将来を有望された研究者が、自ら命を絶つという痛ましい事件が話題を集めた。

下記記事にある通り、この事件は経済的困窮を苦にしただけでなく、複雑な家庭事情もあるようで、一概に背景を語ることは出来ないが、多くの文系研究者が苦境に陥っていることは間違いない。

そこで今回は、大学のポストが少なくなっていく中で、文系研究者がどのようにサバイブしていくべきかの私見を述べる。

しかしながら筆者がこの問題を書くのは、些か居心地が悪い。というのも、自分自身は大学で修士課程(政治学)を修了したものの、在学中に興した会社をそのまま続け、M&A(企業買収)されてから3年が経過した現在も、その会社を経営しているという経歴だからだ。

アカデミックのキャリアを長く歩んでいる方からすれば、「博士課程に進まなかった人間が、何かを語るなど傲慢」や「修士くらいでは、業界のことが大してわかるはずがない」といった批判が出るだろうし、いわゆる起業して売却をした人間が語ることなど、「成功バイアスがかかった自慢話にすぎない」と受け取られる側面もあるだろう。

そうした謗りを免れないにもかかわらず、こうして拙文を披露する理由は文系院生のキャリアについてケーススタディが少ないためである。結局のところ、唯一無二のサバイブ方法などは存在せず、様々なケースから院生自身が自らに適した方法を探していく他無いため、少しでも多くの事例が世に出回った方が良いのだ。

事実関係

具体的な方法論に立ち入る前に、2つの事実関係を確認する。1つ目は筆者の経歴である。どのような人間が、いかなる立場から主張しているかを明らかにすることは、読者が成功バイアスやポジショントークとみなす要素を勘案するうえで役に立つだろう。

筆者は、早稲田大学文学部で日本史を学んだ後、同じく早稲田大学政治学研究科で日本政治思想史を学んだ。最終的な専攻としては政治学になるし、個人的にはポリティカル・サイエンスで使うような統計やゲーム理論など種々の方法論にも関心を持っているが、基本的には歴史学にアイデンティティを持っているため、人文学にも高い関心を持っている。

大学院を修了したのはもう4年近く前だが、修士1年の時にインターネットのメディアに関する会社を起こして、卒業から1年後に東証一部上場企業に売却した。売却からは3年以上が過ぎているが、引き続き同じ会社を経営している。会社の現状には全く満足していないが、設立から3年以内に倒産するとされる企業が多くを占める中で、なんとか生き残っているという意味で大失敗は避けていると言えるだろう。

もう1つ確認すべきは、文系院生の現状だ。彼らがいかに悲惨な状況であるかは、多くのメディアで取り上げられているので説明を省くが、状況は今後ますます苦しくなるであろう点は強調すべきだろう。

国の政策などが取り沙汰されることも多いが、紛いなりにも大学院に進学する人間が少子高齢化について知らないわけはない。子供の減少は、当然ながら大学など高等教育機関の減少へと繋がり、数少ない椅子を取り合うゲームになることは火を見るより明らかだ。こうした現実から目を背けて、国の政策だけを批判するのはお門違いであり、それを見越した生存戦略を立てないのは怠慢とすら感じる。

この現状に加えて言うならば、「文系院生のなかでも人文学の研究者は特に就職しづらい」という事実も確認するべきである。例えば、経済学や政治学の中でもポリサイと呼ばれるような、統計を使ったり数式を用いた理論を駆使したり、プログラミングを用いる研究者は、就職に困るどころか、ますます活躍の場は広がっていくと思われる。

ここに量的研究をおこなう社会学や心理学を加えるならば、意外にも多くの研究領域で就職のチャンスが広がっているとすら思える。当該分野の研究者の就労機会が益々増えるであろう点については後述するが、特に生存戦略が必要になるのは文学や哲学、歴史学などの分野だと言える。

3つの方法論

では、具体的な生存戦略を見ていこう。ここでは筆者の私見に基づいて、大きく3つの方法を提案する。

1つは、海外に出ることである。これは語学力を活かした就職が可能になるという側面もあるし、単に海外にポストが多いという現状もある。

昔、TV番組『情熱大陸』において、日本が経済成長しなくなり建築の仕事が減っていくのでは?と聞かれた建築家・安藤忠雄が、「景気の良いところには仕事があるから、そこにいけば良い」という趣旨のことを語っており、膝を打った。実際、「Japan as No.1」の時代には世界各国で日本研究がおこなわれたし、日本国内にも数多くのポストがあったが、例えば今ならば中国のポストは増えているし、研究者の待遇も良い。

「日本史だから日本国内で研究しなくてはいけない」というルールはなく、むしろ研究環境を考えれば海外の方が望ましいケースも多々あり、自らの専門領域のポジションを少し変えれば、国外で重宝される分野になったりもする。

筆者の周りにも職を求めて海外に渡った人間が少なからずおり、彼らは「海外大学にいた」という実績を元に、数年後には日本でポストを得ることも出来るだろう。

「しかしそうはいっても語学力が…」という声もあるかもしれないが、前述のとおり限られた椅子取りゲームに参加することが明らかにもかかわらず、後から「椅子が少ない」と不平不満を言うのは怠慢だろう。その意味で、次に紹介する方法もある種のスキルを要するものだが、こうしたスキルを獲得することに尻込みする人間は、無理に大学院に進学しなくても良いだろう。

2つ目は、大学外のポストを見つけることだ。個人的な考えだが、多くの文系研究者にとってこの生存方法はもっとも現実的であると思うが、そのためのノウハウがあまり広まっていないように思うし、研究者自身からもキャリアパスとして過小評価されていると思う。

なぜか「院生は一般企業から求められていない」という神話があるが、(敢えて強調するならば)絶対にそんなことはない。リクナビ・マイナビのような大手就職サイトをつかった就職との相性は良くないかもしれないが、特にIT企業などは”普通とは違う”経歴であっても採用する企業は数多くある。何らかの専門性を持ち、それを論理的に分析・検証する能力は普遍的であり、業界全体が伸びているテクノロジー領域などは、より多様で優秀な人材を求めている。

前述したとおり、統計的手法や数理的な方法を駆使できる人材はGoogleやAmazon、Facebookなどで重宝されており、特に経済学者をはじめとした社会科学の研究者は、大学のポストよりも高待遇で採用されるケースが増えてきた。テック・ジャイアントに限らず、筆者の経営するようなベンチャー企業であっても、基本的な統計や因果的推論に理解を持った人材は喉から手が出るほどに欲しい。量的研究をおこなう研究者にとって、就職の間口は大学外にも広がっており、今後その傾向は加速していくだろう。

しかしだからといって、人文学の研究者に全くチャンスがないかと言うとそんなことはない。例えば、IT企業であればライターやディレクターとしての職種と研究者の相性は悪くない。(良い意味で)人文学の研究者は、みな売文業である。何かを書くという行為に深い専門性とスキルが要ることは、文系研究者ならばよくわかっていると思うが、この能力は社会からも十分に求められるものだ。

一昔前は、雑誌や新聞が担っていた役割だが、テキストがネットで消費されるようになった現在、書き手の活躍の場はオンラインに移ってきたが、根本的なニーズ自体は変わっていない。

個人的な話で恐縮だが、自分のキャリアパスは完全に2番目の方法をイメージしている。弊社は「世界を世界に説明する」というヴィジョンを掲げてネットメディアをやっているが、ネットメディアの運営は「何かを論理的に書く」というスキルをマネタイズするための最良手段だと思っている。営利企業であるため利益を生んでいく必要はあり、収益性の高いメディアにフォーカスしているが、中長期的にはニュースの解説などをおこなうことで、より研究に近くや社会性の高いテーマも扱っていく予定である。

詳しくは触れないが、アメリカでは一時期BuzzFeedやHuffington Postなどのネットメディアが興隆し、多くの研究者が記事を書いていた。書き手の中には歴史学者もいたし、海外ニュースであれば地域研究者が重宝されていた。自分はそこに文系研究者の未来を見い出しており、こうした背景から起業に至った側面が強い。

万人が起業すべきとは全く思わないし、むしろオススメしない道ではあるが、ネットメディアと研究者の親和性は高いということは(成功バイアスもあるだろうが)強く主張したい。

もちろん書くという仕事に特化せずとも、ジョブチェンジが他業界よりも比較的しやすいという意味で、ネット業界に入ってから、自分にあったキャリアを求めることも可能だ。いずれにしても、論理的思考や因果的推論ができる人間を重宝する会社は、この世にごまんと存在することは、何度でも強調したい。

ただし、この前提には論理的思考や因果的推論、加えてコミュニケーションやプレゼンテーション能力を有していることがある。逆に言えば、それを持ち合わせていない研究者は厳しい状況だと言える。

そこで3つ目の選択肢だが、自分がその能力を持っていないと考える場合は、すぐに何らかの就職口を探すべきだ。ここに関して言えば、若ければ若いほど良いので、兎にも角にも就職すべきだ。ただし、日本は新卒一括採用がいまだ主流であるため、例えばWantedlyやGreenなど中規模の就職サイトを使うことを勧めたい。

こういうことを有り体に書くのもどうかと思うが、大学院に進学していた人間がいきなり飲食業で働いたり、肉体労働に向かうのは悪手だ。一般的にイメージするような就職先がないからといって、おそらく文系院生に合わないであろう就職先を選ぶのは、敢えてこの言い方をするならば”思考停止”である。

誤解を招く言い方ではあるが、職業の貴賎ではなく文系院生への向き不向きを考えた一般論だと認識してほしいが、ある程度の年齢を超えてからホワイトカラーの仕事に就く方法は決して0ではない。

例えばデジタルハリウッド大学などに通ってわかりやすいスキルを付けた上で就職をしたり、大企業ではなくそのグループ企業を狙って就職することでファーストキャリアを手繰り寄せるなど、ちょっとしたハックは幾つか存在するはずだ。いずれにしても、新卒で就職しなかったことに自暴自棄になり、ブラック企業や自分に向いていない職種に苦痛を感じながら就くことほど不幸なことはない。

結局のところ、2番目の方法で挙げたようなスキルを身に着けていなければ、研究者として職を得ることも厳しいだろう。学位を持っていなくても就職できた牧歌的な時代であれば、コミュニケーションに難があり、講義もボソボソと聞こえづらい声で話すような研究者でもポストを得られたが、現在は明らかに異なる。海外大学院で優秀な成績を収めた人材が、国内外からポストを求めてアプライする中、特筆した能力なしに就職を望むのはさすがに虫が良すぎる。そうであるならば、いますぐに別の道を探すべきだ。

厳しいことを言っているようだが、優れた研究業績を挙げている指導教員がキャリアの専門家であるとも限らないし、他人の人生に責任を負ってくれるわけではない。ステークホルダーではない筆者だからこそ、こうした見解を書いておくべきだと考えている。

結論

以上、3つの方法を提示したが、個人的には2番目の方法がより周知されるべきだと思っている。それは単に間口が広いからというのもあるし、研究者が大学外にポストを得ること自体が良いことだと考えている。

人口減少の中でポストは限られていき、研究に携われる人間も減っていく。もちろん国外に目を向ければ個人のキャリアパスは無限に広がるものの、全体として見るならば、日本史や日本文学などのディシプリンでは、研究者の減少による研究の質低下もおこるはずだ。もちろん何らかの形で研究者が雇用される機関があれば理想ではあるものの、現実を考えると楽観視出来ない。

そうした時、研究の生産者だけでなく、アカデミック外で研究を消費する存在が重要になる。専門書であっても一定数の購買者がいない限り、持続的な出版は難しい。マーケットは消費者がいてはじめて成立するが、専門知を消費するためには一定の訓練が必要となる。

文系研究者がアカデミックの外に出て、緩やかに専門知の消費者となったり、大学とは別の形で生産者となることができれば、衰退するディシプリンを維持する上で一定の役割を果たせるはずだ。

こうした見方はあまりにもナイーブすぎるように感じるかもしれないが、筆者が2番目の方法にコミットしているのは、もちろんポジティブな未来を感じているからだ。いまは研究者が大学外にキャリアを求めると「野に下る」というイメージが強いはずだが、個人的には専門的な訓練を積んだ人がその知見を生かして、ニュースの解説をおこなったり、専門的なメディアに書き手として加わることで、専門性の高い知識がインターネット上に増える未来にはワクワクする。

筆者は、いまは経営に専念しているものの、遠くない将来に大学院に戻って博士号を取得したいと考えている。経済的な基盤がある上で博士号を取ることと、将来のキャリアが全く見えない中でその選択をする意味合いは大きく違う。一度大学を離れて再度戻ってくるキャリアパスが増えれば、大学内外で専門知を消費・生産する人の数は増えていくだろう。

いずれにしても、文系研究者の生存戦略は厳しい状況を冷静に認識しつつ、最善のオプションを選択するため多くのケースを現実的に比較検討することだ。筆者も博士号の取得という宿題が残っており、その生存戦略の真っ只中にいるとも言える。

もし疑問や質問、相談事があれば、気軽にTwitterよりコンタクトを取っていただきたい。キャリアの専門家ではないのであまり有益なアドバイスはできないだろうが、大学外の業界にいる者の視点として拙い見解や出来うる限りの相談には乗らせていただくかもしれない。

この記事をサポートしませんか?

The HEADLINEでは、ニュースの解説に関する独自コンテンツや世界の良質なメディアから正式にライセンスを取得した翻訳コンテンツを提供しています。

広告は掲載しておらず、より多くの人に情報が拡まるよう購読制は採用していません。良質なコンテンツを取材・編集して翻訳を届けるため、1回300円からコンテンツをサポートをしてみませんか? 費用はすべて翻訳・編集の費用に充てさせていただきます。

下記リンクからECサイトのBASEにいき、300円、1280円、2800円のサポートを自由に選んでいただけます

翻訳・オリジナル記事をサポートする

AUTHOR

石田 健

石田 健

株式会社マイナースタジオ代表取締役CEO。同社を創業後、2015年に株式会社メンバーズ(東証一部)に企業売却。早稲田大学政治学研究科修士課程修了(政治学)。関心領域は、メディア論や政治思想など。Twitter : @ishiken_bot

Translator & Editor

石田健 / 石田健