⏩ AI 業界のCEOたちが共同声明を出すほど異例の警戒を示すDNA合成
⏩ パンデミックや生物兵器への悪用が叫ばれる中、もっと「現実的な」リスクも示唆
⏩ 日本の政策体制には不備も指摘されるが、課題は?
2026年6月、OpenAI のサム・アルトマンCEO、Anthropic のダリオ・アモデイCEO、Google DeepMind のデミス・ハサビスCEO は、DNA 合成(DNA の配列を化学的にカスタマイズして構築する技術)に関するより厳格な規制を求めて、テック、生物学、安全保障の専門家らとともに公開書簡に署名した。
3人を含む署名者は、合成 DNA や RNA の注文、ならびに核酸合成装置について、配列と顧客の審査、注文記録の保存を米国で義務化するよう求めている。アモデイCEO は、2026年1月に公開したエッセイの中で、生物兵器と AI の関連性について次のように警戒感を示していた(太字は引用者による。以下同様)。
誰もがポケットに天才を抱えているような状況になれば、その障壁〔引用者注:生物兵器の製造に必要だと考えられる膨大な専門知識〕は取り払われ、事実上誰もが博士号を持つウイルス学者となり、生物兵器の設計、合成、放出の手順を段階的に学ぶことができるようになるのではないかと懸念しています。
日本においても、AI とバイオセキュリティに関連した議論が個別に存在しているものの、両者を統合したうえでの制度設計には遅れも指摘されている。チームみらいの安野貴博議員は前述の書簡に言及しながら、「日本でも生物兵器や病原体等の規制はありますが、合成核酸の『注文段階』のスクリーニング制度は、改めて検討すべき論点だと思います」と投稿した(スクリーニングについては後述)。
日本政府が2026年7月21日に閣議決定した「日本成長戦略」では「17の戦略分野」が指定されたが、AI・半導体などとともに、合成生物学・バイオもあげられ、素材・食品・エネルギー・医療分野などに対する貢献が期待されている。
なぜ、次の国家リスクはバイオ安全保障なのだろうか?日本は現在、そういったリスクに対してどれほど対策を進めているのだろうか?(*1)
(*1)本稿では、研究施設からの偶発的な感染・漏出を防ぐバイオセーフティと、病原体や技術の盗難・悪用・意図的放出を防ぐバイオセキュリティを含む広い意味で、バイオ安全保障という言葉を用いる。
DNA 合成とは何か?
バイオテクノロジー領域における AI の悪用リスクが叫ばれる理由を理解するためには、DNA 合成について簡単におさえておく必要がある(*2)。
DNA 合成とは簡単に言えば、コンピューター上で DNA の設計図を記述したうえで、実物の DNA 分子を作り出す技術だ。DNA は、A、T、G、C という4種類の文字の並びとして表現できるが、DNA 合成では、指定された配列に従って短い DNA 断片を化学的に作り、それらをつなぎ合わせ、配列に誤りがないかを確認して、より長い遺伝子にしていく。
そのため、自然界に存在する DNA を再現したり改変するだけでなく、研究者がコンピューター上で新たに設計した配列も作ることが可能だ。研究者や製薬企業は、作りたい DNA の配列を合成受託企業に送り、完成した DNA を受け取ることができる。そうして作られた合成 DNA は、血友病などの遺伝性疾患や、がんに対する新しい治療法、医薬品、ワクチンの開発などに役立てることができる。
DNA の記述・編集はかつてないほど安価で容易になっており、合成 DNA の世界市場規模は、急成長が予測される。具体的には、2026年の59億5,000万ドルから2034年には240億6,000万ドルに成長すると予測されており、年平均成長率(CAGR)は 19.09% だ。
そうした状況の中で登場し、進化を続けているのが AI だ。
(*2)このような技術は、合成生物学という分野で発展を遂げてきた。合成生物学の歴史と発展については、下記などを参照。ジェイミー・A・デイヴィス(藤原慶監修、徳永美恵訳)『合成生物学』(ニュートンプレス、2022年)、須田桃子『合成生物学の衝撃』(文藝春秋、2021年)。
AI は何を実現するのか?
AI によって加速しているのは、DNA を物理的に合成する過程の手前で、何を作るべきか計画し、設計する工程だ。
赤羽秀太