Emergency contraceptive - Morning after pills(Reproductive Health Supplies Coalition, Unsplash) , Illustration by The HEADLINE

なぜ日本でアフターピルの認可をめぐり議論が紛糾しているのか?(後編:アフターピル認可の論点)

公開日 2020年12月18日 16:05,

更新日 2023年09月20日 11:20,

有料記事 / ジェンダー

前回の記事では、アフターピル(緊急避妊薬)認可の前史として、低用量ピルがどのような経緯で認可に至ったのかについて概観した。

今回はアフターピルの認可をめぐり、どのような議論がなされているのか、論点を整理していく。

アフターピル認可の経緯

日本でのアフターピルの認可は、低用量ピルの認可に比べてさらに時期が遅い

世界的に広く普及しているレボノルゲストレル(商品名ノルレボ錠)は、日本では2011年2月に認可され、同年5月24日に発売された。

ただしノルレボは、日本では保険適用外のため、他の先進諸国やアジア圏と比較しても依然として高価であり、経済的にアクセスしやすいとは言い難い。

国際的な流れとの乖離

これは「承認薬が2000年前後に出始めた欧米に対し、10年ほど遅れて日本でも承認薬が発売」された状況だった。加えて、当時アジアで認可していないのは日本と北朝鮮だけであったことからも、国際的には遅れが目立っていたこともわかる。

アフターピル以前、日本では緊急避妊法として、1970年代に確立された「ヤッペ法」のように中容量ピルを用いる方法や、子宮内避妊器具(IUD)による方法などが主流だったが、どちらもアフターピルと比べると避妊効果はやや低い。

こうした問題や国際的な動きもあり、2002年4月には日本家族計画協会らが厚生労働大臣に「緊急避妊薬の日本への導入に関する要望書」を提出している。そこから10年近くが経過しての認可であった。

ちなみに米国では、1999年7月にレボノルゲストレルが認可された後、2006年8月24日には18歳以上の女性に対して、処方箋なしの店頭販売が認められている。また2013年には、販売可能な年齢が15歳まで引き下げられている。

では、アフターピルの認可の遅さやアクセスの悪さが問題視されるなかで、これらについてどのような議論がなされてきただろうか。

以下では、認可以前の2004年に発表された論文をもとに、アフターピルの認可をめぐる論点を追うことにしたい。

アフターピルの認可・OTC化をめぐる論点

繰り返しになるが、本論文は2011年にアフターピルが認可されるよりも前に書かれており、認可とOTC化をめぐって主張が展開されている。

アフターピル認可の必要性

まずアフターピル認可の必要性が、有効性・安全性・緊急性の観点から指摘される。

低用量ピルが認可された1999年、従来よりも効果が高く副作用の少ない銅付加IUDや女性用コンドームなど、女性が主体的に選択できて、効果が高い避妊法もほぼ同時期に承認された。

しかし、男性への依存度の高い避妊法が中心的な状況は変わらず、望まない妊娠や人口妊娠中絶は依然として起こっていた。論文では、こうした状況の背景に、女性の社会進出による晩婚化と婚前性交渉率の上昇、思春期の若者の性交渉率の上昇、性交渉率の上昇に比しての婚外子割合の低さ(=中絶の多さ)、強姦・強制わいせつの認知件数の増加が指摘されている。

この状況をふまえて論文では、望まない妊娠とそれによる人工妊娠中絶を、経済的に無理なく安全かつ効果的に回避する手段として、アフターピルの必要性が提唱される。その理由として、医療的観点からみて効果や副作用の問題がないことや、医師など専門家の教育が進めば適切な処方がなされることが挙げられている。

日本でレボノルゲストレル(商品名ノルレボ錠)を発売した製薬企業そーせい社も、アフターピルの有効性・安全性・緊急性を指摘しており、同論文と整合的だと言える。

アフターピルのOTC化への批判

この論文ではまた、アフターピルのアクセス向上のため、一般用医薬品(OTC化)の積極的な検討も提起されている。OTC化とは「処方箋なしの店頭販売」であり、現在議論となっている論点だ。

OTC化への想定されうる批判として、論文では

  1. 緊急避妊薬(ECP)が過度に入手しやすくなると、女性や男性が他の避妊法をとらなくなるおそれがある
  2. ECPのOTC化は、常用・濫用といった不正使用や、専門家を介さないことでの用量過多など、医学的なリスクが大きい
  3. 薬剤師の対応能力や権限の限界

の3つが挙げられている。2.には悪用や濫用、3.には薬剤師の知識不足が含意されており、全面的ではないものの、前回の記事で示した産婦人科医の反対意見と重なる論点が示されている。

しかし論文では、それぞれの見解について以下のような反論がなされている。

  1. 日本では、緊急避妊法への誤解や偏見が根強く残るため、やむを得ない場合においてのみ服用を選択するという女性が大半を占める可能性が高い。また、日本ではコンドームが長年主要かつアクセスが容易な避妊法であり、性感染症予防に有効な唯一の避妊法であると周知されているため、コンドームは使われ続ける。
  2. ①に加え、副作用があるため不正使用・濫用は考えがたい。またアフターピルの使用方法は一般人にとっても簡便で、副作用の管理も比較的容易である。
  3. 日本の女性が置かれた現状や病院の医学的・心理的サポートの不十分さを考えると、簡便かつ遅滞のない服用機会の確保を最優先すべきである。薬剤師などによる適切な販売・服用指導を目的とするカウンセリングは、関係諸機関の協力で十分可能である。

1.と2.については、1990年代末から2000年代のジェンダーフリー・バッシングも背景にあったと考えられる。避妊法などリプロダクティブ・ヘルス・ライツに関する性教育へのバッシングに鑑みると、当時の日本では、伝統的な性道徳を乱すという批判からアフターピルの認可も困難だったと考えられる。

また、3.については、WHOが2010年にレボノルゲストレルの安全性についてファクトシートを公開しており、たしかに副作用のリスクはあるものの、深刻な悪影響は報告されておらず、広範な研究の結果として、認可に至っている。これらの点に鑑みても、緊急避妊法としてのアフターピルの重要性は、たしかなものだと考えられる

この論文が書かれた当時から、日本における認可とOTC化の必要性が指摘されており、早期実現が期待されていたことがわかる。しかし、アフターピルの認可までは、この論文から7年かかっており、OTC化は2020年現在でも実現していない。

オンライン診療とOTC化をめぐる状況

では、ここまで指摘されたアフターピルへのアクセスに関する問題は、現状どのような状況にあるのだろうか。

アフターピルへのアクセス向上の試みには、オンライン診療による処方と、すでに挙げた一般用医薬品(OTC化)の2つがある。

アフターピルのオンライン診療

まず、アフターピルのオンライン診療について見ていこう。オンライン診療とは、電話やインターネットを通じて医療機関に相談や受診ができるもので、特に新型コロナウイルス感染拡大を受けて、厚労省も力を入れている。

2019年5月31日、厚労省は検討会をふまえて、初診対面診療の例外として「オンライン診療での緊急避妊薬処方」を認める方針を示した。オンライン診療には

  1. 地理的条件や犯罪被害などアクセスが困難な場合に限る
  2. 処方可能な医師は産婦人科の専門医や研修を受けた医師に限定する
  3. 3週間後の産婦人科受診を確実にする
  4. 院内処方は認めず、薬局において1錠のみ調剤し、薬剤師の目の前で内服する

などの限定がかかる。

このうち、2、3、4は、先述の論文でいう「薬剤師などによる適切な販売・服用指導を目的とするカウンセリング」のような、専門家の関与を担保するためと考えられる。これにより、例えば他の適切な緊急避妊法の教授や転売の防止、性暴力被害者からの証拠採取や警察への取り次ぎなどのメリットがある。

しかし、1と2は、オンライン診療ができる医師や患者の限定につながるため、アクセス向上の効果を疑問視する声も産婦人科医の中にはある。

アフターピルの一般用医薬品(OTC)化

次に、アフターピルの一般用医薬品(OTC)化に関してだ。OTC化がなされると、処方箋なしでの販売となるため、適切なルールの下、ネット販売を含めたアクセスが可能となる。

しかし冒頭で示した2020年の方針が提示される以前、厚労省は2017年に、レボノルゲストレルのOTC化を一度見送っている。見送られた理由は、以下の通りだ。

  1. レボノルゲストレルで完全な妊娠阻止はできないこと
  2. 悪用や濫用の恐れ
  3. 日本の性教育の遅れ
  4. 薬剤師の知識不足
  5. 緊急避妊薬に対する国民の認知度の低さ
  6. 現行制度では、一度OTC化すると既定年数を経て、要指導医薬品から一般用医薬品になってしまう

これらの理由のうち、まず1はレボノルゲストレルに限った話ではない

そして2〜5は、前回挙げた日本産婦人科医会と日本産科婦人科学会からの反対意見と共通している。実際、2020年11月に神戸の性風俗店で未承認のアフターピルを女性従業員への販売目的で保管したとして、経営者の男性らが逮捕される事件が起こるなど、転売などの悪用リスクはたしかに存在している。

一方、6.については、医薬品医療機器等法(薬機法、旧薬事法のこと)上の、専門家の関与についての制度的な問題を含んでいる。

現行の薬機法では、医療用医薬品の有効成分が一般用医薬品へ転用された「スイッチ直後品目」や危険性の高い「劇薬」を、「要指導医薬品」として薬剤師による対面販売を義務づけている。しかし、「スイッチ直後品目」は原則3年の既定年数を経れば一般用医薬品となり、専門家を介さずインターネットなどで購入可能となる。つまり制度上、一度アフターピルをOTC化してしまえば、専門家の関与した状態ではなくなってしまう懸念がある。専門家の関与にとって、現在の薬機法に問題があることは厚労省による指摘の通りである。しかし、制度の不完全性からOTC化ができないのは本末転倒であり、OTC化のために制度を改善すべきだろう。

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✍🏻 著者
法政大学ほか非常勤講師
早稲田大学文学部卒業後、一橋大学大学院修士課程にて修士号、同大学院博士後期課程で博士号(社会学)を取得。専門は社会調査・ジェンダー研究。
編集長 / 早稲田大学招聘講師
1989年東京都生まれ。2015年、起業した会社を東証一部上場企業に売却後、2020年に本誌立ち上げ。早稲田大学政治学研究科 修士課程修了(政治学)。日テレ系『DayDay.』火曜日コメンテーターの他、『スッキリ』(月曜日)、Abema TV『ABEMAヒルズ』、現代ビジネス、TBS系『サンデー・ジャポン』などでもニュース解説。関心領域は、メディアや政治思想、近代東アジアなど。
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