人はなぜ、非合理的であるにもかかわらず投票に行くのか?

政治・国際関係

公開日 2016/07/10 07:00,

更新日 2016/07/10 07:00

無料記事

明日は、参議院選の投票日です。

ネットメディアでも、「選挙に行こう!」という呼びかけをよく見かけるようになりましたが、その中でBuzzFeedが出していた「【参院選】選挙にいかない若者はバカですか?政治学者に聞いてみた」という記事は、面白かったです。

もちろん(一般論として)投票率は上がったほうが良いんじゃないかなーと思いますが、同時に当該記事でも指摘されているように、選挙に行かないことは合理的な側面がありますし、個人的にも政治参加の方法は多様であるべきだと思います。

ただ、筆者のタイムラインには「選挙に行かない男と、付き合ってはいけない5つの理由」という記事が選挙前になると流れてきたり、若者の投票率が低いことを嘆くツイートを見かけたりと、多くの人が投票率が低いことを問題視していることは、事実なようです。

選挙に行くことは非合理?

しかし興味深いことに、政治学においてはしばしば、選挙に行くことは「非合理的」な行動とみなされます。

なぜ人は投票するのか?という議論は、広くおこなわれてきましたが、有名な研究としてはアンソニー・ダウンズによる先駆的なモデルと、ライカー&オードシュックによるモデルがあります。

ライカー&オードシュックのモデル

よく知られるライカー&オードシュックのモデルは、以下のように示されます。

R=P×B+D-C

この時、それぞれの独立変数は以下のとおりです。

R(reward) :投票に参加することで、有権者個人が得られる効用
P(possibility) :自分の投票行動が、選挙結果に影響を与える確率の予測
B(benefit) :最も好ましい有権者が当選した際の利益-最も好ましくない有権者が当選した際の利益
D(democracy/duty) :自分の投票がデモクラシー維持に寄与するという信念、あるいは市民としての義務感
C(cost) :投票に関して生じるコスト

ライカー&オードシュックは、Rがゼロより大きい場合に有権者は投票に行き、小さい場合は投票を棄権すると考えたのです。

1票の価値は大きくない

しかしこの時、合理的な有権者であれば、投票を棄権する結果となってしまいます。なぜなら、「自分の投票行動が、選挙結果に影響を与える確率(P)」が限りなく小さいからです。

大阪都構想での住民投票や、Brexitのような例もありますが、現代の選挙において有権者個人の1票の価値は、大きくないことで知られています。

そのため、いかに利益(B)を大きく想定したとしても、P×Bの値が限りなくゼロに近づいていきます。

すなわち、「自分の投票がデモクラシー維持に寄与するという信念(D)」を強く持っていない限りは、投票に関するコスト(C)が大きくなってしまうのです。

また合理的な有権者であれば、デモクラシーの維持に自らが寄与する確率(1票の価値)が小さいことを知っているため、(D)の値は小さいままです。

コストが上回ってしまう

ちなみに、ここで言うコスト(C)は単に投票所に向かうコストだけではありません。投票に参加する上では、適切な候補者や政党の政策を理解しようとしますが、こうした情報収集にかかわるコストも含みます。

デリカーピニ&キーターなどによる実証的研究で、有権者の政治的知識は、一般的にそれほど大きくないことが知られています。有権者が投票行動をおこなうコストは、物理的なコストに加え、こうした情報に関するコストもあるのです。

こうしてライカー&オードシュックが述べる「R=P×B+D-C」を考えると、合理的な有権者ほど効用(R)がゼロよりも小さくなってしまい、投票を棄権する結果となります。

投票参加のパラドックス

しかし現実は異なります。この理論では投票率はどんどんゼロに近づいてしまいますが、国政選挙の投票率はいまでも50%を保っているのです。

自らにとって最適な選択をする合理的な有権者を想定して、その行動から政治的事象を説明するアプローチは、政治学において合理的選択理論という有益なフレームワークとなっています。(もちろんこれは、モデルで予測された行動をとらない有権者を「非合理的」だと罵るものではありません。)

このフレームワークで考えた時、なぜ現実と理論にパラドックスが生じているのか?という問いについては、多くの政治学者がアプローチをおこなってきました。

「自分の投票がデモクラシー維持に寄与するという信念(D)」をより大きなものとして想定し、人間が社会的な存在であることを重視したり、他者との協力関係や承認という観点から考える学者もいます。

また、より最先端で強力なアプローチも生まれています。例えば、いま話題の人工知能でもしばしば名前が出てくる「強化学習」によるモデルを利用した荒井紀一郎氏の研究は、このパラドックスに対する最先端の応答です。(わかりやすい説明が、読売新聞に掲載されています。)

政治学においてシミュレーションを使った研究は、今後ますます増えていくでしょう。

おわりに

というわけで、選挙に行くことは政治学において、「非合理的」な行動だと見なされているという話でした。

だからなんだというわけでもないのですが、そんなことを考えてみると、「選挙に行くべきだ!」という主張も、ちょっと違った景色から見えて面白いかもしれません。

この記事は、ライセンスにもとづいた非営利目的のため、あるいは社会的意義・影響力の観点から無料で提供されているコンテンツです。

良質なコンテンツを取材・編集して翻訳を届けるため、コンテンツをサポートをしてくださいませんか? みなさまのメンバーシップは、良質な記事をライセンスして届けるための重要な収益源になります。

メンバーシップについて知る
著者
The HEADLINE編集長。株式会社マイナースタジオを創業後、2015年に株式会社メンバーズ(東証一部)に企業売却。早稲田大学政治学研究科修士課程修了(政治学)。関心領域は、メディア論や政治思想など。Twitter : @ishiken_bot
おすすめの記事
社会

アフター・コロナに生じる変化 - 3つの分類による検討 -

無料記事

前回、ニューノーマルについて「変化が起きるには時間がかかり、問題は従来から起きていた経済的格差である」という主張をおこなった。今回は、その変化について詳細に検討していく。すでに「アフター・コロナ後の世···
石田健
政治・国際関係

コロナによるニューノーマル、その批判と新しい「大きな政府」

無料記事

ニューノーマルという単語が注目を集めている。「新たな常態」を意味するこの言葉は、アフター・コロナとともに、新型コロナウイルスが終息した後の世界が全く新しい常態に生まれ変わるのではないか?という、ある種···
石田健
政治・国際関係

日本でガラパゴス化する「専門知」(2)―金融緩和の例― [1]

無料記事

前回は、新型コロナウイルス対策を例に、PCR検査の抑制とクラスター対策という日本独自のガラパゴス化した方法を取り上げたが、このような記事を執筆しようと思い立ったのは、以前から日本のガラパゴス化した専門···
安中進
政治・国際関係

ポストCOVID-19の世界予測:今、欧州の知識人は何を語っているか?

有料記事

『マリー・アントワネット』や『ジョゼフ・フーシェ』等の著書で知られるオーストリア出身の作家シュテファン・ツヴァイクは、1942年、ナチ政権からの亡命先で客死を遂げた。彼の死後出版された回想録は『昨日の···
長野壮一
社会

韓国、衝撃の「n番部屋」事件とは

無料記事

今月17日、韓国で衝撃を呼んでいる「n番の部屋」事件の首謀者として1人の男性が逮捕された。すでに筆者は、本事件について下記YouTube動画を公開しているが、動画では扱えなかった事件の全貌について、現···
石田健
政治・国際関係

フェミニズムとは何か?:なぜ女性の権利ばかりが主張されるのか

無料記事

わたしたちは、フェミニズムの時代に生きている。フェミニズムを時代性やブームのように捉えることに異論はあるかもしれないが、#MeTooムーブメントや韓国の書籍『82年生まれ、キム・ジヨン』のベストセラー···
石田健
編集長より

職が減っていく文系院生は、今後いかにサバイブしていくべきか

無料記事

将来を有望された研究者が、自ら命を絶つという痛ましい事件が話題を集めた。「家族と安定がほしい」心を病み、女性研究者は力尽きた:朝日新聞デジタル下記記事にある通り、この事件は経済的困窮を苦にしただけでな···
石田健
テック, メディア

なぜMCNは死に、UUUMは成功したのか?

有料記事

The HEADLINEでもYouTubeチャンネルを開設しているが、加熱するYouTubeビジネスはどこに向かっていくのだろうか?5Gが本格化する中、動画ビジネスはますます伸びていきそうな気もするが···
石田健
政治・国際関係

強制投票は実現可能か、それは”良いもの”か?

無料記事

HEADLINEでは、今秋より月額3,200円の有料会員サービスを開始します。この記事は、サービスの開始後は有料記事となる予定です。もし、この記事に"読むべき価値がある"と感じられたら、ぜひ記事下部か···
石田健