱意を高めている言われている。

「アジアで日本と勢力を競い合う中国開催の大会が次に控えているとあっては、日本政府は出来る限りのことをして東京大会を実現しようとするはず」だというBBCのアンドレアス・イルマーによる見解は、一定のコンセンサスを得ている。Bloombergのリサ・ドゥらも、五輪開催における中国の影響は「公に議論されることはめったにない」ものの、日本が「隣国の競争相手にメンツを潰されることを恐れて、夏季大会への準備を加速させている」と指摘する。

隣国への対抗意識は、言い換えれば「国の威信」である。政府をはじめとする関係者が「五輪に政治的な威信を賭け」ていることは、副総理兼財務相の麻生太郎による「コロナの中で、東日本大震災後たった10年で日本はこれだけの祭典をやってのけた国として、われわれはその評価に堪えるだけのことをやらないといけない」という発言や、菅首相の「東日本大震災からの復興を遂げた姿を伝える機会にも」という発言からも伺える。

公衆衛生上のリスクが大きくないから

緊急事態宣言が出ている中で、直感に反するかもしれないが、五輪開催が「公衆衛生上の観点から(相対的に)リスクが大きくない」ことが開催を後押ししているとの指摘もある。

たとえばBBCは、開催の背景の1つに感染者数が(英国に比べて)少ないことを挙げている。日本の感染者数は78万人なのに対して英国は450万人、死者は日本が1.4万人なのに対して英国は12.8万人であることに加えて、感染者数は5月半ば以降、減少傾向だと述べている。

こうした考えを日本の政治家がどこまで支持しているかは不明だが、高橋洋一・内閣官房参与が各国の感染者数を示しつつ「日本はこの程度の『さざ波』。これで五輪中止とかいうと笑笑」と投稿していることを考えれば、決して例外的な考え方ではないと推測できる。また副総理兼財務相の麻生太郎も、日本の感染者は少ないと強調しつつ「人口比では、先進国の中で最もうまくいっている」と主張している。

スポンサー企業との関係のため

五輪の商業主義のイメージも相まり、ほとんどの政治家はスポンサー企業に忖度した言動は見せない。しかし政治家が企業の存在を気にかけていることを印象づけたのは、五輪相である丸川珠代だった。会場での酒類販売に対して、国民からの批判が高まった際に「大会の性質上、ステークホルダー(利害関係者)の存在がどうしてもあるので、(大会)組織委員会としてはそのことを念頭に検討すると思う」と発言したからだ。

また、無観客が決定したのにもかかわらず、スポンサーらは観覧・観戦を認められる方針も内閣官房の担当者から示されている。

五輪開催への賛否によって、スポンサー自身も多額の費用に比して「宣伝効果は不透明」という受難に苛まれているが、それでも「この事業に多大な投資をしている日本のビジネスマンは、当然のことながら、自らの投資に対する健全なリターンを求めている」と言われる。五輪の中止を社説で声高に叫んだ朝日新聞も、スポンサーは継続するという二枚舌を隠していない。

ただし政治家が本当にスポンサー企業を慮って、五輪開催を決めているかは不透明だ。スポンサーの中にも「延期」を求めるがあり、その足並みはバラバラだ。

コロナに打ち勝つ、団結の象徴だから

念の為付け加えておくならば、政治家による開催の公式見解は「人類が新型コロナウイルス感染症に打ち勝った証し」であり、「私たちが団結してこの困難を乗り越えられることを世界に発信する」機会だから、というものだ。

ちなみに、緊急事態宣言が出るなど新型コロナの終息が見えなくなったことから、菅首相などによるキャッチフレーズは「コロナに打ち勝った証し」から、「団結の象徴」のため「安全・安心の大会を実現」するという表現にトーンダウンしている。

多くの国民は、この精神論的な主張を冷ややかに見ており、上述したような何らかの理由があるのではないかと訝しがっている。

説明責任の欠如

実際「開催」への賛否は別として、政治家がその理由や根拠を十分に説明していないと考える国民は多い

前述した各種世論調査を見ても、「安全・安心な大会」が実現「できると思う」人は 20% にとどまっており、「できるとは思わない」人が 64% と大半を占めている。また五輪開催の意義については、政府や組織委員会の説明について、ほとんどの人が以下のように納得していない。

  • 大いに納得している = 2%
  • ある程度納得している = 23%
  • あまり納得していない = 42%
  • まったく納得していない = 27%

「納得していない」人は7割近くに上っており、「開催」そのものには賛成しつつも、それが後ろ向きであることが伺える。

ここまでの話をまとめよう。まず緊急事態宣言前に限れば、ネットなどで見られる「中止」や「延期」の声が、必ずしも世論の大部分を占めているわけではない。むしろ、大会が近づくにつれて「開催」を支持する人は増加傾向にあった。しかしながら、開催の意義については多くの国民が納得しているわけではない。そのため、宣言の発出や酒類販売をめぐる政府の二転三転する対応などによって不信感が高まり、「開催」への賛否が短期間で変化した可能性も十分にある。

政治家が五輪開催に固執する理由は、金や利権など単純なものではないだろう。しかしその理由が何であれ、政府が開催の意義について説明責任を果たさない限りは、国民の不信感は払拭されない。その場合、秋におこなわれる衆院解散に伴う選挙で、自民党への打撃は避けられない可能性が高いだろう。

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この記事の特集

混乱の中の東京五輪

✍🏻 著者
編集長 / 早稲田大学招聘講師
1989年東京都生まれ。2015年、起業した会社を東証一部上場企業に売却後、2020年に本誌立ち上げ。早稲田大学政治学研究科 修士課程修了(政治学)。日テレ系『DayDay.』火曜日コメンテーターの他、『スッキリ』(月曜日)、Abema TV『ABEMAヒルズ』、現代ビジネス、TBS系『サンデー・ジャポン』などでもニュース解説。関心領域は、メディアや政治思想、近代東アジアなど。
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