Cosmetics(freestocks, Unsplash) , Illustration by The HEADLINE

なぜ女性は化粧をしなくてはいけないのか?韓国の女性は問いかける

公開日 2020年08月15日 06:37,

更新日 2023年09月19日 15:35,

有料記事 / ジェンダー

なぜ女性は、化粧をしなくてはいけないのだろうか?あるいは、なぜそうした社会規範や圧力にさらされているのだろうか?韓国で2018年頃からはじまった「脱コルセット(Escape the corset、탈코르셋 선언)」運動は、女性が直面する「美への圧力」に批判を投げかける。

このムーブメントは、今月4日に赤いワンピースを着て国会本会議に出席したリュ・ホジョン(류호정)議員をめぐる議論と合わせて、韓国内で注目を再び集めている。

脱コルセット運動とは何であり、なぜ赤いワンピースを着た議員の存在が議論を読んでいるのだろうか。そして、なぜ女性は化粧をしないことで非難を集めなくてはならないのだろうか。

脱コルセット(Escape the corset)運動

韓国人女性のべ・リナさんが2018年6月に投稿した動画は現在、900万回以上にわたって再生されている。(後に動画は非公開)

動画には、以下のような説明が記載されていた。(YouTubeに記載された日本語訳ママ)

私たちは生きていきながら外見の評価を受けます。家族にも友達にも上司、同僚、先生、初めて会う人にまでです。久々に会う友達または親戚たちに「綺麗になったね」、「もっと痩せないと」など、褒め言葉、アドバイスだと挨拶のとき言う軽い言葉が外見の評価です。このように現在の社会は外見を重視する社会になっています。

その中でも女性が受けるものはよっぽどひどいです。したくなくても朝早く起きて化粧をし、約束の時間より1,2時間先に準備しなければなりません。近くのコンビニに行くときさえすっぴんを見せたくなくて隠すなり少しでも化粧をする女性が多くいます。特に社会人の女性の方々は化粧ができなかったときはメガネをかけ周りのみんなを気にします。「〇〇さん、会社なのに楽すぎるんじゃない?」、「どっか痛い?」、「最近は化粧もマナーって知らないの?」などの話を聞いてれば自分自身がやりたくなくてもファンデーションと眉、唇、少しはやって出勤する方が多いです。目が乾燥して痛いにもかかわらず、メガネではなくコンタクトをつけ大体9時から18時まで働きます。とても非効率的で信じがたい事です。

また、多くの人々がメディアから観られる綺麗さ、美しさを基準化します。すべての人が一つの美しさを基準とするから、その美しさに似合っていない人々は「何故私はあのようになれないんだ」、「何故私は綺麗じゃないんだ」、「何故私はこんなにデブなんだ」、「何故私はこんなにまでブスなのか」と思い込み自信を無くしていきます。

動画では、ベ・リナ氏がすっぴんの時は「そんな細い目で見えるの?」や「化粧をしたブタだ」、「私があなたなら自殺する」といった誹謗中傷で溢れ、そして化粧をすると「かわいい」という声に変わっていく様子が表現されている。

ここで説明されているように、韓国の女性は美に関する強い圧力にさらされている。K-POPの興隆とともに「韓国人女性」の美しさはますます称賛され、ステレオタイプ化された美の基準は世界に輸出されていった。韓国のコスメやアイドル、ファッションなどは、いまや世界で憧れられる対象になっているが、それは強い社会的圧力として女性たちを苦しめている。

脱コルセット運動は、「抑圧的な方法によって、女性らしさを表現することを強いられる韓国女性が、自由と独立を得る」ためのムーブメントだ。

この声が広がると、「女性が何時間もかけて化粧をしたり、10ステップ以上のスキンケアをしなければならないという非現実的な美の基準に対抗するため」、女性たちは壊した化粧品の山をSNSにアップしたり、化粧をしないまま外出することで、共感の声を示した。

ムーブメントの背景

このムーブメントは突如としてはじまったわけではない。2018年には韓国でも#metoo運動が盛り上がり、「フェミニズム」が流行語となっていた。

チュンアン大学のイ・ナヨン教授によれば、韓国のフェミニズムは岐路に立っている。現在のムーブメントの主体となっているのは、SNSを活用するデジタルネイティブであり、デジタルを駆使してオンラインを運動の主戦場とする彼らの手法は、フェミニズムの第4波に位置づけられる。しかし、そこで議論されているトピックは第2波と類似性があり、性的な自己決定権、生殖に関する権利、売春、ポルノ、性的暴行、家庭内暴力などの問題に焦点があたっている

このムーブメントの中心にいる20-30代前半の若者は、十分に教育を受けた世代であり、韓国の「新たな自由なイデオロギー」のもとで育った。イ教授は「この新たな世代は、さまざまな知識や専門性、戦略によって家父長制に対抗している」と分析する。

韓国で、女性差別や女性嫌悪(ミソジニー)について議論が高まった背景には、2016年5月にソウル・江南(カンナム)で起きた殺人事件がある。加害者の34歳の男性は、「女性から無視された」ことを動機として、面識のない女性をカラオケのトイレで複数回に渡って刺して殺害した。事件は、韓国社会を巻きこんで「ミソジニーによる殺人か?」という議論を沸き起こし、同時に女性に対しての侮蔑的な声が相変わらず大きいことも可視化された。

その後、社会全体でフェミニズムに関する関心が高まり、2016年の『82年生まれ、キム・ジヨン』や2018年の『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』などの書籍が次々と大ヒットとなった。また2018年夏には、相次いで発覚した盗撮事件について、数万人規模の抗議デモがおこなわれていく。

脱コルセット運動は、こうした流れの中で生まれ、SNSにおいて大きなムーブメントとなった。

社会的規範と整形

米ナショナル・パブリック・ラジオのインタビューで、ユン・キム・ジヨン建国大学教授は、韓国における美の社会的規範を以下のように説明する。 

伝統的に、韓国の女性は「美は最大の財産である」と教えられ、結婚によって、その資産を社会的・経済的地位と交換することができる、という考えがある。現在でも、こうした考え方はキャリアや結婚、出産に関する女性の選択肢や選択自体に影響を与えている。美しさの基準を拒否することは、社会構造全体に反対することであり、恋愛や結婚、セックス、出産をボイコットすることと同義だ。

美に対しての強い社会規範は、韓国において整形が一大産業であることと無関係ではない。 韓国の整形市場は大きく、人口1,000人あたりの年間の整形手術件数は約13.5件で世界1位という報告もある。また、国際美容外科学会(ISAPS)の統計によれば、2017年の整形件数において韓国は米国やブラジル、中国、日本などに並んで多い国となっている。美容整形を目的として韓国にわたる日本人女性も少なくないと指摘されており、韓国の整形はいまや一大ブランドとなっている。

K-beautyという言葉も生まれ、韓国の美容製品は世界で急激に注目を集めている。その市場規模は、2018年の93億ドルから2026年には218億ドルまで達すると予測されている。 

ベ・リナ氏も指摘しているが、何度も重ねたスキンケアがK-beautyの特徴だとBBCは指摘する。「英国では一般的に、化粧をする前には洗顔料と化粧水、そして保湿の3段階を踏むことが多い。しかし韓国のスキンケアは7~12段階ほどあり、肌に優しい天然成分で保湿することが大事」とされるのだ。

リュ・ホジョン議員への批判

こうした美に対しての社会的圧力は、最近になって女性の国会議員に対しても向けられた。

国会の最年少議員でもある28歳のリュ・ホジョン議員は、今月4日、ほとんどの男性国会議員が暗い色のスーツを着用する中、赤いワンピースを着て本会議に参加した。

彼女は「職場の女性に対する、時代遅れの態度に直面」することになり、「(キャバクラなどで)アルコールの支払いを求めて議会にやってきた女性なのかと思った」や「エスコートサービスのようだ」と侮辱を投げかける男性議員も現れた。

女性に向けられる誹謗中傷は、万国共通だ。例えば「時と場所に合わせて服を着ることは、相手に対する礼儀だ」といったや「国会は売春所ではない」や「若い女性の左翼政治家にぴったりだ」という侮蔑、「ピクニックに行くのか」というネットの書き込みまで、どこかで見たような声ばかりだ。

リュ議員への批判に対して、厳しい声を上げる政治家も少なくない。正義党のジョ・ヘミン報道官は「いまは2020年だ」とした上で「議員としての活動を評価するのではなく、女性政治家の外観を評価して、政治家としての資格がないと述べる行動には決して同意できない」と述べた

リュ議員自身は、この議論に困惑しながらも「私は立法府で働く女性であり、国会は私の職場です。つまり、私がいま経験していることは、他の女性もその職場で経験していることです」と語った。また、「職場での女性は、常に(服装や言動について)自己検閲に晒されている。しかし本来、それが必要なのはセクハラをする人々だ」とも述べている

1か月経っても、同議員への誹謗中傷はやんでいない。新たに同議員が発議した「非同意強姦罪」の導入などを盛り込んだ刑法改正案をめぐっても、「リュ・ホジョンが妊娠したら、記者は合意して性交したのかと聞くべきだ」とネットで暴言が飛び交った

前出のGuardian紙(前出)は、リュ議員が直面した議論は「公共の場でどのように自らを演出すべきか、という時代遅れの社会的圧力に挑戦している韓国女性のムーブメントの1つだ」と位置づけて、脱コルセット運動を紹介する。

「外見は採用に有利」からブラインド採用へ

前述のリュ議員への批判のように「化粧はマナーだ」と述べる声以外にも、現実に「美しい女性は採用で得をする」という指摘もある。

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女性の権利を考える

✍🏻 著者
編集長 / 早稲田大学招聘講師
1989年東京都生まれ。2015年、起業した会社を東証一部上場企業に売却後、2020年に本誌立ち上げ。早稲田大学政治学研究科 修士課程修了(政治学)。日テレ系『DayDay.』火曜日コメンテーターの他、『スッキリ』(月曜日)、Abema TV『ABEMAヒルズ』、現代ビジネス、TBS系『サンデー・ジャポン』などでもニュース解説。関心領域は、メディアや政治思想、近代東アジアなど。
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