なぜカニエ・ウエストは大統領選に出馬表明するのか?トランプ支持・福音派・黒人の自由

政治・国際関係

公開日 2020/07/06 18:57,

更新日 2020/07/07 00:03

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2020年7月5日、折しもアメリカ独立記念日に、ラッパー・プロデューサーとして知られるカニエ・ウエストが、自身のTwitterでアメリカ大統領選への出馬を表明して注目を集めている。

彼は出馬表明の中で、「私たちは今、神を信じ、ビジョンを統一し、未来を築くことで、アメリカの約束を実現しなければなりません。私はアメリカの大統領に立候補します」と語っている。テスラCEOのイーロン・マスクや実業家のマーク・キューバンが支持を表明して話題になった一方、インディアナ、メイン、ニューメキシコ、ニューヨーク、ノースカロライナ、テキサスの各州ではすでに立候補に必要な書類の提出期限を過ぎており、他の7州でも期限が迫っている。そもそも彼が連邦選挙委員会への登録手続きをおこなっているのかも不明である。

だが、こうしたカニエの一連の動きに対して、彼の関係者やファンたちは必ずしも驚いてはいない。そもそも、カニエの大統領選に対する関心が高いことは周知の事実だった。2015年のMTV Video Music Awardで初めて大統領選に対する興味を公に示して以降、2018年8月30日には地元シカゴのラジオ局Power92に出演した際のインタビューでは、2024年の大統領選に立候補する意欲を語っていた。

しかし、カニエ・ウエストはドナルド・トランプ大統領の熱心なサポーターとして知られている。2005年、ハリケーン・カトリーナで被災したニューオリンズについて「ジョージ・ブッシュは黒人のことを無視している」と批判した彼は、2018年には地元シカゴ出身のバラク・オバマ大統領を批判し、「黒人たちは奴隷制を自ら選んだ」という発言で、多くの黒人からの批判や怒りを招いた。こうしたカニエの立候補宣言は、民主党のジョー・バイデン候補から黒人や若年層の支持者を引き離す狙いや自身の近日発売予定の新譜『God’s Country』のプロモーション活動ではないかとすら考えられている。

2013年から始まったBlack Lives Matterが全国的なムーブメントとなる中、なぜカニエ・ウエストは保守的かつ差別的な発言を繰り返すトランプ大統領への支持を表明するのだろうか。

カニエは本当に転向したのか?

カニエが、本当に共和党支持やトランプ・サポーターに転向したのかを疑う声もある。彼は2014年に民主党へ1万5,000ドル、2015年にヒラリー・クリントン陣営へ2,700ドルを寄付し、SNSではヒラリーと夫婦で写った写真もアップしている。これを根拠に、カニエはトランプの刑事司法改革によって黒人が釈放されることを狙って彼を支持するフリをしているだけで、実は面従腹背なのではないかと一部ファンの間で話題となった。

しかし、民主党への寄付は2016年の大統領選以前のものであり、これだけを根拠にトランプ・サポーターのフリをしているだけだと認めることは難しい。また後年、カニエは自身のトランプ支持に対して怒りを向けられることについて、警察が有色人種に調査対象を絞って捜査をおこなう「レイシャル・プロファイリング」に喩えながら、「黒人なのだから民主党支持者だ」と決めつけられるような感覚を覚えるとしている。こうした言動からも、彼がさながら二重スパイのように共和党支持をするフリをしているとは考え難い。

メンタルヘルスの問題

一方で、カニエの過去の言動と矛盾するような振る舞いは、しばしば彼の精神疾患と結び付けて語られてきた。多忙からくる疲労や睡眠不足に悩まされていた彼は、2016年に双極性障害(躁うつ病)と診断され、LAの精神病院に入院していた。以降は毎日服薬していないと病院送りになる程に躁状態が悪化してしまい、先述の「奴隷は自らの選択」という発言のように他人に危害を加えるような言動をしかねないとしている。また、精神疾患の影響からアルコール中毒に陥ったことも2020年には告白している。

2018年にリリースした『Ye』でも自身の精神疾患についても言及しており、同年には自身の名前が思いもよらないメッセージのために利用されていることに気づいたことから、政治から距離をおいてクリエイティブなことに集中すると発言していた。こうした精神的な安定を目指すことは、妻であるキム・カーダシアンをはじめとする家族との関係に悪影響が及んでいたことも理由だと考えられている。

たしかに、トランプ支持を表明した時期と双極性障害の診断を受けた時期は概ね重なっており、差別的な発言をおこなう極端さの背後には自身が釈明したように躁状態があったと考えられる。しかし、こうしたカニエのメンタルヘルスだけがトランプ支持に影響を及ぼしたのだろうか。

クリスチャン・ラッパーとしてのカニエ・ウエスト

ここで注目すべきが、カニエの宗教に対する態度である。彼はキャリア最初期から自身の信仰心について言及しており、ソロデビュー作『The College Dropout』の収録曲「Jesus Walk」ではゴスペルを用いたトラックで注目を集めた。その後も2013年以降から『Yeezus』『The Life of Pablo』『Ye』といったキリスト教のモチーフを取り入れたアルバムを発表してきたが、クリスチャンとしての姿勢を全面に押し出したのが2019年の『Jesus Is King』である。本作はヒップホップにとどまらず、ビルボードのクリスチャンアルバム部門やゴスペル部門でも全米1位を獲得するなど大きな反響を呼んだ。

本作に前後して、カニエはゴスペル隊を率いた前衛的な宗教パフォーマンスともいえる日曜礼拝、「サンデー・サービス」を開始した。もともとは全国各地で会場非公開の招待制でおこなわれていたが、2019年のコーチェラ・フェス出演を皮切りに世界各国や刑務所、メガ・チャーチなどでも開催されるようになった。サンデー・サービスにはカーダシアン一家の関係者はもちろん、ブラッド・ピットやグウェン・ステファニー、コートニー・ラブ、ケイティ・ペリー、オーランド・ブルームなどのセレブリティやアーティストも数多く参加し話題を集めた。

福音派とゴスペルの接続

こうした一連の音楽活動は、単なる話題提供に終わるものではない。カニエは実際に信仰心に基づくとされる行動を数多く実践している。Fワードのようなカース・ワードを、客演者含めて歌詞に使わせない、過去の曲をパフォーマンスする時にもこうした言葉は使わない、と語るのだから本気度の高さがうかがえる。また、幼少期から始まったポルノ依存やセックス依存症の経験をふまえ、『Jesus Is King』の制作スタッフに婚前交渉をしないことを要求したほどである。

一方、黒人コミュニティにおいてカニエの教会回帰は賛否両論となっている。たしかに、ヒップホップやR&Bなどを取り入れることによるゴスペル音楽の革新や、若い世代への訴求力を評価する声はある。しかし、必ずしも信心に基づく音楽ではないとの見方や、彼の政治的信念への反発からコミュニティのサポートを取り戻すために戦略的に黒人教会(音楽)に接近しているだけではないかという不信感も拭えない。こうしたカニエの言動は結果として黒人教会にまつわるコミュニティの分断を招いている側面もある。

こうした賛否両論の背後には、トランプ政権の重要な支持基盤のひとつとしても知られるキリスト教福音派と、黒人奴隷の霊歌にルーツを持つゴスペルの接合をめぐる問題がある。

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著者
早稲田大学文学部卒業後、一橋大学大学院にて修士号(社会学)取得。現在、同大学院博士後期課程に在籍中。専門は社会調査・ジェンダー研究。Twitter : @keity_lied
The HEADLINE編集長。株式会社マイナースタジオを創業後、2015年に株式会社メンバーズ(東証一部)に企業売却。早稲田大学政治学研究科修士課程修了(政治学)。関心領域は、メディア論や政治思想など。Twitter : @ishiken_bot
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